ドーランが目にしみる  2009年10月




今月はライブが2つあるよ。
10月12日
 仙川KICK BACK CAFE(ワンマン)

10月30日
 神楽坂EXPLOSION

 
 10月31日(土曜日)

 短い尺で何組かが出演するライブは、
 お客さんが集まりにくいという現実はあるものの、
 出演者にとってメリットになることもある。

 それは、各出演者が対バン相手の演奏や歌を知り、
 「へー、君たちはそういうスタイルでそういうことをやっているんだ」と
 互いに自己紹介をし合う場になることである。

 昨日はボクらの後に出たバンドのドラムスが
 元ブルーハーツのカジ君で、
 むちゃくちゃ久しぶりに顔を合わせたこともあり、
 「いやー、まだこんなことをやっているんですよ」と挨拶をすることになった。
 なんか、趣味のプラモ屋でいい大人どうしがばったり会ってしまった時のような気恥ずかしさをたたえながら。
 「歌う道化師が必要な時は言ってね」と営業をかけると、「いいの?」と明るい笑顔で応えてくれたが、あんまり必要ではないだろうな。

 それからこういう形式のライブだと、
 それぞれの出演者を見にいらしたお客さんが他の出演者も見ることになり、
 「これ、好きかも」と思ってくれるチャンスがないとは限らない。
 文芸雑誌一冊で色々な作家の小説を読めるのと同じことで、
 小池真理子さんを読もうと思ってついついねじめ正一さんも読んでしまうように、
 あるいはねじめ正一さんを読もうと思ってついつい小池真理子さんを読んでしまうように、
 カジ君の太鼓を聴きにきて、ボクらのことも興味をもってくれる、
 という連鎖が・・・まあ、昨日はなにも起きなかったのですが、
 今後ないとは限りませんし。

 というわけで、
 ライブハウスは椅子がなくてお客さんにはあまり楽な場所ではない、
 そもそもお客さんじたいが集まりにくい形式のイベントが多い、
 という要素はありつつも、
 今後も出る時は出ますので、
 今日の夜はなんだかモンワリしているわ・・・とうつむきがちな時はまた皆さんいらして下さい。

 昨日はお客さんとして「はんぺんブラザース」も来てくれました。
 来年また「はんぺん」の二人とはジョイントライブをしたいと思っています。

 

 10月30日(金曜日)

 短い尺のライブだっただけにあまりお客さんは多くなくて。
 (長い尺でも多くはないのだが)
 とはいえ、
 いつもいらしてくださる皆さんがあたたかな眼差しで
 支えてくれているのはわかった。
 わずか35分のために足を運んでいただいた皆さん、
 本当にありがとうございます。

 ドーランが目にしみて、至近距離でもだれがだれなのかはわかりません。
 しかしなんとなく雰囲気で、
 あ、ここに誰々さんがいる・・・と目の端でとらえながらの歌唱です。

 お客さんの雰囲気で名字までわかるようになってしまって。
 いいんだか悪いんだか。

 どうしたらいいでしょうね、ボクら。
 続けていくことは続けていくのだし、
 ひとつひとつのステージを丁寧にやっていくことしか考えていません。
 でも、お客さんを増やすという方程式に関しては、
 解法がわかりません。

 これは本も同じことで、悩み深いところです。

 ひとつの解法は、続けていくこと。
 それだけはわかります。

 今日のライブは亡くなったいのさんのお母様がみえました。
 いのさんの遺影を携えてのライブ参加でした。
 お母様、ありがとうございました。


 
 

 10月29日(木曜日)

 毎月の節目となる締めきりが近付いてきて、
 毛細血管まで上げ潮だ。
 といっても、この凡にして鈍な頭、
 斬新な文字が溢れ出すわけではなく、
 朝からため息、長息、気付けば寝息。
 何をしているんだと飛び上がり、
 ああ、もう、できれば・・・
 猫にキーでも叩いて欲しい
 いや、お智恵を拝借したい、
 それが無理ならせめて表敬訪問でもして欲しいという・・・
 (時々やってくるドラ雄がいる)
 まさに今日、
 この粉屋のかきいれ時のように忙しいまさに今日!
 明日のライブに向けて「新種のクッキー」を焼いたのでした。

 南国の香りがします。
 明日、神楽坂にいらっしゃる方、お楽しみに。

 そして。
 新聞記事になる場合はお知らせしますと書きました
 ボクが受けた個人インタビューの件ですが、
 掲載日が決まったと、
 さきほど記者の方から連絡をいただきました。

 11月6日(金曜日)の
 中日新聞、東京新聞の夕刊です。


 記者の方は、先日のKICK BACK CAFEでのライブにもお越しいただきました。
 大感謝です。

 いかなる記事なのか?
 楽しみでもあり、どきどき感もあります。
 世界の明日につながりますように。
 
 もしよろしければお買い求めください。
 東京新聞の夕刊、たしか40円だったんじゃないかなあ。
 40円で、皆さんの明日につながりますように。

 
 

 10月28日(水曜日) 断酒56日目

 この「森のくまパン」。
 サイトを始めた2004年の夏の雰囲気が、
 まさに扉絵の通りでした。

 AND SUN SUI CHIEというバンドをまだやっていましたし、
 でかい男が皮ジャン着ている←「あんたクマみたいだねえ」
 という指摘から「くまパンク」なる造語が生まれたのです。
 タイトルも扉絵もくま兄弟も、
 そのあたりの風の流れから
 閃きに満たない時間でポンと決まったものです。

 以降5年間、読者の皆さんには可愛がっていただき、
 もうじき44万に迫ろうかというアクセス数を更新中です。
 ありがとうございました。

 ただ、この「森のくまパン」というタイトル、
 今のアルルカンのキャラクターとは
 どうも合わなくなってきたのは事実。
 来年はシリアスなテーマに向けた執筆も始まるため、
 クマ兄弟とサヨナラをするのはちょっと残念ですが、
 総じてリニューアルをしたいと思っています。

 決行は11月初旬から中旬にかけてです。

 また来年は、文藝の同人サイトと、
 英文のサイトの双方が立ち上がります。
 併せて4本のサイト。
 そのすべて、息長く続けて行こうと思っています。
 読者の皆さん、読むのはなかなか大変かもしれませんが、
 今後ともおつき合いのほど、よろしくお願いします。


 
 
 


 10月27日(火曜日)

 30日(今週金曜日)は短いライブですのに、
 豪気にもお越しいただけるとメールをくださった皆様方、
 本当にありがとうございます。

 11月26日の「青い部屋」は50分。
 12月25日の「青い部屋クリスマスライブ」は
 ボクらのワンマンで3時間という特大枠になりますので、
 年末に向けての急坂登りがいよいよ始まったという感じです。
 じっくりと力を貯えていきたいと思います。

  しかし、昨年の今頃はミツ君と酒を飲みながら
 「青い部屋にも、出演したいものだねえ」と話していたのを思い出します。
 それから一年、
 まさか「青い部屋」でクリスマスの日にワンマンを、
 しかも3時間ぶっとうしでやることになるとは思ってもみませんでした。

 ついでに言うと・・・断酒して詩や物語を書いているということも。
 昨年の今頃はへべれけ過ぎて予想もしていなかったことです。

 毎日が同じ風景の連続のように感じられることもありますが、
 やはり日々なにかが変わっているのであり、
 人の役割も等しく転じているのだとボクには思われます。

 逆に言えば、だからこそ生きていくことが可能で、
 今調子が悪い人や、ふさがっちゃってどうにもならない人も、
 「舞台は整ったぜ。今日からいよいよ面白くなる」と、
 シンプルな物語が輝いていた時代の主人公のように
 新しい一歩を踏み出していっていいのだと思います。


 


 10月26日(月曜日)

 今月30日の神楽坂EXPLOSIONのライブにお越しいただける皆さん、
 ライブハウスからの連絡がありました。

 30日(金曜日)は、
 18:30 OPEN
 19:00 - 19:35 桜音
 19:40 - 20:15 中田JESSY洋一
 20:20 - 20:55 アルルカン洋菓子店
 21:05 - 21:40 桂歌蔵

 というタイムテーブルだそうです。
 我々の持ち時間は35分で(みんないっしょだね)
 『青い部屋』に初めて出演させていただいた時と同じ短尺ですが、
 1分1分を大切に歌えればと思っています。

 他はどういう方々なんでしょう。
 初めての方ばかりなので、楽しみです。


 


 10月25日(日曜日) 断酒53日目

 なにか自分の好きな分野があるなら、
 それにまつわる言葉をたくさん覚えるだけで、
 森ができあがるよ。そして風が吹いてくる。
 その風は君を上昇させる風だ。

 みたいなことを、全精力を傾けた『花鯛』(文藝春秋)の
 『オニカサゴ』で書いた。

 今でもボクはそのことを信じている。

 今日は練習の後で、
 つつじが丘に新しくできたホルモン焼き屋にミツ君と入った。
 ミツ君は網の上にお肉をたんまり載せないと気がすまない習性がある。
 せわしくなるし、焦げたお肉は食べられないのだから、
 適度に載せてくれ、というのだが、
 酔っぱらっているので、
 やっぱりフェリーボートの車みたいな間隔でぎっしり載せてしまう。

 ボクはキリンのノンアルコールビールなので、
 頭が冴えたままだ。
 それでミツ君が「あ、また、載せ過ぎた」とか言っている間に、
 ホルモンの名前をたくさん覚えようと思った。

 ハチノス、ギアラ、マメ、マルチョウ・・・。

 やっぱりやめた。
 ホルモンは適度に好きだ、ぐらいにしておきたい。
 マルチョウから炎があがってキャンプファイヤのようだとミツ君は言う。

 ボクの目にはさほど印象的に炎が映らず、
 その源で溶けて痩せていくマルチョウばかりが迫ってきた。
 そうかそうか、こんなにふうに脂を発するのなら、
 いっそのこと小麦粉ワールドにも来ていただいて、
 クッキーの材料としても輝いてもらえないだろうか。

 大阪名物、ホルモンクッキー。

 以前ミツ君がサバクッキーを発案した時、
 即座に却下した立場としては、
 なかなかイニシアチブを取りにくいのだが・・・

 マルチョウのマカロンとか、だめだろうか。


 


 10月24日(土曜日)

 言葉を求めて生きていく。
 言葉を置いて、つなげて、時間と空間を作っていく。
 言葉で詩を書く。歌を作る。物語を構築する。
 言葉のために肉体も鍛える。
 語れるようにするし、歌えるようにする。
 
 それがボクの仕事だし、生きていくよすがだと思っている。
 
 クッキーひとつ差し上げるのも言葉を添えなければ納得できない。

 でも、今はビジュアルの時代で、
 言葉よりもぱっと見てわかるもの、
 目で惹き付けられるものの方に人は動く。

 美辞麗句なんてとっくの昔に滅んでいて、
 もちろんボクもそんなものを追い掛けようとは思わず、
 ただ、言葉で未知の瞬間をこしらえていきたいだけなのだけれど、

 とにかく言葉は今あまり大切にされていないし、
 時には侮蔑さえ受けるし、
 言葉を使う人も含めて、あまり評判がよくないのだ。

 しかし・・・叫ぶ詩人の会がデビューした時の
 『言葉の復権』という大テーマは色褪せることなく
 ボクの日々を貫いている。
 一時はそれを忘れて、
 様々な可能性を試してみようと思ったことも確かだ。

 ブレブレの大ブレでブレてみて、
 名前さえ変えてボクは家出した。
 それでもやはり、ここにもどってきてしまう。
 ブレた幅だけ執着が強くなっている。

 言葉の森で、珍獣や宝石を探していく。
 時にはうっすらと紫の霧になって漂う林間の息吹に
 自分の手をそっとかざしてみる。

 ああ、もどってきてしまった。
 そして疑いもなくこの道が、
 ボクの歩む道である。

 ずいぶんと遅く、不惑。


 


 10月23日(金曜日)

 高校時代の同級生で、島掬次郎君という人がいます。
 掬次郎は芸名で、つまり彼はバンドのヴォーカルをずっとやっていました。
 日本政府が不戦決議を採択しなかった時に、
 それなら我々が出すものを出します、と
 国会議事堂前でヌードアピールをした時のメンバーで
 (レピッシュのマグミ、ブルーハーツのヒロト、掬次郎、ボク)
 この時の逮捕覚悟の写真は
 「夜汽車」というシングルCDのジャケットになって世に出ました。
 ほとんど売れませんでしたが。

 さて、この度彼が司法試験に合格し、
 弁護士を目指すことになりました。
 ボクと同い年で司法修生となり、また新たな人生を歩むようです。

 英単語を三っつ覚えると五つ忘れるようになったこの頃、
 もちろん猛勉強に猛勉強を重ねたのでしょうが、
 司法試験に合格するというのは凄いことです。
 しかもバンドとロックバーをやりながら。

 それで、彼の前途を祝して、
 また彼のバンド「JUMPS」もしばらくライブできなくなるということで、
 一同に寄り集まったお祝いのライブをやります。

 急なことですが・・・以下、島君からの情報をペースト。

 (情報)
 11.18の詳細が決まったんで、お知らせするぜ。

  RockユnユLawyer宣言モ
  11.18(水)渋谷club asia
  18:30 open&DJstart /live fee 予約¥2000(当日¥2300)
      the JUMPS
      アルルカン洋菓子店
      SKIP COWS
      DIVES
  JUMPS guest & DJ;Magumi(LA-PPISCH)
  DJ ; THE WILD ROVER (HIDETO,KAKEI,KIRK,asuka)
      DJ.TAKA!(湾岸Crazy Disco)
      菅野克哉 a.k.a.Tequila. Pro.
  entrance space ;MOON STOMPERS
     (booth)  みどりの未来
          八ッ場あしたの会   
          MAKE the RULEキャンペーン実行委員会                
     (food)   cafe garage Dogberry

  こんな感じで、環境関係のグループのブースも交えた、ごちゃごちゃなパーティーにしたいんで、よろしくね。
  あと、マグミもおることだし、ほかのヤツらも交えて最後に、久しぶりに「夜汽車」をやりたいんだけど、いいかい?

  (いいよ。と返事をしたのでたぶんやります。
  でも、全裸にはなりません)

  購入先URLは
  【PC】 http://eplus.jp/clubasia
  【携帯】 http://eplus.jp/mclubasia

  よろしく〜☆

 

  というわけで、11月18日です。
  我々はJUMPSの前、30分ほどの出番になるそうです。

  個性的、アクの強い島掬次郎君ですが、
  日本の法曹界がすこし揺れ動くことになるのは確実。
  お時間がある方はお祝のパーティーではありますが、
  ぜひいらっしゃって下さい。




 10月22日(木曜日)

 NHKのスタッフだった方の葬儀。
 ミツ君と二人で参列した。
 ボブ・ディランがずっと流れていた。
 棺の横には彼愛用のギターと、スニーカーが置かれていた。
 番組用に描いたのだろう、
 たくさんの絵コンテもテーブルの上に載せられていた。
 そうしたものが、彼の生前の輪郭としてそこにあった。

 でも、彼の身体はもう亡骸だった。
 生きていた頃の彼とははっきりと違う顔がそこにあった。

 命がほかほかと燃えていた頃・・・
 たとえば彼が演出をした回は、
 盲目のヴァイオリニストと我々とのコラボであった。

 あの時、彼は生きていた。
 盲目の音楽家を気づかう言葉を幾つも口にした。
 それからたった二年で、
 彼の世界は地上の昼や夜から、
 大銀河のさらにその果ての虚空へと変わってしまった。
 隣り合った世界ではあるが。

 読経が終わり、弔電が紹介される。
 ボクは弔電というものをあまりありがたく思わない。
 決まりきった美辞麗句より、
 仕事を休んで参列している人の無言の方が、どう考えたって本気だ。
 でも、今日は長く長く気持ちのこもった電報があり、
 係の人がそれを読むにつれ、鼻をすする音が一気に増えた。
 参列したくても来られない人もいるのだと、
 反省をこめてそれを聴いていた。

 『息子のためにありがとうございます』と、
 先に逝ってしまった子供のために頭を下げている御両親。
 痛哭を越えた存在として迫ってきた。

 帰り道、「俺の葬儀の時は『アルルカン洋菓子店』でお願いするよ」と
 ミツ君に言ったら、「でも、豆腐の歌とか、どうするんですか?」と
 彼は真剣だった。

 

 


 10月21日(水曜日) 断酒49日目

 酒を呑む呑まないはそれぞれの自由。
 ほぼアル中のボクとしては
 冒険や詩情というより、
 家の安らぎを飲酒中の陶酔に感じるのだが、
 今その安寧を断っていてひとつだけ潤いのあることが起きた。

 熱がもどってきて、
 芯のある生物にもどった。
 朝など、こんなに噴火していてどうするのだ?
 と自問自答しつつ静かに慰める、という日々。

 それで、ただいまは言語に執着しているので、
 日本語アルファベット限らず、
 なにかの文字に欲情することはないかな?と
 試しに『R』という字で興奮するかどうか
 その文字を見ながら
 さすったり叩いたりしてみたが、
 やはりこれではどうにもならず、
 まだそこまでの変態ではなかったかと
 安心したり、残念だったり。

 ただしボクは変態の素質は充分で、みなぎるほどで、
 中学生の頃、広辞苑の「乳房」という文字を見ながら
 何度も果てたことがある。

 それでそのことを、ゴールデン街などで呑んでいて、
 さも変態自慢風に話したところ、
 緒先輩がたに唇の端で笑われ、
 (つまりそれはそれほど珍しいことではなかったようで)
 なかには「こすりながら果てる瞬間に押し入れの上段から飛び下りる」
 「牛乳瓶にどじょうを目一杯入れてそこに突っ込む」
 「母親の下着を穿き、口紅を塗ってからおもむろに慰める」
 と、手法は想像を越えて色々とあり、
 みんなそれだけの才能がありながらなぜ普通にサラリーマンをやっているのだろう?
 やっぱり普通のサラリーマンが一番深いかも、と思ったのだった。

 三十年、居続けた家を出たことで、
 身体にも変化が始まった。
 無意味でもあり、芸術でもあり、酷でもある。

 

 
 10月20日(火曜日)

 ヴォイストレーニングの先生の前で歌っていて、
 「流れ」という意識をまた今日も指摘された。
 
 歌う時、ボクは大きなシャボン玉のなかに入って
 内側からその膜を転がすようなイメージで
 呼気を出し、空間を愛撫している。

 しかし今日は、「流れ」のひとことで水の煌きが現われた。
 川、というよりは英語でいうところのSTREAM。
 早い瀬があり、ゆったりとした淵があり、
 魚たちが青い背を俊敏に見せつけて飛んでいった。

 歌がこれなら、
 言葉も音もその命として水滴を持つのだろう。
 ひとつまた新しい世界に入ったようで、
 言語がみずみずしく目の前で躍る。



 10月19日(月曜日)

 ある作家の、
 名前を書く気がしないほど憧れたその作家の
 五百頁余になる分厚い、豪気なのを一冊今朝がた読み終え、
 桁が五つぐらい違う力量の差と、
 時代や環境による命運の差みたいのを「避け難き」と考え、
 しばし蕩けたように絶望し、ちっちゃくちっちゃくなり、
 机の上に放り投げた腕時計の影に隠れて泣いた。

 でも、やめてしまえば、
 もう二度とボクは言葉には戻ってこないだろう。
 それもそうなので、
 続けて行くことだけが善だと自分に言い聞かせていたところ、
 NHKの方から連絡があり、それは訃報だった。

 @ヒューマンの「哲也の陽はまた昇る」で
 ボクらの歌うシーン(たとえば上の写真)のディレクションをしていた一人のスタッフが亡くなった。
 彼はすでにその時、肺がんに侵されていた。
 でも、笑いながら現場でてきぱきと働いていた。
 いのさんが同じ病気になった時、
 ボクは彼の例を持ち出して、すこし元気を出してもらおうと思ったぐらいだ。

 なのに・・・逝かれてしまった。
 お子さんはまだ四歳ぐらいだったと思う。
 あまりに若すぎる。

 ちっちゃくなっていじけている場合ではないと、やはりそう思う。
 誰かのようにはなれない。
 みな誰もが、その個人の才覚と運命で、自分らしき日々をやり抜くのだ。
 それのみが生きていく足場で、
 客観的には取るに足らなくても、
 手触りはきっとある。

 冥福を祈るとともに、
 鬼のような顔になって文章をこねくり回している自分が今ここにいる。

 



 
 

 

 


 10月18日(日曜日)

 久しぶりに有楽町のニッポン放送に行き、
 十年ぶりで口にするドリアン助川という名前で
 幾人かの悩みに対して言葉を放ったり、
 考えこんだり、風車みたいに空回りしたり、すこし詩を朗読してみたりもした。
 
 古いところに戻ってはいけないという気持ちと、
 古いところではあるが一本新しい芯を用意すれば
 (それはボクの今の状態で言うなら「言葉への執着」ということになるが)
 充分に新しい場になるのではないかという考えが交錯し、
 局のロビーも有楽町の街並も、どうも不器用な、
 サインコサインカーブのような歩き方しかできなかった。

 夕暮れの銀座から新宿へ。
 これまた久しぶりに逢う放送作家と料理屋に入る。
 入っていたボトルを呑んでもらい、
 ボクはウーロン茶で豚の角煮などを頬張っていた。

 何とも言えず滋味豊かなテーブルで、
 柔らかく湧き上がった空気と照明のなかで
 そこだけ守られた、ほっこりとした時間になった。
 爆笑がなく微笑だけで、だから本当に良かった。


 10月17日(土曜日)

 東京アートミュージアム(仙川)で楢橋朝子さんの写真展。
 「近付いては遠ざかる」
 写真展なのだから、当然撮影は禁止なのだが、
 このところのくせで、ついついカメラを鞄に入れてしまう。

 楢橋さんの写真は
 いつも海や湖が底辺から押し上げるようにたゆたっていて、
 都市や人は、
 その膨らんだり窪んだり溢れたりする線の上にかろうじて立っている。
 
 フォーカスが絞られているのはその上物の方で、
 支えている水、
 形を変える世界の底はどの写真もぼんやりとしている。
 なにやらとっぴょうしもない無気味さが漂うのは、
 土台というものの頼り無さを、本当はボクら自身も知っているからか。
 
 ボクらが今ここにいることの一瞬性、不安定さというものは
 そのまま言葉にされてしまうと、
 「言われなくても」と短気な反応になるだけ。
 でも、それをこんな形で見せられると、
 拒絶のさらに下にある共感のようなものが込み上げてくる。

 言葉を生業とする人間だからこそ、
 言葉以外の言語で表現している人達を
 言葉のまな板に乗せていこうと思う。

 感性のトレーニングをやっていきます。
 読者の皆さん、おつきあいください。
 
 

 10月16日(金曜日)

 ずっと背負っていた背中の凝り、ラーメンのスープがどれもこれも冷めているのではないかという不安、葉っぱの輝きとハイヒールの踏み音の区別がつかない目や耳の濁り、みたいなものがランボー台風で一掃されたのか、視野がすこし拡がり、ひとつひとつの光に対して鋭敏になっているようだ。あるいはそれが秋という季節の持てる力なのか。

 では、社会生活の方もうまく潤滑するようになったかというと、相変わらずこれからの7冊の本のために引きこもっている毎日だ。それはもちろん自分で追い込んだ時間構図で、そこに集中できれば何よりなのだが、こうも敏感になってくると、アトリエに一人こもることが耐えきれない時間が訪れるのも事実。

 映画でも行こうかしら。どこかのオーケストラのコンサートのB席にでも座ろうかな。だれかの写真でも見に行くかな。そういえば表参道で大掛かりなアート展やっているな。世田谷美術館ではアールヌーボーだ。と、思いは明滅するのだが、コーヒーを沸かしているうちにたった数行でもいいから書こうと思い、結局何もせず、何もはかどらずに一日が過ぎていく。

 でもこうして、時々写真や詩などは載せてみようかと思う。
 少なくとも今ボクは生きているので。


 10月15日(木曜日)

 ピラニアの群れは、普段は他の魚たちと共存共栄している。
 横にいるのがナマズであろうがハヤであろうが襲うことはない。
 目を動かすことすらない。
 ところが一瞬、そのナマズが老いた素振りを見せたり、
 一匹のハヤが群れからはぐれたりすると、
 電光石火で跳び上がり、BITE!
 ものの数秒で肉片に変えてしまうのだという。

 開高健さんが誰かとの対談でそんな話をしていた。

 これが自然の摂理。
 だから弱味を見せてはいけないのだ。
 人間もまったく同じ。
 芸能界も一般社会も文壇も。
 と語っていたような記憶がある。

 たしかにそうだろうな。
 弱味を見せた瞬間、人間の心に巣食う靄のようなピラニアたちが
 その輪郭を作り、鋭利になり、放電し、牙をむき、
 対象が粉々になるまで襲いかかるのは、
 皆さんもよく知っている通りです。
 どこにでもあることです。
 

 でも、文壇はともかく、文学もそうなのだろうか。
 と、その時、違和感をもって文字を追った。
 衰弱の予感や皮一枚下の苦渋、本質的な哀しみ。
 そうしたものを隠したところで、
 詩情の表現とはそもそもそれらをあぶり出すことでもあるので、
 弱味こそが文芸であると言えないだろうか。

 (しょせん詩などめめしいと言われてしまえばそれまで。
 ボクはその人とは飯を食わないだけだ)

 もちろん、陰々滅々と人間否定を書き連ねるような表現は
 読んでいるこちらまでひどく重たく垂れ込めてきて、
 こんなことなら仙川のスーパー銭湯にでも行っておけば良かったと
 身の振り方を失敗したことに気付くのだが、
 得てしてまっとうな作品はその湿り気を帯びていることが多く、
 嘆きや腐敗のないところに、再生される自律や跳躍もないであろう、
 とボクなどは思うのだ。

 この振れ具合って大事ですよ。
 破壊や絶望と同じぐらい、REBIRTHって追求すべきテーマで。
 ならやはり、腐っている自分や澱んでいる明日もひとつひとつ
 書いていかないと、朽ち木を転がる雫は書けない。

 幅広い色彩からの言葉を
 もっと自由自在に使えるようになりたい。
 スケッチをやってみようかな。
 明日あたりから。

 


 


 10月14日(水曜日) 断酒42日目

 アメフト部の先輩が贈ってくださったもの。
 それは・・・御覧の通り、世界にたった一枚しかない前掛けであった。



 これは前掛けであって、壁掛けではない。したがってボクの腰に巻かれて初めてこの前掛けは本来の任務につくのである。

 適材適所。
 人事異動の時にやたら出てくる言葉ではあるが、人にとっても物にとっても大切なことだ。つまりこの前掛けは巻かれなくてはいけない。一刻も早く巻かれなくてはいけない。
 しかしアルルカン洋菓子店の場合、クッキーを焼いている時のような「素顔のボクら」はもう表に出ないことになっているので、これを巻いて人前に立つとしたらそれはやはりライブなのだ。

 というわけで、予告いたします。
 この前掛けを巻いての登場は今月30日の神楽坂EXPLOSION!
 
 色の異なるかつらを買ったばかりなので、これとセットで合うかもしれない。

 前掛け記念で、クッキーもなにか変わったものを考えましょう。

 10月13日(火曜日)

 惚けてしまって・・・。
 ぼんやりしながらヴォイストレーニングを受け、
 ぼんやりしながら田内志文さんとインドカレーを食べ、
 ぼんやりしながらギターをつま弾いていると、

 高校の時のアメフト部の先輩から贈り物が届いたのであった。

 なんと!

 


 10月12日(月曜日)

 今日ライブにお越し下さった皆さん、ありがとうございました。
 そして来られなかった皆さん。
 本当に残念です。
 今日は今年一番の山場となりました。

 2時間10分を甘く見ていたのはボクの方かもしれません。
 精神が入り込み、ある種のシャーマン的気質が頭をもたげ、
 ランボー少年の『酔っぱらいの船』を濃い透明度でやり終えた時、
 もうボクには何の力も残っていませんでした。

 ライブ終了後の物販サイン会、
 足はがくがくするわ、
 よく知っている人の名前は出てこないわ、
 砂糖抜きの蒸しパンみたいな状態です。
 (そういえば開演前、MITSU君が蒸しパンを咽につまらせていた)
 恐山のいたこさんが心霊的な言葉を延々と発した後、
 がくっと崩れる理由がよくわかりました。

 これは、ロックにもなければ朗読にもない、
 力技の『クロコダイルの恋』にもなかった疲労です。
 正岡子規の仰臥漫録を再現した時とも違う・・・
 なんだろう。
 シャーマン的なステージだったとしか言い様がないのだけれど、
 とにかくランボー少年を感じながら
 後半の三十分はシャルルビルの星空の下にいました。

 またやって。
 と、お客さんには気軽に言われましたが、
 そう度々は再演できない領域に入り込んでしまったことを
 今じわーっと感じています。

 この二ヶ月、ランボー少年と過ごせて、
 節目を越えたようにボクの季節が変わりました。
 フランスやベルギーの春夏秋冬と彼の歩行夢。
 イメージの構築作業を自分の深いところで見直す旅、
 その連続した風景が『詩』であったことに驚きを禁じ得ないのです。

 言葉の可能性、力を、ここまで感じたことはかつてあっただろうか。
 自問しつつ、この少年と出会えたことに
 世界をも包括するような大きな感動を覚えています。

 

 


 10月11日(日曜日)

 明日はいよいよ仙川のKICK BACK CAFEでワンマンライブです。
 しかも、宮沢賢治や正岡子規に続き、
 初のフランス少年、アルチュール・ランボーの登場です。

 天気が良さそう。
 金木犀を抱いた熟した風も膨らんでいます。
 皆様、ぜひいらして下さい。

 かつら、新調しました。

 
 10月10日(土曜日)

 JR大崎駅のコンコースから歩いて一分のO美術館で、
 ドイツ平和村の写真展をやっています。
 先々週、知的障害者の美術展に誘っていただいた東ちづるさんの導きで
 (この展覧会は本当に力をもらった)
 またもや出かけたのであるが・・・

 少なからずの衝撃を受けた。
 俺は割れた柿のようになって美術館から出てきたよ。

 ドイツ平和村は、
 紛争や戦争で重い怪我をし、
 故国ではもはや誰も面倒を見てくれない子供たち、
 彼ら彼女らを引き取り、
 その子たちが自立できたり、
 あるいは故国での環境が整備されるまで
 医師やボランティアたちとともに暮らす場、
 その国際NGO組織である。

 片目以外は顔のパーツがすべて吹っ飛んでしまった子。
 手足がぐちゃぐちゃな子。
 手足がない子。
 全身ケロイドの子。
 科学兵器の影響による畸形で顔中がこぶの子。
 同じく米軍散布の枯れ葉剤の影響で口以外何もなくて生まれてきた子。

 この子たちと暮らすボランティアや医師らの生活。
 そして何よりも、この子たちの悲しみと頑張りを一枚ずつの写真がとらえている。

 東さんも奮闘されていて、
 この子たちに関する著作もあるし、
 テレビでも何度か取り上げられているので
 知っている人もいると思う。

 だが、テレビでは流せない映像というのがあって、
 その部分がこの子たちの凄まじい外見だ。

 でも、みんな幼い子なんだよね。
 顔が吹っ飛んじゃって、自分の尻の肉で無理やり作られた鼻をあてがわれ、
 それでこれから十歳とか十五歳になった時に
 己の運命や世界というものをどんなふうにとらえるんだろう。

 今日、オバマ大統領がノーベル平和賞を受けた。
 核なき世界をぶち上げたその理念には同世代の人間として拍手を差し上げたいが、
 今アフガンで米軍の無人機がどれだけのことをしているのか、
 それを考えると、そこでバラバラに破壊された人々の目から
 「平和賞ってなんだ?」
 と怨念の一瞥があるようで、
 罪なき人生などどこにもないのだけれど、
 本当かよ? と疑問も呈したくなるのだ。

 もちろんオバマだって、
 アフガンの一般市民が巻き添えで死んでいることは重々承知だ。
 それを指揮している立場として苦しみはあるだろう。
 対イスラム強行派、米国という巨大なカオス、
 そのなかで、彼はそれでも良き時代を目指して
 全身全霊考え抜いているに違いない。
 すくなくとも、権力だけに憧れて大統領になった人物ではないと思う。

 でも、やはりノーベル平和賞のようなものを
 一政治家に与える時代は過ぎ去ったのではないか。
 毒を食う役回りもあっての政治家である。
 国境なき医師団に平和賞をもらってもらったように、
 今世界中で汗を流している無名の人々、
 彼らにこそ向かうものであって欲しい。
 そしてそのことで、今なにが問題なのかを浮き上がらせて欲しいと、
 アルルカンAは思うのであった。

 なお、アルルカンMは、餃子でお腹いっぱいになって、
 今帰ったところである。

 
 
 

 


 10月9日(金曜日)

 12日にライブをやらせていただくKICK BACK CAFEは、
 禁煙の上、お酒の用意がありません。
 煙草の煙が漂うなか歌うのが得意ではないので、
 (副煙流のなかで2時間近く歌うことを想像してもらいたい)
 ボクとしては助かるのですが、問題はお酒。

 ほろ酔い加減で参加したい人もいるでしょう。
 ただ今断酒中のボクもその気持ちは細胞単位で理解できます。
 (今日で37日目だ)
 ですので、一杯引っ掛けていきたいなという人は、
 ちょいと早めに仙川へいらっしゃってはいかがですか。

 桐朋音大へと続く長い商店街。
 どの店も面白そう。
 商店街には詩情がありますね。
 円満寿司あたりで熱燗やってからCAFEもありでしょう。

 それと、ニッポン放送で始まる
 『ドリアン助川の中年ジャンベルジャン』。
 大人の皆さんからのお悩みを広く募集しています。
 あなたのお悩みにボクが智恵を絞るという形式は変わりませんが、
 電話ではなく、メールを読み上げて応える形になるんだと思います。

 宛先は・・・
 durian@allnightnippon.com

 です。
 悩みを転じて創作に持ち込みましょう。
 世界へ!

 皆さんの参加をお待ちしています。



 10月8日(木曜日)

 1982年の夏、関東地方を台風が直撃した。
 ボクは斜めになって歩きながら、
 当時住んでいたまほろ市から、
 登戸の友人のアパートへと急いだのだった。

 小田急線がかろうじて動いていた。
 車内はずぶぬれの人ばかりで、
 ゲイラカイトを抱えたボクを奇異な目で見ていた。

 友人と二人、強風に向かって斜めになりながら
 多摩川の土手を目指した。
 消防団の人達が決壊しそうな場所に土嚢を積んでいる。
 土手に上がろうとしたら怒られた。

 すこしはずれたところまで歩いて行き、
 彼がゲイラカイトを持ち、
 ボクが糸車を持って、
 この風速三十メーターオーバーの南からの剛風に、
 それを乗せようとした。

 一瞬だった。
 友人がゲイラカイトを手放すや、
 叩き付けるビー玉のような雨を垂直に割ってそれは舞い上がった。
 そして煙が出るほどの速さで糸車を回し、
 バシッ、と乾いた音をたててぶち切り、
 暗黒の、夜の積乱雲へと吸い込まれていったのだった。

 糸の切れる音と、
 ほんの数秒でまったく見えなくなったゲイラカイトに、
 濁流渦巻く多摩川以上の力を感じ、
 ボクらは万歳を三唱した。

 農家の方や
 被害に遭われた方のことを考えると、
 これは表記しにくいことなのだが、
 純粋なエネルギー体としてみれば
 
 台風が好き。
 

 


 


 10月7日(水曜日)

 ライブまであと5日。
 昨夜遅くにPHPの連載短編を書き終え、
 いよいよステージに向けて気持ちを集中している。

 お客さんの数が十名でも百名でも千名でも、俺はいつも本番です。
 なにかのために今がある、なんて思った時代は遥か過去。

 人生の本番はまさに今この瞬間で、
 発芽玄米パックの簡単な御飯を食べる時も本気なら、
 駅まで歩くのも本気、
 こうやってキーを打つのも本気です。

 もちろん、詩を書くこと、歌うこと、物語を作ること。

 すべて本気の本番です。
 この季節に散る葉の一枚一枚が、
 みんな本気で陽光を受け、風に揺れたように。

 


 10月6日(火曜日)

 ニッポン放送がデジタル配信で
 『ドリアン助川の中年ジャンベルジャン』という番組を
 制作することになった。

 携帯で聴ける番組です。
 一回百円とかで。

 この番組のなかのみに於いて、
 ドリアン助川という名前と、ラジオブースのなかの俺が復活します。

 メールで中年の皆さんのお悩みや悲喜こもごもを募集するみたい。
 アルルカン洋菓子店の曲も流れます。
 詳細がわかりしだい、ここで発表しますね。

 ニッポン放送の携帯サイトでも、おそらく近いうちに発表があります。


 10月5日(月曜日)

 深夜三時に原稿を出しに7-11へと歩む。
 すると、ゴミ捨て場を横切る細長い動物の影。

 犬でもない。猫でもない。
 そのズドーンと長い胴はハクビシンさんですね。

 ここは調布市ですよ。
 こんな住宅地で、どうやって野性の君が生きているのですか。

 しかしとりあえずはとても嬉しくなり、
 それはたとえばルイジアナの大平原で
 みずしらずの農夫のおじさんと、
 76年のスーパーボウルでミラクル・キャッチを見せた
 スティーラーズのWR、リン・スワンの話で異様に盛り上がった時のような瞬間。

 たくましく生きている動物を見ると、
 なぜこんなに幸せな気持ちになるのだろう。

 ハクビシン。
 SARSの媒体動物なんて言われて毛嫌いされたけれど、
 俺は君が好き。

 


 10月4日(日曜日)

 酒を断って臨む小説七つ。
 その第一冊目『PINZAの島』の前半が仕上がる。
 ちょうど250枚。
 
 気がついたら、大事な約束も含めてすっとばしていた。
 ボクの友人が関係するデジタル関連の研究会に参加する予定で、
 その大学名と時間がスケジュール帳にはきちんと記されている。

 知っていながら・・・物語のなかに入り込んでいた。
 社会人として失格。
 しかし創作者としてはえらく電気を帯びてきたのである。

 言い訳にはならないが、
 そういう精神状態がしばらく続くかも。
 悪気はまったくないのです。
 関係者の皆さん、今後こういうことが起きる可能性は大。
 直前に電話をください。
 わがまま。

 

 
 10月3日(土曜日)

 オリンピックを東京で。
 と望んでいた人、残念でした。
 でもボクはそもそも、
 なぜ東京なのか、という意味がわからなかった。

 リオの人たちが南米初のオリンピックだと
 あんなに喜んでいる。
 あの人たちをがっかりさせてまで、
 東京で無理やりオリンピックをやる必要があったとは思えない。

 環境オリンピックというのをキーワードにしていたが、
 環境を考えるのなら、
 智恵を絞るべきはまず森や川や海に対してであって、
 野山を切りくずした会場をゴミだらけにするコンサートや
 自動車メーカーまでが環境を謳うのと同じぐらい
 座りの悪い、妙な言葉だった。

 旧与党財界よりの大新聞が
 はや2020年オリンピックを東京で、と唱え始めた。
 今回の敗因は、
 国民が盛り上がらなかったことが反省材料、としている。
 我々国民のせいにされてしまった。

 大丈夫か、編集委員の頭。
 民衆はそんなにバカではない。
 ものを見据えた上で、
 客観的な疑問を抱いた人が多かったのはごく自然なことだ。

 国民のせいにする視線があるのなら、
 今回の無理矢理な招致運動で消えた
 多額の血税。
 その責任をなぜ問わないだろう。
 公金注ぎ込んでいる銀行の問題も含め、
 差別発言やまぬ都知事の
 「オレの夢」
 その溜飲のために消えたみんなの税金。
 今、楽をして税金を払っている人は誰もいないというのに。

 いいではないか。リオで。
 「リオを目指せ」の方が選手も盛り上がるよね。
 「東京を目指せ」では、都民としてはちょっと・・・。

 再建中の日航も
 南米路線から退却という現案を考え直すかもしれない。
 国をあげての大きなイベントは
 いろいろと利害が絡むからシンプルなことは言いにくいのだけれど、
 世界全体に咲く花を考えれば、
 やはり普通に考えてリオなのでした。

 ピースボートより安い値段の、
 貨客船の大平洋就航を望む。
 南米まで船で!
 リオ(大西洋側)まではバスで!




 

 10月2日(金曜日)

 雨の飛沫が
 アスファルトの上で無数に煌めいている。
 君やボクの
 これまでの断片。
 その連続のように。

 
 10月1日(木曜日)

 いつだったか、終わらせる発想というのを
 ここで書いたような気がする。
 語学の努力者、千田栄一さん(チェコ語の権威)が
 その国の日常会話の9割のボキャブラリーを達成したら、
 それでひとまず単語を暗記するのは止めにしておいた方が
 精神衛生上いい、と記されているのを読み、
 なるほどと思ったことがある。

 終止する場所を決定し、休憩を自分に与えるのだ。
 日常会話の9割の単語。
 日本語なら1万語前後。
 フランス語で3000前後だそうだ。
 (ただし活用があります)

 でも最近、終わらせない発想というのもありだなと思い直している。
 我々の大脳は未知に触れるからこそ息づくことができる。
 毎日同じものを食べ、同じ景色を観させ、同じ会話をさせたら、
 その人は一年ももたずに錆び付いていくだろう。

 塀のなかにいる人達がそれでもぼけないのは、
 シャバを思い、イメージする心があるからである。

 イメージ。
 なんて素敵なことだろう。
 なんて力強い人間の力だろう。
 あらゆる可能性がそこに眠っている。

 八十代の人が、チェコ語を始めたとして、
 ボクはそこに無意味さはひとつも見出せない。
 役に立たないのでは、とか
 今さら飛行機にも乗れないでしょう、
 などと言ってしまう人は、
 実は自分の人生の可能性を切り捨てていることに気付いていない。

 死の当日までイメージすること。
 正岡子規が絶筆三句を残したように。



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