ドーランが目にしみる 2009年7月 |
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中洲通信2009年8月号 (7月売りです) ボクらが巻頭カラーで特集記事になっています。必読! |
7月31日(金) 彼女の友人から連絡があり、 また、お父様からも電話をいただきました。 小林伊能さんが昨晩亡くなられました。 ボクらが訪ねて二時間後のことだったそうです。 眠るように逝かれたということです。 彼女を知っている人。 また、古くからボクらの活動を支えて下さったみなさん、 それぞれのお心の上で、 伊能さんの御冥福をともにお祈り願えますでしょうか。 たった一人の娘を失われたお父様とお母様の気持ち。 なんとも言葉が浮かびません。 |
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色々な思いを胸にして、 |
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「苦労された方の歌です」なんて言われちゃって。 |
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もうひとつはチュイル・オ・ザマンド。 |
7月27日(月) 今月、Amazonで売れたボクらのCD、 3枚です。(泣) 店頭に置いていないので、 このサイトやミツ君作成のサイトを観た人しか アルルカン洋菓子店の存在やCDが出ていることを知らないのだと思います。 (まあ、そうだよね) では、どうしたらいいのだろう、と思うのだけれど、 ライブを重ねていくということ以外やはり何もなくて、 でもやっぱり3枚と知ると、 なかなかに辛いものがあります。 聴こうかな、聴いてみてもいいかな、と思われつつ、 まだ入手されていない、という方、 今がチャンスです。買い時です。 一家に一枚、アルルカン洋菓子店の『星屑通りで店開き』を! 以上、店長からのお願いでした。 |
7月26日(日) 天候のせいか、体調や精神のバランスを崩しがちな人も多いのでは。 関西方面へのツアーに出た後で、 なにかちょっと芯がぶれるような気配がボクにあるのも このむしむしとする気候に多少の原因があるのかもしれない。 昨日、ヴォイストレーニングの先生に『詩吟』というものを聴かせていただいた。 詩吟というと、町内会で爺さんがうなっているというイメージしかなく、 はっきり言ってボクの耳の記憶の中には何ひとつないジャンルなのだが、 その聴かせていただいたCDはすさまじく胸に迫ってくる声色で、 「戻る芯があるというのはこういうことなんだ」という 先生の言葉が素晴らしく実感できた。 芯というものが一本あり、 たとえ危うくはずれても元の音に帰ってこられる。 クラシックなどではあり得ない表現だが、 日本のこうした伝統音楽や一部のブルース、ジャズなどでは 芯をしっかり片手で握りながら、もう一方の手で冒険に出るやり方はあるもの。 もちろんこれは声に限らず、 人間の生活、表現すべてに於いて言い得ることだと思う。 踏み外してしまうことはあるし、 放っておけば怠惰になりがちなのは重々承知している。 でも、声の芯と、生きていくことの芯は常に片手で握っていたいと思う。 |
7月25日(土) 嬉々として書き始めた小説がとんと進まなくなり、 欠如してしまった集中力をなんとか取り戻そうとするのだが、 「はー」とか「あー」とかうめくばかりで、 ウエブサイトで「雑草」とか「雷魚」とか、 少し変わったページに飛んでみても心躍らず、 エロサイトにももちろん飛んでみたが虹は現れず、 底力のようなところですかすかの搾りかすみたいになってしまった 自分を感じる。 ヴォイストレーニングでも 声の調子の悪さを指摘された。 上がったり下がったり・・・月の満ち欠けのように 日々の調子、季節の調子というものはありますね。 なんだろう。 少し、カツ丼でも食べてみようかしら。 |
7月24日(金) 芥川龍之介のことを記したノートがあって、 作品の感想集みたいなものなのだが、 夜眠れずにつらつらといたずら書きをしようと引きずり出したのが ちょうどそのノートで、 懐かしくなって読み返した。 「羅生門」「鼻」「芋粥」「蜘蛛の糸」・・・ 誰もが知っている短編が並ぶ中に「戯作三昧」というのがあり、 当時の自分がひどく感動したようなことを書いている。 はて? どんな話だっけ? まったく思い出せない。 かなり感動した様子なのに。 それで、午前三時からの読書となった。 読み終えたのは午前四時前。 やはり・・・感動した。 ああ、この話はたしかに読んだことがあるぞ、と思い出してから しかしなぜ心が動いたのかわからず、 陰々滅々とした馬琴(主人公です)の日々をただ淡々と追っていくのみ。 もちろんそこには芥川龍之介風の仕掛けがたくさんあって、 大正七年ではすでに書きにくくなっていたであろうことを 天保二年に置き換えている、というテクニックはある。 あるが・・・。 と思いつつ、最後の数頁まできて「どっと」きた。 そう。 この感じ方ははっきりと覚えている。 でも、その時よりきっと今の方がしみ入るところが多い。 ものすごく励まされた。 後に失明することになる馬琴。 七十で世を去るその寸前まで書き続けたこの男を通じて 芥川龍之介が書きたかったこと。 もう夜はあけていた。 芥川龍之介にお礼を言って、目を閉じた。 |
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執筆にしろ、歌にしろ、 |
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いえいえ、申し訳ないのはこちらでして・・・と、 |
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ずいぶんと同じことをくり返してきたような気もして、
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7月14日(火) ロマネ・コンティというのはずいぶんと狭い葡萄畑で作っていて 年産六百本ほどである。 それが全世界のホテルに流れていくわけだから、 手に入る、というよりは目に留まることも難しい。 開高健さんの『ロマネ・コンティ1935』を読んでいて、 実際にそれをいただいた時のことを思い出した。 思い出す、というよりは、これはいつも頭の片隅にいて 出番を待っている確かな細胞核で、 ボクはこれを思い出にしないし、 終生の幸福アンド不幸として抱えていくのだと思う。 越前で、蟹の甲羅に酒を入れて炭で炙ったものを飲んだ時と、 このロマネ・コンティ体験がとにかく脳皮にとどめを刺している。 O沢商会という輸入代理店が消滅することになった時、 倉庫にあるものが破格の値段で関係者に売られることになった。 その時、ある先輩がこれを手に入れてきたのだった。 数万円で手に入れたとおっしゃっていたので、 世が世なら車ぐらいの値段がしたかもしれない。 そいつを、みんなで囲んで座り、 数百円のワイングラスですっと流し込んだ。 ボクはその瞬間に夕焼けになったし、 煌めいたし、溶けたし、 どういうわけか、葡萄のくせにどこか柑橘系の香りがあるような陶酔の中、 気付けば口の中の宝石は蒸発していた。 飲んでいない。 なのに、消え去っていた。 そして永久にボクの脳にその痕跡を残した。 |
7月13日(月) サプリメントとして、毎日ビタミン剤の他に アーモンドを二十粒食べている。 これは最低の数なので、時には四十粒食べることもある。 アーモンド十粒で、ビールロング缶一本分のカロリーだという。 「ナッツは太る」という警告もある。 ところが、これは一時、自身を糖尿病ではないかと疑った時に あれこれ調べて到達した考え。 カロリーイコール太るではないし、 ビタミンイコール摂ればいいでもない。 また、 脂イコール摂ってはいけない、でもない。 総合的に観て、 縄文時代の人が食べていたものは、その質感とバランス比が絶妙で 薬がない時代のそれの役割もあったと思われる。 ナッツ類はその典型で、 ビタミンEや食物繊維、ミネラルのことなどを考えると、 アーモンドの量が増えた分、炭水化物を減らせばいいわけ。 これでカロリー過多の弊害からは身を守れる。 最近はいたって体調がいい。 メタボでもないし。 洞くつに絵を描いていた頃、 人類はすでに進むべきところまで進んでいたのではないか。 その後のことは、たとえ月面を歩いたとしても、 猿と人間との距離を考えれば 進歩とも呼べない些細なことだったりして。 |
7月12日(日) 一月繰り上げで、9月中に発売されることになった 筑摩プリマー新書の「悩む前のどんぶり君」。 ゲラのチェックが終わり、 徐々に本の体裁の全貌が見えてくる。 これは良い本ですよ、皆さん。 作者自ら言うのはなんですが、 各自の人生に一冊、常備薬として必ず携えておいてもらいたい逸品となった。 ゲラの終盤に差し掛かるにつれて、だんだんと感動していく自分がいて、 「本当にこれは私が書いたのだろうか」と疑心暗鬼になるほど。 その頁の中にね、 冬を迎えた時の姿勢というものを書いている頁があって、 これはもちろん季節的な冬ではなくて、 人生の諸時期としての冬なのだけれど、 「焦るなよ、慌てるなよ、望むなよ」というイメージの言葉が並んでいる。 でも、このクソ暑い時期もいっしょですね。 どうも惚けてしまって、特にライブの後などは 小指一本動かそうという気にならない。 こういう時は心身が休憩を欲しているのだから、 まず今日一日、一行でも書ければいいかなと思ってしまう。 いや、記憶の方かな。 この日も生きた、という記憶さえあればそれでよし。 しかし・・・蒸し暑いねえ。 |
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7月10日(金) 明日、ライブです。 やっぱり、フランス菓子は難しい。 味は悪くないのだが、どうにも形状が・・・。 できそこないも含めて持っていきます。 |
7月9日(木) チカパンのパントマイムを銀座まで見に行った。 チカパンは先月の国際フール祭ですっかりファンになってしまった マイム・アクトレスだ。 チカパンはチェコから凱旋帰国をしたところ。 小柄な女性だが、 舞台に立っただけで世界規格の道化空間がぱーんと現われる。 これは希有なことだ。 花がある、という言葉だけで済ますことができず、 おそらくはどこかに「ねじれ」や「とんま」もある。 銀座の小劇場は満員だった。 汗が飛び散り、拍手が鳴り止まない舞台をチカパンはやってのけた。 ボクは帰りに、 なぜか小劇場が配っていた酢昆布をもらい、 周りの背の高いビルを見ながら歩いた。 ビルはすべて明るく輝いていて、 その窓の奥ではまだ大人たちが働いている。 もうずいぶんと大人の年齢なのに、 そうはなれなかった。 みんながそれぞれの持ち場で 汗を飛び散らせて、おのれになっている。 知り合いとばったり会って、その気持ちはふと消えたが、 ボクは幾ら歩いても進まない道を歩いていた。 |
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七夕。強風。満月。金星。その他、いくつかの星。
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7月6日(月) 親しくもさせていただいたし、 ライブも観にきてくださった方が、 自害された。 害という字はよくないかな。 本人はずいぶんとリストカットを試みていて 念願が叶った、というところかもしれない。 以前からそういう果て方を宣言されていたので、 思い通りの締めくくり方をされたのだろう。 部屋には、ヘルムート・ニュートンの巨大な写真集があり、 朝起きたら一枚ずつめくるの、とおっしゃっていた。 そして、やはり自ら命を断った恋人の写真も飾られていた。 写真の中の恋人は、 70年代のある時から表情を変えない。歳もとらない。 でも、彼女だけが日々を積み重ね、 風で飛んできたパンの紙袋のように、くちゃくちゃになっていった。 ボクは思います。 あの恋人がああいう別れ方をしなかったら、 彼女の去り方も違ったのではないか。 もちろん、もしもはないのだから、 彼はああして去り、彼女はこうして去った。 これだけが必然で、動かしようのないこと。 誰のせいにもせずに逝くなら、そういう去り方もありだと思う。 生きていたいと思う人もいるんだぞ、という脅しは ここではまったく意味をなさない。 人はやはり、それぞれだと思う。 |
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7月2日(木) 中洲通信8月号(今月売り)の見本誌が届いた。 編集部の皆さん、ありがとうございます。 特に、いつも応援して下さる和田さん。 いぶし銀のような仕事の中にボクらを入れていただいて、 率直に大感謝! 表紙がポップな我らなら、 巻頭からカラーぶち抜き10頁の大特集! 大きな本屋さんならだいたいどこでも扱っています、中洲通信。 今回は立ち読みで済まされる文章量、写真量ではないので、 皆さん、お買い求めください! あとにもさきにもボクらをこんなふうに大事にしてくれる雑誌は ここしかありません。きっと。 中洲通信の編集長がいらっしゃる博多にも 足を向けて寝られません。 いつか博多でライブやりたいなあ! |
| 7月1日(水) ある編集者と会い、 今後のことなどについて話しながら焼酎を楽しんでいたところ、 彼が携帯で撮った写真を見せてくれた。 「アルルカン」というお店。 井の頭線の某駅にあるらしい。 表向きの看板には、 軽食、お酒、カラオケとある。 まず、これだけでは入りたいと思う店ではない。 でも、アルルカンだもんな。 やはり一度挨拶にはうかがった方がいいと思う。 そういう意味では、環八沿いにある 「ドリアンマンション」は一度住んでみたかったし、 これまた環八沿い、上野毛の「サロン ドリアン」でも 一度飲んでみたかった。 もうドリアンじゃないので、関係なくなっちゃったけれど。 ああ、京王線から見える千歳烏山の焼肉屋「モンタサン」も行ってみたいのです。 寺山修司さんの競走馬の詩、朗読したCDをまだ何枚か持っていて、 ボクはオープニングのハギノカムイオーを詠んでいるんだけれど、 モンタサンは誰だったかな・・・小林薫さんだ。 これがいい。 実にいいCDだった。 あれを差し上げにモンタサンに伺おうと思って、まだ実現できずにいる。 |