アルルカンの書いた本です。


 アクリルナッツ(2005.8 製作)
 
新刊本です。
 
『ゲーテのコトバ』(幻冬舎ビジネス文庫)
          2011.4.26発売

  幻冬舎のビジネス誌『GOETHE』の
  巻頭エッセイ五年分を集成したものです。

  ゲーテの言葉を毎月ひとつずつ紹介し、
  そこに自分なりの解釈を加えていった
  私流のエッセイ集です。
  ゲーテ本人の思いだけではなく、
  ボクの心が相当に入り込んでますので、
  純粋にゲーテ研究を目指されている方には、
  「おいおい」という部分が多々あるかと思います。

  しかし、ゲーテという詩人の素晴らしさは、
  ボクのようなものでも「含みに入れてくれる」
  その可能性の大きさにあります。

  それは何故なのか?
  まずは冒頭の頁に触れていただければ、
  ゲーテ追求のみではなく、
  「創作的に生きること」の何らかの鍵を、
  手にしていただけるかもしれません。

  ゲーテの言葉はつまり、
  まだ生きているのだと思います。
  

 
 『夕焼けポスト』(宝島社)
         2011.12.14発売

 苦悩に包まれるのは、
 あなたが生きようとしているから。
 ならば、苦悩を逆手にとり、
 花も実もある生き方をした方がいい。
 東洋哲学の要である観自在の心を柱に、
 古今東西の偉人たちの苦悩をもふまえて綴った
 人生満開、超ど級のファンタジー。
 10通の手紙を読み終えた時、
 あなたの心に・・・

         (宝島社宣伝文より)

 ライブではおなじみの夕焼けポストです。
 インド亜大陸の横断ドキュメントをベースに、
 人の生の不思議を探りました。

 22才の時、
 アメーバ赤痢でぼろぼろになりました。
 (@ニューデリー)
 あの時の苦しみが、
 今ここに報われたような気がします。


 『バカボンのパパと読む老子』
       (角川SSC新書)2011.11.10発売

 日本は今、様々な問題に直面しているのだ。
 ここから先、わしらが笑って暮らして行こうと思えば、
 何かを今まで以上に構築することではなく、
 いらないものとは
 いっさいサヨナラすることかもしれないのだ。

 わしらがどんな力によって生まれてきたのか。
 わしらがどんな力によって生かされているのか。
 「禅」のもとになった「老子」は、
 究極の東洋哲学思考であるとともに、
 一般の人から見れば
 究極のバカボン思考であるとも言えるのだ。

 「無為自然」
 それはいったいどんな生き方なのか?

 わしらが人として与えられた寿命を全うするために、
 今、二千四百年も前のさすらい人がよみがえったのだ。
 そして、永遠の詩人の言葉を、
 今のわしらにわかりやすく伝えてくれるのが、
 わしらのアイドル、
 バカボンのパパなのだ。

 一家に一冊欲しいのだ。
 みんなが読んでくれるようになって、
 「これでいいのだ」
 と早く言いたいのだ。

 

 「大幸運食堂」(PHP研究所) 2011.9.2日発売

  月刊PHPに於いて、
  2009年6月から2011年5月まで、
  ちょうど二年続いた連載『川辺の町の物語』。
  全二十四話から八話を選び、
  それぞれが少しずつ絡み合う物語となって再生しました。

  川の流れる町の物語です。
  ボク自身が多摩川べりに住んでいるので、
  地形図などは調布市をベースにして書きました。

  すなわち、
  すべての物語にモデルがいます。

  笑いながら書いたものもあり、
  潤みながら書いたものもあります。
  今を生きる人々への、
  懸命の応援歌でもあります。

  ぜひ、手にとって一話でもいいので、
  読まれてみて下さい。

  

 

 「なやむ前のどんぶり君
  〜世界は最初から君に与えられている」


     (筑摩プリマー新書)2009.9.10日発売


  苦悩別創作丼レシピ集と紹介するべきだろうか。
  筑摩の編集者の方から、一人暮らしを始めた若い人たちのために「貧乏を恐れず豊かな心になれる本を」と打診されて随分になる。

  この十五年、ラジオの深夜放送の影響が大きく、その種の話が多い。しかし、ボクは基本的に、若い人には学ぶべきだ、老いた人とは危険を楽しむべきだ、と考えているので、上からものを言うような本は書きたくなかった。実際、そういう態度は好きじゃないし。つまり、年の功で何か得たものを語るのなら、その分の恥も記すべきだし、加えていつも冒険をしていなければいけない。

  そのような意味では、経てきた赤っ恥をたんまりと丼レシピに絡めて記したつもりです。また、冒険に関しても、編集部がこれをどう扱うか迷ったように、後にも先にも類を見ない仕上がりの本になっているはず。

  何よりもお届けしたいのは、副題にある「世界は最初から君に与えられている」というボクなりの概念。ひょっとすると、若い人たちではなく、自殺のメイン層となっている中年、壮年層に読んでもらいたいのかもしれない。

  なお、男の子に語りかける口調になっていますが、もちろん丼好きの女性も大歓迎。精神のことを書いた本でありながら、きっとお腹がすきます。

  まあ、人生、難題に突き当たった時は、寝るか食べるかさまようか、です。そんな一日のお供にどうぞ。




 「星の降る町 〜六甲山の奇跡〜」

    
(メディアファクトリー) 2008.11.14日発売

 ぼくは小学生時代を兵庫県の芦屋市で、中学三年間を隣の神戸市で過ごした。
 
 芦屋というと、お金持ちが住む町として知られ、それは嘘じゃないのだけれど、もちろん他の町と同じで裕福な人ばかりがいるわけではなく、ぼくの家も金銭的に非常に苦労した時代だった。

 反感とまで呼べたかどうかはわからないが、大豪邸の友だちの家に遊びにいけば整理のつかない戸惑いはあったし、友だちが自分の家に来る時は、恥ずかしくて仕方がなかった。

 しかしぼくはその環境の中で成長していかなければならなかった。事情があり、一人でものを見る癖がついてしまったことも、それを加速度的に煽り立てた。ぼくはいつしか、周囲との間に透明な、しかし絶対的な壁を感じるようになっていた。

 そういえばあの頃から、居場所を探す旅が始まったのだ。

 この本は洋菓子小説の体裁を取ってはいるが、人間が人間らしく生きられる居場所はどこにあるのか、というテーマに貫かれている。

 70年代には、戦争体験のある先生も大勢いらっしゃって、神戸の空襲の話などを交えながら、「どう生きるか?」という難題を、小学生相手に真っ向から問いかける時間もあった。

 そうした記憶のすべてを背景に、「得て失うこと」「失って得ること」のシンプルな物語を綴ったつもりだ。

 この本のすべての読者に幸いあれ。



 
 「へこんだ日の般若心経 〜大丈夫、生きていけるよ」

    (PHP) 2008.8.23日発売

  
  ぼくは仏教徒ではありませんが、仏教思想の徒ではあります。  そのことを痛感したのは、大学で仏教を学んだ時ではなく、社会に出て、想像もしていなかったほどの苦悩の波を、深夜放送のパーソナリティとして受け止めた時からです。

  外側に対しても内側に対しても、自分のものの考え方、そのベースにこの般若心経がありました。

  この経文を得られるかどうかは感性の問題で・・・だから、そう難しいことではありません。でも、イメージをつかまえられなければ永遠に難しいかもしれません。実際ぼくも、大学時代はわかったつもりになっていて、まったくわかっていなかったわけですから。

  自分の体験もふまえながら、そのあたりのことを具体的に、そして平易に書いたつもりです。ただ、わかりやすくといっても、やはりそれはイメージなのです。ある程度の醗酵がなければ中には入っていけないと思います。

  中高生向き、ということでこの本を書き下ろしましたが、はっきり言って、中高生には無理です。大人が買って下さい。大人が読んで下さい。だいたい中高生には般若心経などいらないのです。この本が必要なのは、生きてこられて、すでに半身がぼろぼろになられている方。そういう人に読んでいただきたい。

 それでもってさ、ともかく、前を向いてまた歩きだしましょう。



 「花鯛」(はなだい)

    (文藝春秋) 2008.7.25日発売

  ついに出ました。
  海釣りと魚料理を切り口に、いつか小説が書けないものだろうかとぼんやり考えだしたのが20代の後半です。
  防波堤でキスを釣っていたあの時のボクは、船に乗ってヒラメやオニカサゴを釣りにいくいっぱしの大人になってしまいました。
  そして、人生のことも少しばかり書くようになりました。

  生きていくということは、生活をしていくことだと思う。
  失敗の多い、へこんでばかりの日々でも、生活を投げ出さなければ、一頁ずつつながっていく。
  そうしていれば何年かに一度でも、竹の節目のようにきらりと光る瞬間を受け止める時がある。
  名誉や大金とは縁がなくても、必ずそういう日がある。毎日を生きることさえやっていれば。

  そんな気持ちを込めて、四編の物語を書きました。
 「甘鯛」「オニカサゴ」「花鯛」は、オール讀物に掲載されたので読まれた方もいらっしゃるでしょう。
  掲載時よりもずっとシャープになっていますよ。作品は育つものですね。また、書き下ろしとして「寒平目」という中編が加わっています。
  ぜひ、お楽しみ下さい。
  これはぼくの念願だった本です。
  お祝いをしたい気分です。


  


 「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」
           
        (文春文庫) 2008.5.9日発売

 晶文社からこの元本を出させていただいのが2003年の10月でした。爆笑問題の番組で取り上げてもらったこともあり、初版の4000部は完売。しかしあまりに分厚いのと、消費税を入れると3000円を越えてしまうという単価設定に難があり、その後絶版状態になっていたものです。

 あの本は文庫化されないの? としばしばぼくも言われてきました。「文庫化を望む」というウエブサイトでも熱心な方々がタイトルを載せて支持して下さいました。でもなあ、初版がはけた程度じゃどこも手をあげてくれないだろうなと著者であるぼく自身はどこかであきらめていたのです。

 ところが、細かい説明は避けますが、こういうことになりました。人間は希望を捨ててはいけません。この本が好きだという方が文藝春秋にもいらっしゃったのです。

 ありがたい。
 この本が再度世の中に登場できるよう、尽力して下さった両出版社の皆さん、ありがとうございました。表紙の絵を何枚も描いてくれた相馬朋子さんも本当にありがたかったです。
  
 文庫化にともない、文章の改訂とともに、どうしても読んでもらいたい「後記」を載せました。読後感が、元本とはこれでずいぶん違ったものになるでしょう。以前読まれたという方も、ぜひ御一読ください。




「世界の果てに生まれる光」(角川書店)
             2007.10.30日発売


 「野性時代」で掲載された中編小説「ジョンを背負って7000メートル」と「ナッツ」。この二つを現在の意識で改稿したものと、書き下しの「プリズムの記憶」。これら三編からなる新刊です。

 ボクが六本木のアークヒルズにあったテレビ朝日から新宿のゴールデン街まで、巨大なジョン・レノンの写真パネルを背負って歩いたのが1992年のこと。つまりこれは実話をもとにした小説で、今でもこのギネスサイズのジョンは「シネストーク」というお店の階段横でひっそりと息をしております。


「ナッツ」は、ボクのかつての棲息地域である新大久保〜高田馬場界隈を舞台にしたもの。あのあたりに土地勘がある人は、夜な夜な漂ってくるロッテの工場の甘い匂いが恋しくなるのではないでしょうか。

「プリズムの記憶」・・・これは多摩川が舞台です。大人の男と女の・・・「ここではないどこか」に活路を見出したかった二人の、せつない想いの顛末です。

「オーロラマシーンに乗って」(河出書房新社)
              2007.3.10発売

 以前、森のくまパンでも紹介したことのあるストーリーを、密度をぐっと濃くし、大胆に書き直しました。当時とは結末が全然違っていたりします。

 収録作品は「オーロラマシーンに乗って」「草っ子と蜘蛛」
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、の丘」です。

 書籍としての「オーロラマシーン」を生み出すため、オフィスで一人パソコンに向かっている時、天啓のような閃きが訪れました。それは作品に対してのアイデアというより、人間はいったい何のために人生を与えられるのだろうという問いかけへのひとつの答えでした。
 ボクはすなわち、その時、主人公のヨキになったのです。だからこそ、結末が大きく変わったのです。

「カラスのジョンソン」とともに、大きな精神的変化を与えてくれた作品です。経験してきたことはすべて無駄ではなかったのだ。そのことを伝えてくれる作品でもあります。

 とはいえ、気楽な大人のファンタジー集です。
 寝入りばなにどうぞ。

 

「カラスのジョンソン」(講談社)2007.2.6発売

 カラスはどうして煙たがられるのかな。
  ゴミを散らかすから? 墨色だから? 美しくさえずらないから? 顔が恐そうだから?
 
  ボクはただの一度もカラスをいやだと思ったことがなくて、ゴルフボールを持っていっちゃうカラスのいたずらなどを知るたびにむしろウヘヘヘと笑っていた方です。

  それからあまりうまくいかない日が続いて、遠くの惑星の氷河が砕ける音すら聞こえてきそうな寂しい時も、公園でカラスと遊んでいました。
 
  だから、酒瓶の底に漂うほどに呑んでしまった朝、東京のけやき通りで見かけたカラス退治はもう本当に衝撃で、ボク自身が大太鼓に閉じ込められて太いバチでばんばん叩かれた後、そのまま火にくべられてしまったような感じでした。

  つまりカラスを殺すことは、職にあぶれた人やうまく生きられない人を踏みつぶす行為に等しいとも思えたのです。
 
  あれから四年。やっとこの作品を書くことができました。少し泣きました。

 2007年度本屋大賞 2票獲得

「孤高を噛む、ピーマンも噛む」(スリーエーネットワーク)11月20日発売

 以前、「ゆるゆる教」というのを立ち上げますとこのHPで書いたところ、大変な反応がありましたね。人よりゆるゆる歩く。歩くよりゆるゆる走る。よく噛んでゆるゆる食べる。わからなければゆるゆる考える。文字が書けない時は一文字ずつゆるゆる書いていく。高い山に登る時はゆるゆる笑いながら登っていく。

 あれです。あれが本になりました。
 ただ、「ゆるゆる教」のすべてを網羅するわけにも行かず、本を貫く一大テーマは、世界中のおいしいものをゆるゆる噛んでみる、ということです。これはボクにとっては「禅」の世界と同じ態度で、しかし「禅」と言い切るわけにもいかず、従って「なんちゃって禅」ということになっています。

 おいしいもの。
 禅的な思索。
 世間のスピードに付いていけないゆるゆる教信者の皆さんにお勧めです。

 一冊1200円。食べるのが好きな人には読みごたえあり、かな。

 

ポップもあるよ
「ガブ呑み相談室」(情報センター出版局)10月25日発売

 ダカーポで三年間にわたって連載してきた「自分相談」が、こういう形で本になりました。
 エログロ満載です。
 本当は「女人禁制」と書こうと思ったぐらいです。
 だって、本音ばりばりだもん。
 
 御購入いただいた方には、表紙をめくってみるというアトラクションがもれなく付いてきます。
「えっ! まさかこんなことが!」
 デザイナーの清水さん、力が入っています。
 編集の日吉さん、足で稼ぎました。
 イラストの矢野さん、若いのにこんなにキレていて大丈夫でしょうか。

 楽しい本ができました!

韓国版「ぼく、あいにきたよ」(サムト社)

 
ついに出ました、韓国版。
 発売はまだこれからだそうですが、見本版がいち早く届きました。
 これが本屋さんに並んでいるのを見るためだけに、ソウル焼肉ツアーとかやりたいボクです。

 著者名が、AKIKAWA Tetsuya, KOJIMA Sakoとなっていた。
 韓国では、名字を全部、大文字にする習慣があるみたいですね。

 さあ、韓国でこの本がどんな反響を巻き起こすのか。
 追って知りたいところです。
 何かあったらまたここで御報告しましょう。

 

「ブーの国」(文藝春秋)(1524円+税) 11月25日発売

 このタイトルを思い付いたのが1995年のこと。
 新宿ゴールデン街で編集者の方に「何か書きませんか」と言われ、咄嗟に『ブーの国』と答えたのだった。でも、内容はまったく考えていなかった。この編集者との作業は後に『ブー』とはまったく関係なく、『駅弁ファナティック』になった。

 書こうと思ったのは、2003年である。当初はすごい肥満児のピッチャーの話を綴る予定だった。ブーというのは彼のあだ名なのだ。でも、いざ原稿に向かってみると、イメージはどんどん飛躍していき、嗅覚が敏感過ぎるために通常では考えられない世界で生きることになった男のドラマになった。
 で、何となく放り出し。
 2004年の3月に、文藝春秋の方と御会いする機会があり、そこからこの話をきちんと仕上げてみたいという欲望が起きてきた。
 御好意により、別冊文藝春秋に嗅覚男の話が載ったのは2004年の10月売りから。四度、連載の形を取り、こうして佐倉さんの扉絵、カバー絵まで付いて立派な本になった。

 作家としては駆け出しだが、今持てるすべてを注ぎ込んだ一冊である。
 なるべく多くの方に読んでもらいたい。
 御贈答用に、皆さん、三冊ずつ買って下さい。

 関係者の皆さん、ありがとうございました。
 「ぼく、あいにきたよ」 文藝春秋社 6月10日発売 1600円税別
             Amazonなどweb-storeで予約中

 編集者と相談し始めてから二年。
 そんなもの、誰が買うのだ? と否定され続けてきた「絵本」がついに世に出ることになった。
 テーマは幼児虐待。悲惨な話である。明るく生きていくためには触れない方がいいジャンルかも。だから多くの編集者たちはこの本の企画書を読むなり顔をげんなりさせたのだと思う。
 それはものすごくわかる。だけど・・・数々の事件に目をつぶることで、それでも親と世の中(子供たちにとってそれはたった3、4年の命しかなかったが)を愛そうとした小さな心まで忘れてしまっていいのだろうか。

 この本を出す決定をしてくれた編集者は「何をどう言われてもいい。一人でも救いましょう」と言ってくれた。ボクはそれに勇気を得た。だけど正確に言うならば少し違うかもしれない。新聞で読んだ事件。最後まで親をかばっていたという小さな記事が忘れられないだけなのだ。

 児嶋サコさんの絵が素晴らしい。ストレートになりがちなこの本を、アートでくるんでくれた。飲みっぷりもいい。
  
 

 連載情報 

 (2012年4月現在)

 
 PHP 短編読切連載「川辺の町の物語」


  
原稿用紙にしてたった12枚という短い枠組み。
  この中で起承転結のある物語を描き、
  それを毎月生み出していくのは、
  なかなか大変なことではありますが、
  本音を言うと、作家冥利につきます。

  好きなように書かせてくれること。
  まず、これがありがたい。

  実家の神戸に帰る度に
  京都駅近くに見えていたPHP本社。
  まさかこういうつながりに転じていくとは
  思ってもいませんでした。

  そう。
  人生は思ってもいなかったことの連続。
  その中で、ボクらは何を信じて
  何を頼りに、何を願って
  生きていくのでしょう。

  生の不条理も含め、
  読者の皆さんに届く
  一服の物語ができればいいと思っています。

 (2011年6月号をもって終了しました。
  2年間のご愛読、ありがとうございます)

 

 野性時代(角川書店)「ものがたりのうぶごえ」 (月刊)

 朗読用に書き溜めているショート・ショートを毎月四本ほど紹介。イラストを描いてくれているのは小林直未さんで、ものすごく品のいいタッチの人。こういう線を描く人と仕事をするのは初めてなので、ページそのものも新しい香りがしている。誰と組むかによって、何もかも変わってくるんだね。大事なことだよ、人の巡り逢いは。

 

 
 朝日新聞 「悩みのレッスン」 (四週間に一回 金曜日の夕刊)

 2000年にニューヨークに旅立った時、「ああ、もう絶対に人生相談なんかやらないぞ」と思ったのに、グランド・セントラルステーション横の新居まで朝日新聞は電話をしてきて「人生相談やって下さい」とお願いされたのであった。
 
 ものすごく迷った末、引き受けることにした。俺、人生相談の人なのかな、と半ば諦めもあった。クライスラービルの銀色の尖塔を見ながら日本の高校生や大学生に思いを馳せた。
 ほんとはな、俺が人生相談してもらいたかったんだよ〜。ニューヨークの街なんかでかいばかりで毎晩寂しかったっちゅうの〜。
 なんて微塵も見せず(いや、見せたかな)、もう10年も続けさせてもらっています。
 こちらの気持ちもあの頃とはすっかり変わりました。
 
  人生の創作こそ創作の王者である!

 
  GOETHE「ゲーテの言葉」(幻冬舎)

 男の雑誌です。むっちゃ男の雑誌です。
 しかも、「ギョエーテとは俺のことかとゲーテ言い」・・・というぐらい、様々な呼び方でニッポン哲学青年に愛されてきたゲーテさんです。

 そのゲーテさんの言葉を、毎度巻頭エッセイでどどーんと紹介!
 お陰でかなり詳しくなりました。
 岩波文庫さん。けっこう貢いでますぜ。

 
明川哲也という名前になってからの既刊本(2003〜2004)は以下の通りですが、本屋さんではもうあまり見られませんので、欲しい人は注文して下さい。がっくし。

「メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか」(晶文社)2900円・税別

 明川哲也としての作家デビュー作品。
 爆笑問題に取り上げてもらったことで、初版4000部はほぼ完売。
 ただ、重版はしないそうなので、事実上の絶版。
 流通に残っている分だけになりますので、欲しい人は早めにAmazonをチェックして下さい。

 本の内容は → 「アメリカ三部作」

 2008年5月9日 文春文庫より改訂版で再発売! 今度は税込み1000円だよ!

「オバケの英語」(宝島社) 1400円

 ニューヨーク時代の恩師兼飲み友達、クレイグ・ステファンとの共著。
 宣伝費ゼロ円、書評欄に取れ挙げられたことゼロ回なのに、口コミだけでAmazonの英語本でナンバー1を記録。総合でも12位まで行ったぞ! 現在すでに5万部突破!

 本の内容は → 「アメリカ三部作」

「敗北からの創作」(幻冬舎) 値段忘れた。手元に一冊もなし。

 売れてくれなければいけない本だったのだが、恐ろしく売れなかった。
 ほんとに悔しかったよ。
 幻冬舎にも迷惑をかけてしまった。

 でもその割に、「讀みましたよ」と声をかけてくれる人が多い。
 謎だ。

 本の内容は → 「アメリカ三部作」
→ もう飽きたので、目次のページに戻る。