ドーランが目にしみる 2010年12月 |
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なんにもない大地に道一本。 こういう道が見えながら、 ぼくは脇道にそれていきます。 コケモモのお酒を作ります。 詩の密造。 |
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12月30日(木曜日) やらねばいけなかった仕事。 やらねばいけなかった勉強。 こういうものをたくさん残したまま、 2010年が過ぎて行こうとしている。 同時に、 想像もしていなかった仕事。 こんなにわくわくするとは思わなかった勉強。 こうしたことにも恵まれた。 そう。 今年の始まりには見えていなかったこと。 数々の発見。 それがまた2010年という一年の果実であった。 これはもちろん、 多くの人との出会いにも恵まれたからだが。 人生もきっとそうなのだろう。 志半ばにして、という言葉は、 きっと誰の人生にもあてはまる。 誰もが何かに向かう途上で、 それぞれの人生を投げ出さなければいけない日がやってくる。 しかし同時に、 予期していなかった果実や宝石を拾うのが、 我々の日々である。 人と、 この星の恵み。 e-literature 『つまみ屋五郎兵衛』「好」の巻、その四 更新しました。 7ヶ月かかって一話終了。 |
ライブの時は、ここの「30センチ進むこと」の意味合いが入ったり、かつてのパラリンピック開会式での思い出話が差し込まれたり、ついでに生まれて初めて「旅立ちの時」を歌ったりと色々あったのだが、内容はこの通りのことであった。 |
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12月25日(土曜日) 頭のなかが曇空で、 時々稲妻が走る。 どうしたのかな。 悪寒も少々。 ノーシンを呑んで、 うこん茶なども温めて。 まだ今年はやることがいっぱいあるので、 ここからさらに踏ん張らなければ。 |
12月24日(金曜日) 朝までの彷徨。 影に身を沈め、 感謝と戯れのパレード。 昼過ぎまでの彼岸。 影に浸り切り、影そのものとなりて、 夢のなか、地を這うパレード。 夜までの放心。 影を呼吸し、 ただ過ぎ行く刻一刻にパレードを託す。 |
旅を続けていると、
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12月22日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブはいよいよ明日。 明日のライブに向けてクッキーを焼いています。 詩や歌を窓辺の雲にのせながら。 明日の、皆さんへの贈り物は形がありません。 でも、とてもとても大切なものです。 おそらく、人生が変わるでしょう。 もちろん良い意味でです。 ボクも来年は、 この形がない贈り物に道を教えてもらい、 (ボクもまた、空と雲の間からこれをいただいたのだ) 微笑みが自然ともれる一歩ずつを印していきたいと思っています。 明日、「青い部屋」午後6時半開場、午後7時半開演です。 |
Not one of all the purple Host As he defeated−−−dying−−−
成功をもっとも心地よく思うのは 成功をもっとも心地よく思うのは 今日敵の旗を奪った血に染まる軍勢の誰一人として 闘いに敗れた兵士−−−−−死に瀕している−−−−−
(亀井俊介訳) |
12月20日(月曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと3日。 来春発売予定、PHP文庫の「川辺の町の物語」。 収録される八話の初稿がすべて揃った。 今年はカナダでのロケ番組もあったし、 映画への出演もあったが、 肝心の出版に関して、停滞した一年であった。 そういう意味では一歩前進。 グラスに軽く一杯、 赤ワインをいただく。 |
12月19日(日曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと4日。 MITSU君とタンメンを食べる。 最近、塩分を控えた生活をしているせいか、 もの凄く濃い味に感じられた。 さて、これからの創作ライフを充実させるためにも、 基盤としての体がある程度自由に、熱心に動かなければいけない。 健康オタクというわけではないが、 不健康も楽しめるほどに健康ではいたい。 1)哺乳類の肉はなるべく避ける。 2)タンパク質の焦げは避ける。 3)野菜をどっと食う。 4)飲むなら赤ワイン。フルボディ。 5)楽しく生きる。 というあたりは実行可能でありますよ、皆さん。 |
12月18日(土曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと5日。 日本以外で暮らす日本人が百万人以上いる。 ニューヨーク周辺だけでも七万人いたので、 おそらく本当の数字だろう。 日本を出て暮らすことで、 裏切り者呼ばわりされる傾向がある。 かつてボクもそれを味わったし、 松井秀さんなんかにもけっこう厳しい声が飛んでいる。 でも、 もし日本人が日本列島の中だけで暮らそうと思うと、 単純な話、 石油の備蓄は三日分しかないので、 すぐに飢餓が始まる。 それから先のことは想像もしたくない。 我々の民族は、我々なりの歴史を経つつも、 世界と結びつき、分かち合うことでしか生きていけない。 日本から出たからどうだとか、 レベルが低過ぎる貧しい感じ方で、 向き合う価値もない。 単純に言ってしまえば、 百万人の日本人が日本以外で暮らしているから、 一億二千万人がこの列島で生きていくことができる。 食糧や燃料だけでなく、 文化という意味に於いてもだ。 個人的な考えだが、 もっともっと出ていっていい。 1千万人ぐらいの日本人が、 それぞれの立場で、 地球の上を歩いていてもいいのだ。 そうすると、 これまでとはまた違った意味での、 日本の在り方というものも生まれてくるしね。 |
| 12月17日(金曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと6日。 ネコに餌やったら条例違反とか、 カラスに餌やったら検挙とか、 それぞれの立場もあるだろうし、 ネコ嫌いには妥当なことなんだろうけれど、 この秋に撃ち殺されたクマやイノシシの思いも含めて、 我々、そんなに何もかも支配してしまっていいのですか。 という言葉は浮かんでくる。 もちろん、可哀想なネコを増やさないためだ、 という意見にそれはすり替えられ、 でも、生まれてしまったネコは生きていかねばならないのだし。 インドにはアヒンサー(不殺生)という考えがあり、 アリの行列の類から野良牛まで、 町中でみながどどっと共存している。 その代わり、 人間に階層を付けるカーストは暗黙のうちに残っていて、 野豚と路上生活者が生ゴミを奪い合っている姿を見ると、 これでいいのか、という気持ちも湧いてくる。 ブッダガヤーで、 生まれたばかりの子犬が路上を這うように歩いているのを見た。 子犬は次の日、 すこし離れたところで死んでいた。 みんな顔色一つ変えずにその横を歩いていく。 カラスやタカの類、あるいは犬や豚があの子犬を食うのだろう。 条例違反もない代わり、 剥き出しの生死がある大地だった。 |
このHP「道化師の唄」のことです。 |
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12月14日(火曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと9日。 ついでに、この映像も皆さんご存知かもしれませんが、 何だか胸のなかが二十歳の頃に戻ったような跳ね方をしたので、 (二十歳なんて、それはそれで苦い季節でもあったのだが) 一応記しておきますね。 Oren Lavie というアーティストの「Her Morning Elegance」という曲のクリップです。 こちらも1600万ヒットを越えているので、 おそらく日本のテレビでもさんざん放映されていると思います。 今頃なんで? と思われる人もいるでしょうが、 なんせ初めて観たもので・・・。 最近・・・ テレビはスポーツ中継とアート系と旅ものぐらいしか観ないので、 非常に世間の流れに対して疎くなっています。 別に日本に住まなくてもいいのかな、と思うぐらい、 今の日本との距離が大きなものになっている。 |
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でもそれは、居酒屋のトイレなどに貼ってある
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12月10日(金曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと13日。 通常の発声練習に加え、 声量と馬力をアップするための練習が多摩川で始まる。 これをやり始めた二年前に比べれば、 格段と声は鍛えられているが、 昨日のドミンゴショックから覚めやらず、 ツキノワグマが無理してグリズリーに変身しようとしているような、 初めて洋ドレスをまとった鹿鳴館婦人が本物の碧眼婦人を見て 「なにもどうにもならないのだ」 ということを知り、打ちひしがれているような、 しかし、進歩は進歩としてあり、 どうやらまだまだ声という表現は伸びていく可能性があるようだ。 それと・・・! 今日発売のPHP、川辺の町の物語第19話「英語の先生」はぜひ読んでもらいたい内容です。 これが23日のライブの後半で紹介する「人生を30センチだけ前に進める方法」に近い感覚。 ちらりと読んでみてね。 |
12月9日(木曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと14日。 あるイラストレーターの方に誘われて、 恵比寿の東京都写真美術館で行われている ドミンゴのオペラ映画シリーズ、 その中の「道化師」を観る。 ふふふ。 道化師のメイクをしたオペラ歌手たちが サーカス小屋で演技をするというシーン。 これはもうアルルカン洋菓子店を思い立った時のイメージに限りなく近いもので、 ああ、やっぱりこのセンス、 世界にはきちんとあるのだ・・・とどこかで 「俺ら、そんなにはずれていない」という確信を得たと同時に、 ふふふ。 プラシド・ドミンゴと言えば、もちろん自分とは比較することもできない歌手なのだが、 とても人間の力量とは思えない声の迫力というものに圧倒されっぱなしで、 楽器が違う、 基本容量が違う、 食い物が違う、 細胞が違う、 星が違うという感じがして、 何だかもう、笑っているしかないのでした。 (映画はとても素敵、笑う内容ではありませんが) しかし、ストラータスなんかも、 女性としてそう大きい方ではないはずなんだけど、あの声量。 とにかくドミンゴとストラータスの掛け合いを観るだけでも 「道化師」は恵比寿にまで足を運ぶ甲斐があります。 絶望も等しくいただきますが。 紅い立派な薔薇が咲いたのだけれど、 ずっと手の届かないところにあるという感じ。 |
12月8日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと15日。 21年前に六本木から新宿まで歩いて運んだジョン・レノンの巨大パネル。 それがまだ階段横の壁として使われているゴールデン街の「シネストーク」で、 年一回の集いがあった。 店主のYさん、小説内ではココロさんと呼ばれるMさん、 みんなあれから21年分歳をとって、 (もちろんボクもそう) でも、毎年会えることがうれしいね、という話で、 気持ちのいいお酒となった。 (禁酒中のお酒は細胞のひとつずつにまで入っていくようです) 集まって下さった皆さんもありがとう。 ところで、23日のライブで 人生を30センチだけ前に進める方法について 具体的に語りますが、 その要約を、 朝日新聞の年末特別版で書きます。 (タイトルは「名詞の森」) 朝日をとっている人はそれを読んでもらってもいいのですが、 やはり目の前で本人がじかに語るのを聞いてもらった方がいいような気がします。 23日の「青い部屋」。 ささやかであろうと、 人生を大事にしたいと思っている人、 絶対に来てね。 この話は本当に大切だから。 |
ボクもずっと迷い人だった。
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12月6日(月曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと17日。 ライブが近付いてきましたね。 小説の盛り上りとともに、 歌ったり、そらんじたりする時間が増えてきました。 気持ちが入ってきたということ。 アトリエらしい空間になってきました。 という時に何ですが・・・。 12月8日はボクにとってひとつの記念日です。 それをしたのは、正確には12月9日ですが、 撮影で使った巨大なジョン・レノンのパネル(合板と角材でできている)が廃棄されるというので、 それはあんまりじゃないかと、 テレビ朝日のスタジオ(当時は六本木のアークヒルズ)から 新宿ゴールデン街の雨漏りしている店まで運んだのでした。 その時の様子が、 「世界の果てに生まれる光」(角川書店)に収録された 「ジョンを背負って7000メートル」の骨子となっているわけです。 自分の体が隠れてしまうパネルを持って、 木枯らし一号が吹き荒れた日に歩いたという記憶。 あれから二十年たつわけですが、 パネルはまだ残っていて、 12月8日は宴会の日です。 お店の名前も経営者も変わりましたが、 おそらくは世界一でかいジョンのパネルを観たい方、 お酒を飲みにいらっしゃい。 新宿ゴールデン街 シネストークというお店です。 |
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12月4日(土曜日)渋谷「青い部屋」のライブまであと19日。 ライブに向けてMITSU君との音合わせ、歌合わせ、コント合わせ開始。 退院宴会はとうに済ませているのだが、 あの時、良かったねえとビールを飲み過ぎてしまったことがあまり良くなかったのか、 今、MITSU君はかなり慎重。 あと19日か。 MITSU君の体力が戻ることを祈ります。 |
12月3日 (金曜日)渋谷「青い部屋」のライブまであと20日。 強い風でした。 吹き荒れたね。 今日の午前中に愛知県で行われたA君の葬儀には行けなかった。 思うところあって、午後、新宿まで自転車で出た。 風を漕いでるような感じだった。 A君がいなくなった後も、 世間はまったく変わらずに動いている。 人々も変わらずに、笑ったり、嘆いたり、働いたり、飲んだりしている。 でも、我ら一人ずつはみないつか、 命の本流(それは目に見えないけれど)に戻っていくんだな。 そしてまた、 某かの現象として、生まれてくる。 A君は二度と存在しない。 でも、A君はまた生まれてくる。 |
12月2日(木曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと21日。 夜に、高校時代の友達から電話をもらった。 同じくクラスメートだったA君が亡くなったのだという。 「今、通夜だよ」って。 A君とは幾つかの思い出があった。 高校生だったのに、 煙草吸ったり、 酒飲んだり。 いくらなんでも若過ぎるよ。 という思いとともに、 これが現実なのだという達観もどこかにあった。 それぞれに運命があり、 実はみな、ぎりぎりのところで生きている。 ああ、逝ってしまったか・・・。 焼酎を飲んだ。 |
12月1日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと22日。 あと一月で今年もお開き。 過去という光に入っていく。 ちょっと信じられない、この早さ。 とは言わずに、 なるべくなら、あと一ヶ月をじっくり味わっていきたいと思う。 丁寧に接すれば、 奥行きも、幅も出てくるのが時間というものだ。 |
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