ドーランが目にしみる   2009年8月

 

 

東北ツアー、ぜひいらしてください。(チラシ製作・楽工房)


 8月31日(月)

 京王線仙川駅すぐのライブハウス『KICK BACK CAFE』で
 アルルカン洋菓子店が行うライブ(10月12日)
 タイトルが決まりました。

 『ランボー16才祭り』

 アルチュール・ランボー16才時の作品を、
 堀口大学でもなく、小林秀雄でもなく、
 アルルカン洋菓子店の訳、音楽でお届けします。
 もちろんふだんの我々の楽曲も満載。

 カラマーゾフも新訳でよみがえった今、
 『酔いどれ船』も現代の言葉で漂流してもらいましょう。



 8月30日(日)

 手前味噌だが・・・
 20年ごとに世界の構成が変わっていくという記述は
 (本頁、8月15日参照)
 やはりいいところを突いていたようで、
 その現象のひとつとして今回の衆院選の結果があるような気がする。

 もっとも、これは動きの始まりに過ぎないのであり、
 オバマによって大国がどう変わっていくのか、
 ということがオバマ誕生よりはるかに大事であるのと同様、
 日本はどの方向に舵を取り出したのか、
 あるいは舵の問題ではなく、
 船そのものを変えようとしているのか
 というあたりの予想をするのが
 これがまったく・・・本当に・・・面白い!

 なんか興奮しちゃって、
 原稿を書かなければいけないのに
 ウエブの開票即表を見ているだけで徹夜してしまいましたよ。

 とはいえ、一党がこれだけ圧勝するというのは
 なんだか恐い。
 前原さんが党首だった時は思いきり武闘派のイメージだったしなあ。
 四年前のことと今を思うと、
 こういう現象の後には決まって揺り返しもくるものだが、
 それが何によってもたらされるのか、
 というのも予想課題のひとつになる。


 しかし、充分大人になってから観た
 あの『アニー』の主演の女の子が
 いつのまにか東大法学部を出て検事になり、
 そして国会議員という立場になったことに仰天。
 のんびり文章など書いている間に、
 人も世界もどんどん動いていきますね。

 こうしてまた2009年の夏が
 ちっとも夏らしくないまま去っていき、
 あと一ヶ月もすればデパートは冬物商戦へと突入し、
 気が付けば忘年会の誘いなど来て、
 はーっ、とため息をつきつつカズノコなどもつついているのだろうか。

 その予想じたいにため息。

 それはともかく!
 あと十日もすれば新刊が出ますよ!
 『悩む前のどんぶり君』(筑摩プリマー新書)
 
食べる割に悩む人は必携のことね!

 自著ながら俺も読んで救われようっ。


 8月29日(土)

 マリオ曼陀羅のライブ・ペインティングが渋谷の某クラブで行われた。
 ストリッパーの裸体にあの緻密な曼陀羅を描いていくというもの。
 ヌードに抽象画というパフォーマンスはヤコペッティの時代からあったが、
 (いや、人間が呪術に縛られていた時代こそ
 裸体とデザインの組み合わせは華だったかもしれず)
 どちらかと言えばハプニング的要素が突出していたのがこれまでだとすれば、

 マリオ氏とストリッパー茜さんの見せる空間は
 じっくりとプロのもので、
 思考も昇華もあり、
 だからこそ四時間立ちっぱなしでも
 (ビール一本、焼酎四杯いきましたが)
 観賞に耐え、
 なおかつ観客ともどもの達成感があって大団円になりえたのだと思う。

 あと、音楽が良かった。
 ふだん、トランス系のものなど聴く機会がないのだが、
 まったく苦にならないどころか、
 時折入るピアノ曲などが逆に岩清水のように鮮烈に聞こえ、
 ちょっと落涙しそうになる瞬間もあった。

 観客の足腰の疲れ、
 店員の異常な横柄さ、
 という点では問題を残したが、
 逆に言えばそれをクリアすればいいのであって、
 もう少しコンパクトになればアムスあたり、ベルリンあたりでも
 かなりの喝采を浴びそうなパフォーマンス。
 世界規格と見た。

 久々に渋谷の夜が楽しかった。



 

 8月28日(金)

 週刊アスキーのオーケン対談にまた呼んでいただき、
 お寺でのライブの話や、人生相談の話で盛り上がる。
 オーケンはいつだったかボクが話した
 ロシア革命の道化師の話をきちんと覚えていて、
 『サーカスと革命』(大島幹雄著/平凡社)を入手していた。

 オーケンはやっぱり素晴らしく面白く、そして律儀な人である。

 

 
 

 8月27日(木)

 渋谷の『青い部屋』で三度目のライブ。
 夜十時からのステージにかかわらず、
 お集まりいただいた皆さん、本当にありがとうございました。

 一人一人の方が、
 職場から、家から、あの暑い中、渋谷まで来てくださり
 お金を払ってライブを見て下さる。

 なによりもこれが我らにとっての奇蹟です。

 語りひとつ、歌ひとつ、文字ひとつ、
 今後もそこに気持ちをこめていきたいと思います。

 拍手の中で、アルルカンは一日を終えます。
 たいへん幸福なことです。


 

 8月26日(水)

 明日のライブのクッキーを焼きましたよ。
 そしてボクは、PHPの第五作目のゲラ直しをしたところで
 本日の体力・気力が尽きました。

 なにも言わんでください。


 

 8月25日(火)

 この夏まだアルルカン洋菓子店を見ていないという方、
 チャンスは明後日木曜の夜、渋谷の『青い部屋』ですからね。
 ぜひぜひいらして下さい。

 当たりのクッキーを引かれた方には、
 寝ているのをいきなり起こされて
 顔の上で線香花火されたぐらい衝撃の
 特別プレゼントを差し上げます。


 

 8月24日(月)

 さあ、ライブの週に突入です。
 27日(木曜)の夜、渋谷の『青い部屋』で4組出演の
 ラストを飾ります。
 
 出番は午後10時となりますが、
 その前に出演される皆さんも実力者揃いのようですので、
 早めからいらして『青い部屋』自慢のワインなどともに楽しまれてはいかがでしょう。
 (お店そのものは午後7時からオープンです)

 今回、ボクらのテーマは『奇跡』です。
 遅い時間のライブですが、
 この日限りのものです。
 ぜひ、いらして下さい。

 (詳しくはライブ欄を

 


 8月23日(日)

 昨夜、俳優のDさんが遊びにきて下さり、
 深酒となった。
 若い頃、Dさんはニューヨークの
 リー・ストラスバーグ・スタジオにいらっしゃった。
 性格俳優として有名なDさんだが、
 どうりで時折、マーロン・ブランドの渋い輝きが
 額から目にかけてほろっと現われることがある。

 ところでDさん、ドラマの刑事役で
 ボクと同じ職業の人間をつかまえるらしい。
 お手柔らかに。

 

 


 8月22日(土)

 純然たる作家から職人さん、あるいは金もうけの人までをも含め、
 他人の書いた文章から励まされたり、ヒントをもらうことはある。
 考え方が違うからこそ他人なのであって、
 その思考や感じ方に触れれば「そうだったのか」と
 発見や気付きがあるのは当然のこと。

 ただ、不思議なことに
 過去に自分が綴った文章からも
 力を与えてもらうことはある。

 最近の例でいえば、『花鯛』(文藝春秋)に収録された
 『オニカサゴ』という一編。
 ここに現われる「言葉の森」というイメージに、
 夏場の疲れを一掃してもらった感がある。

 どういうことかって?
 著者としては、「できれば読んでください」としか言いたくないのだが、
 簡単に言ってしまえば、
 あなたが入り込んでいきたいと思っている世界があるなら、
 なにはともあれ、その世界で使われている言葉を
 できるだけ多く覚えてしまいなさい、という単純なアサイメント。

 たとえば、黒鯛釣りを自分のものにしたいのなら、
 関西防波堤のヘチ釣りから、三浦のスイカ釣り、
 三重のダンゴ釣り、佐渡の浮き釣りと数えきれないほど色々あるわけで、
 これを言葉としてまず頭に入れてしまう。

 もちろんそれは釣りの技術とは関係なく、
 実際に海を目の前にしてみると、
 言葉なんて無意味で
 現地の釣り師の竿の持ち方ひとつにうならされるものだ。

 ところが、ここからが違ってくる。
 言葉で黒鯛釣りの世界を(それが妄想にしろ)イメージできている人は、
 自分が今どの場所にいるのか、
 今後どういうふうに学んでいくべきなのか、
 うっすらとでもそれが見えてくる。

 また、結果的に玄人は言葉もよく知っている。
 黒鯛釣りの遠矢ウキを開発した磯プロの遠矢さんなら、
 日本全国のすべての黒鯛釣法、
 そこに出てくる名詞や動詞をすべて理解できるはずだ。

 言葉とは認識のことだから、
 球種を言えないピッチャーがいないのと同じで、
 ボキャブラリーが少ない人よりは、
 多い人の方がより豊かなイメージの森を持っていることは間違いない。

 (ただ、それをひけらかしたり、
 実力もないくせに言葉のみのコレクターになってしまうと
 落とし穴にはまることになりますよ。自戒!)
 
 実は、簿記の試験から医師国家試験、あるいは司法試験にいたるまで、
 その世界の言葉をどれだけ知っているか、
 そしてその言葉がもつ意味をどれだけ正確に理解し、使用できるか、
 という基本路線からちっともはずれていないのである。

 ゴルフがうまくなりたい人は、ゴルフ用語をすべて覚えることが
 打ちっぱなしでトレーニングするのと同じぐらい大事なのだ。

 もちろん、あらゆる表現はその上での技術の拾得があってのことですが。


 

 


 8月21日(金)

 練習にくるミツ君、汗だくである。
 宅配便のお兄さんたちも汗でよれよれである。

 ボクは主に朝と夜しか歩かないので、
 今日の昼間の暑さというものを理解していない。

 だから、ちょっぴり申し訳ない気持ちもあるのだが・・・
 今日は励みデーで、
 心は気持ちのいい汗をかいています。

 


 8月20日(木)

 調布の、かつてミーコがうらうら歩いていたあたりの小道を
 午前中におらおら歩いていたら、
 向こうからずいぶん変わったシルエットの車がやってきた。

 選挙カーのようでもあるが、
 車高のそう高くない4WD(すいません。うといもので車種がわかりません)に、
 妙なオブジェがてんこもりで、
 そうね・・・巨大なシャンデリアを逆さにしたようなものが
 天井から突き出していると思ってください。

 車が近付いてくると、
 これが何だかプロっぽくてなかなかかっこいい。
 ウルトラ警備隊の車みたいな感じね。
 中から若かった頃の毒蝮三太夫が「こちらアラシ!」とか言いながら出てきそうな。

 で、ゆーっくり、なんですよ。
 この車の進むスピードが。
 なんだろう、なんだろうと思って、
 アホ面しながらそれが通り過ぎるのを横で見ていたら、
 
 突き出たオブジェ・・・すべてカメラでした。

 なんか、11面観音状態でカメラが鈴生りになっていて、
 撮影しながら車は進んでいるわけだ。

 アホが一名、撮られてしまいました。
 Google MapのStreet View こうやって撮っていたんですね。

 しかし、車のことは本当にわからん。
 同じトヨタ車にもう10年乗っているのだが、
 一度も洗ったことがない、というとみんな信じてくれないのだが、
 本当に洗ったことがない。

 自分の車のナンバーも覚えていなくて、
 この間、東金道路で通行証をなくした時、
 料金所の人に「ナンバーをひかえさせて下さい」と言われて、
 はたと困り、
 その人に見てもらって教えてもらったという経験もある。

 ちなみにその時はマリオ君を乗せていたのだが、
 帰りに免許証もなくした。

 しかし、皆さん・・・
 免許証の再交付、ボクは三度目ですが、
 けっこう怒られますよ。

 でも、六度目っていう人が横にいたけど。
 (この人は『ぼくはもうなくしません』という作文を書かされていた)


 8月19日(水)

 猫のミーコが亡くなった時、
 西調布のはずれの空き地、そこに置かれた事務机に
 黒い縁取りの弔文が張り出された。

 「かわいがって下さったみなさん、ありがとう」と。
 瓶に入った野の花が並びだしたのはそれがきっかけだった。
 そして歌ができたのも短編小説が書けたのもそれがきっかけだった。

 だからボクはその事務机の持ち主? というか
 ミーコに餌をあげていた人にCDを差し上げたかったのだが、
 さすがに空き地に放られた粗大ゴミの持ち主はわからない。

 単に、近所の人かもしれないしね。

 それで今まで、見知らぬその人に感謝しながらも
 さて、どうしたものか、これは無理かな、と思っていた。

 でも、和民の社長が「思いは形にせよ」と言うので、
 とにかくCDを持っていって事務机に張り付ける方法をとった。
 簡単な手紙付きだ。
 果たしてミーコに餌をあげていた人に届くだろうか。

 こういうことは、幾つになってもどきどきしますね。

 

 

 


 8月18日(火)

 奇跡って、人の心の中にしか起きないんだと思う。
 そんな大それたことじゃなくて、
 たとえばいつも他人に対して敵意を持ちがちだった人が、
 なにかの瞬間に「みんな心を持って生きているんだ」ってことに気付いたり、

 あるいは毎晩酒を飲まないとやってられない人が、
 その自分と対決して、少々の進捗に過ぎなくても仕事をこなし、
 酒を飲まずにやり切ったとすれば、
 それは奇跡だ。

 そういうことから、やがて大きな現象の変化が始まっていく。

 それなのに、
 だれかのケツが十センチ浮いていたとか、
 水の中で息しないで我慢していたとか、
 だれかがお祈りしたら父ちゃんがもどってきたとか、
 そうしたことを奇跡と呼んでしまうので
 なんだかわけのわからないことになってしまう。

 奇跡が起きるのは、心の中だけなのに。

 


 8月17日(月)

 アトリエのドアの前に、透明な羽のセミの亡骸が落ちていた。
 落ちていた・・・というか、
 本人はここまで這ってきて絶命したのだろうか。

 関西育ちなら、透明な羽というとクマゼミになるかと思う。
 日本最大のセミ。
 でも、このセミはクマちゃんより幾分小さい。
 ヒグラシなのかな。
 ミンミンゼミなのかな。
 関東のセミに疎いので、種類がわからない。

 でも、いぶし銀のセミ君という感じである。
 クマゼミがボブ・サップなら、
 今朝の透明君はどことなくヒョードル風。

 サボテンの鉢でゆっくりと養分になってもらうことにした。
 水をかけたら、羽はきらきら輝きながらその水を弾き、珠にした。
 勢いのある、美しい亡骸だった。

 六年も七年も土の中にいて、
 最後、恋のために羽を持って生まれ変わる。
 だが、神が許してくれた生存は十日もない。

 さんざんやった自分が言うのもなんですが、
 子供たちよ、
 セミを採るのはいいが、遊んだら逃がしてあげてくれ。
 恋の中で死なないと、彼等の命はふいになる。


 
 8月16日(日)

 昨日の文章のままだと、今年なにかおおきな事件が起きて、
 来年あたり世界がやばい方向に進んでいく、
 という予測にもとられかねないので、
 多少の意味的補正。

 構造が変わるということです。

 毎日少しずつ揺れていても、
 プレート自体には大きなエネルギーが蓄積され、
 百年単位で大地震が起きるのはごく自然なこと。

 人間も自然の産物であるが故、
 毎年なにかが起きているにしても
 もっと大きな揺り動かしというものが定期的にあり、
 それが根幹を揺さぶるようなことになる。

 とはいっても、
 その揺さぶりで人類が滅んだことは一度もなく、
 愛や哀しみが耐えたことも滅多になく、
 必ずやり直している。

 構造の変化。
 さあ、それがどこからやってくるか。
 そしてボクらはその大波をどう受けるべきか。
 というあたりを考えておいた方がいいかも、という話でした。

 当たり前のことをていねいにやっていくしかない。
 というひとつの結論も見えていますが。


 8月15日(土)

 終戦記念日。
 太平洋戦争が終わってから64年がたつんですね。
 今の若い人たちにとってはこれは本当に大昔のことなんだろうな。
 ボクらが子供の頃は、
 一学年に何人か、生々しい戦争体験をされている先生がいらした。
 そうした先生の話を聞くだけで、
 子供心に、やっぱりそれはなにがあっても、
 武力に訴えるのはまずい、という考えが起きたんだけれど、
 最近はネットで若い人たちのサイトなどを見ていても、
 けっこう簡単に武力や戦争行為を擁護している人たちが見受けられ、

 痛い思いをしないと、
 人はわからないのかなとも思う。

 想像力、ないんだ。

 武士道や戦国ものや時代小説の興隆。
 これもある意味、想像力の欠如で、
 日本人はみんなサムライの子孫だと思っている。
 (時代小説を書くのは物凄い想像力がないと書けませんよ。
 これは大変な能力です。ただ、サムライの話が全盛で、
 大多数の日本人の御先祖様の話がぽっかり抜けているという意味)

 支配される側が九割だったというのに。
 ほとんどの御先祖様は斬られる方だったというのに。
 (で、斬られる方の人を主人公に書こうとしているのだが、
 かけ声ばかりでまったく進んでおりません)

 それと・・・
 日本人はやはり武力と死が好きなのかな? と思う。
 そこに美意識がどうしても行ってしまうのかな、と。

 平和でなければという考えがある一方で、
 たいていの大人たちは赤穂浪士の討ち入りに興奮する。
 たとえば大石内蔵助が「おのおのがた!」と討ち入りののぼりを立てた瞬間に
 ジョン・レノンが現われて「平和を我らに」を歌ったとしたら
 校長先生だってジョンの頭を小突くだろう。

 ところで、世界はだいたい20年周期で変わっていて、
 そのきっかけとなるのが端数に9がくる年だ。

 やってみようか。

 まず、1989年。
 11月にベルリンの壁が崩壊し、それが1990年の東欧革命の引き金となった。
 ソ連邦は消滅し、ユーゴ紛争に代表される内戦の時代に突入した。
 世界構造の変化という意味では第三次世界大戦にも匹敵した動き。

 1969年。
 若者の力が沸点に達し、日本では全共闘が大暴れ、安田講堂の攻防戦もあったし、
 アメリカではウッドストックにあれだけの大群衆が集まり、
 ベトナムに対する良心的兵役拒否運動も盛り上がった。
 戦後保守を若い力が圧倒し、ポップの誕生という意味でこれまた構造の大変化。

 1949年から50年。
 レッドパージ。その閉じ込められた力が一気に暴発し、
 北朝鮮が韓国になだれこんだ。朝鮮戦争が始まり、
 共産主義対自由主義の地球をまっ二つに割るイデオロギー対決の時代となった。

 1929年。
 御存じ、世界大恐慌。
 これによって世界は経済の安定を失い、一気に覇権主義へと向かっていく。
 いわば、第二次世界大戦に向けて転がりだした年。

 1909年。
 伊藤博文が撃たれ、翌年の日韓併合へと時代が加速する。
 朝鮮に手を伸ばし、満州を創りあげ、そして国家崩壊へとつながる戦争へ
 国民が日の丸を振って走りだした年。

 もちろん、いつの時代もなにかは常に起きているのだが、
 こうして並べていくと、
 竹の節目のように世界構造が変わるのが20年おきの9年なのだ。

 今年はちょうどその年、2009年。
 なにかが起きる可能性が高いな、とボクは思っている。

 スーパーブロードバンド時代の到来、とかで、
 テレビ局やレコード会社がなくなってしまう、というような話なのかな。
 それともやはり、オバマを選んだ新しい市民力みたいなところに種があるのだろうか。

 用意だけはしておくべきだ。
 いかに生きていくかの。


 


 8月14日(金)

 今日は良い日だ。


 8月13日(木)

 ある先輩に呼ばれ、冷たいビールを飲む。
 飲み過ぎて、ホテルの外に出たらどっと汗が噴き出した。
 珍しくスーツを着ていて、
 それが自分が持っている中で一番おしゃれなものだったのだが、
 歩いているうちに汗はシャツを通り越え、
 スーツまでも水浸しにしてしまった。

 頼りにしていたバーもやっていなかった。
 六本木から溜め池まで歩くまでに、ボクはスーツごと
 バケツで水をかぶったような状態になっていた。

 その時、なにかが吹っ切れた。
 これまで以上に、付き合いたくないものとは付き合わないし、
 付き合いたいものとは付き合っていこう。

 信号が変わる。
 溜め池の六本木通りのど真ん中で取り残された。
 身体の両側を車が凄い勢いで駆け抜けていく。

 なぜこの人たちはこんなにも車で駆け抜けなければいけないのだろう。
 まず付き合いたくないものは、これだ。
 
 それはまあ、ともかく。
 なんだかもうなにもこわくない。

 

 8月12日(水)

 ブラザー・トムさんがなにかのサイトでブログ論を展開していて、
 ブログは毎日書くけれど日記ではない、とおっしゃっていた。
 本当に大事なことは書けないとも。

 それはその通りで、
 たとえばボクも日記を書いているわけではない。
 生活を書いているわけでもない。
 そんなもの、公表できませんて。

 では、なにを書いているのかというと。
 なにを書いているのだろう?

 時折聞かれることがある。
 なんでお金にもならないことを書いているんですか? と。

 自分はある意味で(本当にわがままな意味で)社会的だから、としか言い様がない。
 世渡りをしていこうとは思わないし、
 好き嫌いをはっきり顔に出してしまうタイプなので、
 その、世渡りってやつは極端に下手だ。

 でも、どこかで社会を求めている。
 それはたとえば、ボクの読者との関係、
 あるいはアルルカン洋菓子店とお客さんとの間のなにか、
 ということでしかないのだけれど、
 今日は一瞬こんなことを思ったのですよ、とここに記すことが
 そのかろうじての挨拶のようなものになっているのかな、
 と勝手に思っているのだ。

 つまりボクがこのサイトを閉鎖する時は、
 もう本も書かないし、歌も歌わない時だと思う。

 なにかを書く、作る、ということはやはり社会を相手にしている。
 小さくても良いから、社会を求めている。
 またエロ本作家に戻り、「赤貝婦人」とか連発する可能性も充分にあり、
 あるいは現代日本に向けてひどくひねくれたことを書く未来もないとは言えない。

 しかし、書いている以上は、歌っている以上は、
 根本として社会を認めているし、求めている。

 ヒューマニズムとはそういう意味で、
 聞こえのいい人間性を讃歌することではない。

 と、セブンイレブンのざる蕎麦を食いながら思いました。
 箸をさしたら、固まった蕎麦が箱の形で抜けてくるやつ。



 8月11日(火)

 一日5000文字というのが目標になっていて、
 でもこれを突破できるのは月に数日で、
 特に最近は体幹が夏バテぎみで2000字もいかない日が多いのだが、
 今日はすかっと抜けた。

 それと、昨日のトルテ製作で残った材料が冷蔵庫に入っており、
 目分量計算(製菓では御法度、調理なら腕のみせどころ)で
 我流のチーズトルテを製作してみた。

 粉多めなので、神戸の観音屋のベークドチーズケーキ風。
 でも、残っていたトルテ生地が少量だったため、
 紙のように薄い台をこしらえた。多少固形化した詰め物が必要だった。

 問題はここから先で、180度28分のオーブンに入れて焼成した後、
 リンゴの煮たのとアンズの煮たのをナッペして
 焼きチーズにフルーツをしみ込ませた。

 想像通り、数時間置いた後でカットしてみたら
 ベークドチーズにフルーツがしみわたり、ほんのり色付きさえしている。

 フルーツのトルテというと、チーズはあまり台にしないのではないか。
 なんか新しいものを作ってしまったようで、
 いつかアルルカン洋菓子店が本当に営業許可を得たら、
 これは並べたい1ホールである。

 いつかいつかって言ってるんじゃねえよ。
 「思いは形にせよ」(BY 和民の社長)


 8月10日(月)

 執筆に特化した・・・と言いながら、
 昼間にりんごのパウンドケーキ「ケーク・オ・ポンム」と
 生チーズの焼き菓子「トルテ・オ・フロマージュ」を作る。

 なぜなら製菓学校の在籍期間があと20日と迫ったからだ。
 「そろそろ卒業資格に足るレポートを出さんと、あんた退学だからね」
 という言葉は丁寧でも、どこか銀色に光るナイフを忍ばせたお便りを
 学校からもらったのだ。

 レポート評価期間は三週間となっている。
 つまり今出さないともう絶対に間に合わない。

 しかしこの年齢になって「退学」という字はなぜか新鮮であった。
 なんかこう、学ランの前をはだけて喫茶店でセブンスターを吸っていた時代のことを
 彷佛とさせるではないか。

 他に二種の焼き菓子のレポートと併せ、
 製品の全景、断面写真を添えてレポートを出す。

 卒業証書がいただけるのかどうかはわからないが、
 これで二年間の製菓学校のすべてのカリキュラムが終了。
 計200時間のスクーリングも含め、よく頑張りました。

 奥様たちとも知り合いになったし。

 クッキーはライブでお配りしているが、
 やっていて性が合ったのはトルテ系の焼き菓子であった。
 モンブランとか、もういいっす。
 面倒だったな。葛桜の次に。

 あ、ドラ焼きももういいっす。
 あんこ作るの、面倒!

 

 8月9日(日)

 これから約二週間にわたり、
 執筆に特化した時間第一部に突入します。

 ある青年を主人公にした小説を書いています。
 御期待のほどを。

 これからは短信が多くなりますが、
 その分のエネルギーが創作に向かっていますので楽しみにしていて下さい。

 なお、新刊「悩む前のどんぶり君」(筑摩プリマー新書)は、
 9月8日前後の発売となります。

 ここ一年、新著にあえず寂しい思いをされた皆さん、
 ついに怒濤の新刊です。
 

 8月8日(土)

 泥酔と熟睡につき、記憶なし。




 8月7日(金)

 八王子はファンキー末吉さんのお店
 ライブバーX.Y.Z.→Aで行われたライブ。

 遠路はるばる、
 また「宮沢賢治の青春」と「クロコダイルの恋」の
 大作二本という、
 やる方も大変だけれど、聞く方も大変というヘビーな献立にも拘わらず、
 たくさんの皆さんにおいでいただきまして
 ありがとうございます。

 終演後、
 生ビールをもって現れたファンキー末吉さんと盛り上がってしまい、
 みなさんとたいして話ができないまま遅い時間になり、
 朝まで飲むぞ、と言った割には
 少数の皆さんとしか言葉を交わせず、
 終電で帰られた皆さんには申し訳ないことをしました。

 気持ちの良い興奮状態となったファンキーさんと元ドリアンさんに
 免じてお許しを。

 とはいえ、朝までおつきあいいただいた十名ほどの皆さんとは
 またもやスペシャルな夜明けとなってしまいました。
 ファンキーさんのお店を後にした我々、
 なぜか高尾山を目指しました。

 でかい荷物をひきずったまま、
 なんとケーブルカー駅まで登りました。
 月がぽっかり浮かんでいて、
 登山者の皆さんには「このよっぱらいたちが」という目で見られ、
 事実、途中で川に降りようとして足首まではまったりして、
 ずぶずぶのどろどろとなりつつの登山でしたが、

 爽快でした。

 


 8月6日(木)

 広島の日。
 小学5年生の夏、父に連れられて広島の原爆資料館を訪れた。
 あの一日の体験が、おそらく今のボクにつながる何かを作った。

 現在はむごすぎるから、という理由で仕舞われてしまった
 ケロイドの写真、遺体の写真がまだたくさん展示されたいた。
 父の涙を初めて見たのもこの時だった。

 ボクはあまりの衝撃に静かに発熱していき、
 それから一週間、夏風邪をひいたようになって寝込んだ。

 小学校の教室で、
 原爆資料館を訪れたことがあるのはボク一人だった。
 みんなと、何か大きな壁がひとつできたような気分だった。

 どのぐらいそれがアメリカ社会に受け入れられることなのかわからないが、
 オバマ大統領が核兵器のない世界を目指す、
 と明言したことは、本当、比較するものがないぐらいの進歩だと思う。

 だって、核も含めての軍需産業があの国の母体なのだから。

 ただ、変わり者の大統領であった、で終わらないために、
 どんな一歩が次の心として必要なのか。

 ボクは、原民喜に次ぐ作家が、出てこなければいけないと思っている。

 表現に於いて、軸と呼ばれるものすら失せたこの時代、
 もう何もカウンターカルチャーなどない。
 ましてや平和でも問おうものなら、陳腐のひとことで蹴飛ばされるだろう。
 しかし、そこは筆力と、人を掘り下げて見る再びの力である。


 8月5日(水)

 今日、MRIの結果が出て、
 脳には何の異常もない、とのことだった。
 四十代後半からいきなりピエロになったのだから
 少しぐらい異常はありそうなものだが、
 全然ないというのである。

 しかも年齢的に畏縮率がかなり低く、
 『日々技術を磨かれている方に特有の脳です』と
 お医者さん、本当ですか?
 と聞き返したくなるような褒め言葉攻勢。

 同じ診断結果でも、
 そんなふうに患者を誉めてくれるお医者さんていいよね。
 またこようかなと思うもの。

 案の定このお医者さんは
 「それではまた会いましょう」って。
 会っていいのかな?
 いいんだろうけれど、頻繁に会うことになるのはちょっと。

 しかし、内臓もOK、脳もOKということになれば、
 この腰痛や手足のしびれはやはり形成外科的な問題だったんだ。

 アメフトやっていたせいかしら。
 原因が徐々に絞り込まれつつある。


 


 8月4日(火)

 先月30日に亡くなられたボクらの古くからのファン、
 小林伊能さんの御葬儀がとりおこなわれた。

 雨上がりで、割れた雲から夏の日射しが降り注ぐ斎場。
 蝉の声がやたら元気で、
 それだからこそよけいに、
 ボクらが生きるこの場所と、伊能さんが向かった場所がとてつもなく遠く、
 でもすぐ隣り合わせであることを感じさせた。

 この二年間、
 さまざまなメールや手紙をいただいたが、
 伊能さんからそれらしい愚痴がこぼれたことはただの一度もなかった。

 これは驚異的なことで、
 ボクならとてもじゃないが不可能だ。
 病魔におかされていく日々の嘆きを、やるせなさを、
 伊能さんはどう処理していたのだろう。

 むしろ深刻な返事を書いていたのはボクの方だったかもしれず、
 亡くなってみてあらためて、
 この人の強靱さと寛容さに気付かされた。

 最後は全身に癌が転移してしまったとお父様がおっしゃっていた。
 勝手な印象で申し訳ないが、
 ある日を起点に彼女は考え方を一新したのではないか。

 まわりの人にも起きうるかもしれないあらゆる癌。
 自分一人でそれをこそげとり、抱え込んで逝ってしまったような気がする。

 今日の葬儀。
 よくライブにいらっしゃる皆さんも何人かお見かけした。
 みなさん、ご苦労様でした。


 


 8月3日(月)

 来月の東北シリーズのチラシを作っていただきました。
 お寺の本堂でのライブが二ケ所、
 宮沢賢治の故郷、花巻でのライブもあります。
 少し遅い夏休みを御考えのあなた、
 ぜひ東北の秋の始まりを味わいにいらしてください。

 ちなみに今週7日はファンキー末吉さんのお店
 ライブバーX.Y.Z.→A(八王子)でこのツアーの前哨戦として
 「宮沢賢治とクロコダイル」をお届けします。

 

 


 8月2日(日)

 母校、名古屋市の東海高校アメリカンフットボール部40周年記念パーティ。
 ボクは関西の育ちだけれど、
 中高一貫校のこの学校に高校から入り、
 高三の十一月までアメフトをやった。

 現役選手の御父兄も含め、総勢160人ほどの参加者がいらっしゃっただろうか。
 会場となったホテルの宴会場にはプロの和太鼓チームも駆け付け、
 場内大盛り上がりである。

 ところが、
 「ドリアン助川オンステージ!(もうドリアンじゃないんだけれどなあ)」と
 後輩の司会者がアナウンスし、
 ボクとミツ君が入っていってから、
 場内の空気がまじで2、3度さがった。

 とりあえず皆さん、
 二人ともピエロといういでたちにちょっとマイナスな気分になったようで、
 いきなりかました『アルルカン洋菓子店のテーマ』も???な顔ばかり。
 立ち上がって煙草を吸いに行く人たちも数人見えて、

 ああ、もうこりゃ、どうなるんだ!
 と、実際かなり焦りつつ・・

 しかし、アメフト部出身の先輩が医師として
 阪神大震災の救援チームに加わり、
 愛知県から被災地に向かう緊急車両の中で
 叫ぶ詩人の会の『抱き締めたい』をかけながら向かった、
 という話を何かの手記で読んだことを思い出し、

 それならと、
 その先輩に向かって生『抱き締めたい』をやり、
 『恋歌』を歌ったあたりから
 会場の温度はようやく元にもどってきて、
 なぜかアンコールの拍手までいただいた。

 そして最後に
 自分たちが愛知県で間違って優勝したため、
 こともあろうか大阪の優勝チームと関西リーグでぶつかり、
 史上大差記録でボコボコにされた時の思い出を
 即興ブルースに仕上げて披露したところ、
 会場は一気にあの暑い夏へとタイムスリップ。

 ああ、やっぱり来て良かった。
 なんとか盛り上げ役をこなすことができたと、
 ミツ君とともに駅弁を食べ、
 もどりの新幹線の中で気を失っていたのでした。



 8月1日(土)

 状況って、ちょっと気を許すと嘆きたくなることがあるものだけれど、
 でも、難しいことが起きていたり、何だか風当たりが強いなあという時ほど
 舞台設定が整ってきたと考えた方がいい。

 順風満帆な日々だけでできあがっている物語や芝居を観たら、
 どんなお客さんだって、つまらない時間を過ごしたと思うはず。
 それなのに自分の生活に限っては、厳しい状況に追い込まれたりすると
 なんで俺には追い風が吹かないんだろうって落ち込んだりして、
 主観と客観には正反対の心的反応がある。

 自分が主人公だと考えれば、
 難しい時ほど状況として見せ場にきているのにね。
 
 でも、たいていの人は気が付かない。
 ボクもそういうふうに考えられるようになったのは最近のことで、
 だから今年は特にわくわくしています。