ドーランが目にしみる  2010年12月


 なんにもない大地に道一本。
 こういう道が見えながら、
 ぼくは脇道にそれていきます。
 コケモモのお酒を作ります。

 詩の密造。


 12月31日(金曜日)

 大晦日を迎えることができました。

 このサイトを読んで下さった皆さん。
 ライブに来て下さった皆さん。
 詩や物語を味わって下さった皆さん。
 講座に参加して下さった皆さん。
 アルルカンのファンクラブに入って下さった皆さん。

 そして、酒場での戯れに付き合って下さった皆さん。

 今年も皆さんのお陰で、
 何とか日々を歩むことができました。

 ありがとうございました。
 たくさんの発見がありましたよ。

 2011年は、
 言葉をもう一度見つめ直し、
 荒れ地を草地に変えていくような思いで、
 創作に励んで行こうと思います。

 また、お付き合いのほどをよろしくお願いします。

 皆さん、よいお年を。

 

 


 12月30日(木曜日)

 やらねばいけなかった仕事。
 やらねばいけなかった勉強。
 こういうものをたくさん残したまま、
 2010年が過ぎて行こうとしている。

 同時に、
 想像もしていなかった仕事。
 こんなにわくわくするとは思わなかった勉強。
 こうしたことにも恵まれた。

 そう。
 今年の始まりには見えていなかったこと。
 数々の発見。
 それがまた2010年という一年の果実であった。

 これはもちろん、
 多くの人との出会いにも恵まれたからだが。

 人生もきっとそうなのだろう。
 志半ばにして、という言葉は、
 きっと誰の人生にもあてはまる。

 誰もが何かに向かう途上で、
 それぞれの人生を投げ出さなければいけない日がやってくる。
 しかし同時に、
 予期していなかった果実や宝石を拾うのが、
 我々の日々である。

 人と、
 この星の恵み。



 e-literature
 『つまみ屋五郎兵衛』「好」の巻、その四
 更新しました。
 7ヶ月かかって一話終了。


 


 12月29日(水曜日)

 27日の朝日夕刊に載った記事です。
 先日の青い部屋のライブでは、
 「人生を今よりもあと30センチだけ前へ進める方法」として、
 MITSU君のギターを伴って朗読させてもらいました。

 朝日新聞、ボクの記事が載るのは関東地方だけなのかな?
 読みたいというメールを幾つかいただいたので、
 ここで全文を発表します。


 言葉はあなたを助ける。言の葉が寄り集まって森になる時、そこから柔らかな風が吹き始め、あなたの背中を押してくれるからだ。その先にはあなたの進む道がある。

 どんな言葉があなたを助けるのか。この新しい一年はまず、名詞の葉っぱをたくさん集めてみよう。

 たとえばあなたが電気自動車に興味を持つのであれば、電気自動車のすべての部品、生産のためのすべての工程、未来の自動車に求められるすべての条件を日本語と、必要ならば外国語の名詞も含めて覚えてみよう。ただそれだけで、開発者としての道はあなたの前に拓かれる。

 あなたが将来、難病に立ち向かう医師になりたいなら、その病気にまつわるすべての症状、研究、何がなされ、何がなされていないのか、関連する名詞をすべて覚えよう。あなたはそれだけで、道の前に立つことになる。

 何でもいいのだ。昆虫学者になりたいなら、世界の昆虫の名を漏らさず覚える。立派な酒屋になりたいなら、ワインからどぶろくまで世界の酒の名をすべて頭に入れる。金融で成功したいなら、金融商品のすべてを暗記する。

 ただし、名詞を覚えるにはこつがある。静的なイメージではいけない。すべて動かすことだ。たとえばヒメシジミという蝶の名を覚えるなら、ふわふわと宙を飛んでいるヒメシジミの、翅の黄色い斑点の輝きまでをも想像する。なぜなら名詞は生きているし、生きていると知って欲しい、そう願っているからだ。

 だからあなたは思う。名詞に命を与えるために、ふわふわ飛ぶという動的イメージも言えるようになりたいと。もちろん、その時は動詞の森も作り出せばいい。でもその前にまず名詞なのだ。これが言の葉の森の中心となる。

 たとえあなたが今、就職できずに苦しんでいる学生であろうと、毎日の食事にも困るほどの貧しさに苛まれていようと、あるいは今何らかの病気を抱え、病院のベッドで虚しさを味わっている時であろうと、名詞の森を作り出すことは可能なはずだ。

 そしてそれこそが、どんな経済変動がやってこようとびくともしない、あなたの、あなただけの財産なのだ。言葉をイメージでき、覚えられるなら、あなたはいくらでも森を作れる。虹をかけられる。生きていける。生まれて良かったと本当に思えるあなたの人生を進んで行ける。

 名詞は生きている。いきいきと名詞を愛せよ。可愛がった犬があなたに尻尾を振るように、名詞もあなたを愛し始める。いや、実は最初から、あなたの味方だったのだ。

 

 ライブの時は、ここの「30センチ進むこと」の意味合いが入ったり、かつてのパラリンピック開会式での思い出話が差し込まれたり、ついでに生まれて初めて「旅立ちの時」を歌ったりと色々あったのだが、内容はこの通りのことであった。

 何度か読み直して欲しい。
 そして自分の感覚として
 名詞に始まる言葉の森の世界を新たに体験し直してもらいたい。
 
 来年からボク自身、
 この方針で創作活動をrestartさせるし、
 このアトリエでの講座や、
 川崎ウイザードゼンターでの「生きる言葉」シリーズも
 前へ向けて力強く進めていきたいと思っています。


 


 12月28日(火曜日)

 「詩と朗読」クラス、今年の最終講義。
 今月はアメリカの国民的女性詩人、
 Emily Dickinsonにお付き合いしていただいている。

 原文と翻訳文を比較しながらの講義となるが、
 こと詩に関しては、
 外国の詩人の場合、翻訳された日本語だけを読んでいてはほとんど意味をなさない、
 というのがボクの持論だ。

 なぜなら、俳句や短歌と同じで、
 どの国の詩にも律があり、
 テンポやリズムや韻があり、
 好意的な意味での不自由さが基盤として機能しているからだ。

 Dickinsonで言えば、
 讃美歌の音節数を真似た独特の音構造の縛りが
 彼女の全1775篇の骨格となっている。
 これを意味だけとって詩と為すのは、
 ビートルズの楽曲の歌詞の日本語訳だけを語って聞かせて
 「これがビートルズの全てですよ」と言うに等しい。

 明治以降、
 輸入された外国詩がその翻訳部分だけで「詩」とされてしまったことが、
 いまだ「詩はわかりません」という国民的詩歌迷子現象の根本の原因となっている。

 外国語を学ぶ、という行為は
 外国語を日本語に直すことではなく、
 その言葉が生まれた歴史や文化をも理解するという営みである。

 だから、外国詩を学ぶ時は、
 辞書と首っ引きでもいいから、
 原文を常に横に置くべきである。

 そこから机上の、
 しかし無限の旅が始まる。


 

  


 12月27日(月曜日)

 ふらふらしながらも年末。
 たまっていた花代など振り込み地獄。
 しかし銀行は長蛇の列だなあ。
 同じく振り込みの人が多いようで、
 ATMの行列は増える一方だ。
 みんな、顔色悪い。

 政治が良くないから不況なのか?
 そこのところ、つきつめて考えたことはないが、
 どうも日本という国は、
 能力的にも人資源的にも今のこの姿が本当なのではないか、
 という気がする。

 高度経済成長の頃に比べると、 
 明らかに歳をとった。
 
 でも、それがそう悪いことだとは思えない。
 スポットライトを浴びている時なんて、
 人生のことを考える余裕もない。
 俺が俺がの頃は、スポットライトが当たっていないところが見えていない。
 その部分が、実は大半であるし、大方の日々であるのに。

 痛みのわかる国になればいいし、
 そういう人の宝庫になっていけばいい。
 ただしこれは貧し過ぎてもだめ。
 今度は別の意味で、自分のことしか考えられなくなるから。

 歳を経ること。
 言語の始まりです。
 経験があって初めて他国語も理解できるんだよ。
 自分の物差しを振り回している間は、
 方程式みたいな会話しかできない。

 その言葉、相手の闇にも舟として入っていけるのか?

 さあ、元気良くあちらこちらへ振り込もう。


 
 


 12月26日(日曜日)

 未明からきっちり発熱。
 あらら、とうとう。
 しかし今日は一部昇格がかかった相模原ライズの試合がある日だよ。
 アルルカンHANにアメフトのルールを教えると約束もしていたし。

 市販の薬を適当に飲んで、川崎球場へ。
 寒い。寒過ぎる。
 凍てついた風が正面から吹きつけるスタンド。
 おかん機能つきの日本酒を風邪薬とばかり持ち込んだが、
 一缶飲んだところで具合が悪くなる。

 しかも試合が・・・。
 ライズが強過ぎて、すでに第一クオーターで勝負あった、という感じ。
 
 実は、試合開始前から50対7でライズがハリケーンズに勝つと予想を立てていたのだが、
 第一クオーター終了時ですでに21対0。
 試合になっていなかった。
 (結局は57対0という、目も当てられぬ試合でした)
 (ハリケーンズのチアガールが可哀想だった)

 ハーフタイムのところで、
 肉体的な我慢の限界がきてしまい、
 HANちゃんや、その他の皆さんともども球場を後にする。

 で、あまりにひどい寒さだったので、
 帰りに一杯お湯割りでも入れていこうかとHANちゃんを誘ったのが大失敗。

 なんと、
 一杯飲んだところで非常に非常に具合が悪くなり、
 脂汗はだらだら滴るわ、
 呼吸が困難になるわ、
 「ごめん、トイレ」と言って立ち上がったものの、
 トイレが見えた瞬間に体が動かなくなり、
 そのまま真っ暗になりぶっ倒れてしまった。

 次いで聞こえたのが「お客さん、大丈夫ですか?」という
 お店の女の子の声で、
 「わっ」とか唸っているHANちゃんの声も聞こえる。

 目を覚ますとボクは、
 居酒屋の廊下で大の字になってお眠りしているのだった。

 結局はそれからしばらく休ませてもらい、
 ことなきを得たが、
 市販の風邪薬であろうと、
 アルコールに合わない時はあるのだなあ、と
 ちょっと無謀だったここ数日の真摯な彷徨ぶりを反省。

 同時に、
 すこし疲れが溜まっているのかもしれない。
 年末、考え方を変えて楽にします。


 



 12月25日(土曜日)

 頭のなかが曇空で、
 時々稲妻が走る。
 どうしたのかな。
 悪寒も少々。
 ノーシンを呑んで、
 うこん茶なども温めて。

 まだ今年はやることがいっぱいあるので、
 ここからさらに踏ん張らなければ。




 12月24日(金曜日) 

 朝までの彷徨。
 影に身を沈め、
 感謝と戯れのパレード。

 昼過ぎまでの彼岸。
 影に浸り切り、影そのものとなりて、
 夢のなか、地を這うパレード。

 夜までの放心。
 影を呼吸し、
 ただ過ぎ行く刻一刻にパレードを託す。



 12月23日(木曜日) 渋谷「青い部屋」ライブ当日。

 旅を続けていると、
 旅を続けていることを忘れてしまうから、
 一度区切りをつけなければならない。
 また旅立つために。

 今日は過去の歌が多かったし、
 二十年近くも前に書いた詩を、
 二十年近くも前のテンションで宙に放つような時もあった。

 それから、
 今の旅をする前に一度は仕舞い込んだ名前、
 ドリアンを名乗る時もあった。

 そういう気持ちで、
 この十年の旅の話をさせていただいた。
 旅を終え、また新しい旅を歩き出すために。

 MITSU君も復活して、
 いい意味で、互いに楽になりながらやっている。
 
 百名に満たないお客様。
 でも、だからこそ、今夜来てくれた人たちは、
 本当に大事だと思った。

 関東周辺だけではなく、
 北海道から、神戸から、仙台から・・・。

 ありがたいことです。

 もうじきまた、新しい一年が始まる。
 風景のなかを、歩いて行きましょう。


 ライブにお越しいただいた皆さん、
 本当にありがとうございました。

 


 12月22日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブはいよいよ明日。

 明日のライブに向けてクッキーを焼いています。
 詩や歌を窓辺の雲にのせながら。

 明日の、皆さんへの贈り物は形がありません。
 でも、とてもとても大切なものです。

 おそらく、人生が変わるでしょう。
 もちろん良い意味でです。

 ボクも来年は、
 この形がない贈り物に道を教えてもらい、
 (ボクもまた、空と雲の間からこれをいただいたのだ)
 微笑みが自然ともれる一歩ずつを印していきたいと思っています。

 明日、「青い部屋」午後6時半開場、午後7時半開演です。




 12月21日(火曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと2日。

 立ち位置と視線。
 自分を含めた上での相関関係。その構造。

 こうしたことをある程度つかんだ上で
 詩を書く。
 あるいはそれを物語にしていく。

 衝動的な筆が走るのはもちろん刺激的だが、
 長く、生涯をかけて何かに取り組む時は
 基本がどこにあるのか、
 何を律とするのか、
 というのは(後々変貌するにしても)
 とても大事だと思う。

 もちろん、内的なこうした構築がもたらすのは、
 詩や物語への影響だけではなく、
 人間関係や、食べ物との関係、風景との関係、
 そして時間との関係のなかで
 意味を持つものである。

 今月から詩のクラスで登攀を始めた
 Emily Dickinson のほとばしりを一つ。


 Success is counted sweetest
 By those who ne’er succeed
 To comprehend a nectar
 Requires sorest need.

 Not one of all the purple Host
 Who took the Flag today
 Can tell the definition
 So clear of Victory

 As he defeated−−−dying−−−
 On whose forbidden ear
 The distant strains of triumph
 Burst agonized and clear!  

 

 成功をもっとも心地よく思うのは

 成功をもっとも心地よく思うのは
 成功することの決してない人たち。
 天の酒の味を知るためには
 激しい乾きがなければならない。

 今日敵の旗を奪った血に染まる軍勢の誰一人として
 勝利とはいかなるものか
 はっきりと定義することはできない

 闘いに敗れた兵士−−−−−死に瀕している−−−−−
 聞こえなくなっていくその耳に
 遠くの勝ち誇った歌声が
 はっきりと苦悶に満ちて聞こえる兵士ほどには。

                     (亀井俊介訳)
 
 


 12月20日(月曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと3日。

 来春発売予定、PHP文庫の「川辺の町の物語」。
 収録される八話の初稿がすべて揃った。
 
 今年はカナダでのロケ番組もあったし、
 映画への出演もあったが、
 肝心の出版に関して、停滞した一年であった。

 そういう意味では一歩前進。
 グラスに軽く一杯、
 赤ワインをいただく。




 12月19日(日曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと4日。

 MITSU君とタンメンを食べる。
 最近、塩分を控えた生活をしているせいか、
 もの凄く濃い味に感じられた。

 さて、これからの創作ライフを充実させるためにも、
 基盤としての体がある程度自由に、熱心に動かなければいけない。
 健康オタクというわけではないが、
 不健康も楽しめるほどに健康ではいたい。

 1)哺乳類の肉はなるべく避ける。
 2)タンパク質の焦げは避ける。
 3)野菜をどっと食う。
 4)飲むなら赤ワイン。フルボディ。
 5)楽しく生きる。

 というあたりは実行可能でありますよ、皆さん。


 

 12月18日(土曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと5日。

 日本以外で暮らす日本人が百万人以上いる。
 ニューヨーク周辺だけでも七万人いたので、
 おそらく本当の数字だろう。

 日本を出て暮らすことで、
 裏切り者呼ばわりされる傾向がある。
 かつてボクもそれを味わったし、
 松井秀さんなんかにもけっこう厳しい声が飛んでいる。

 でも、
 もし日本人が日本列島の中だけで暮らそうと思うと、
 単純な話、
 石油の備蓄は三日分しかないので、
 すぐに飢餓が始まる。
 それから先のことは想像もしたくない。

 我々の民族は、我々なりの歴史を経つつも、
 世界と結びつき、分かち合うことでしか生きていけない。

 日本から出たからどうだとか、
 レベルが低過ぎる貧しい感じ方で、
 向き合う価値もない。

 単純に言ってしまえば、
 百万人の日本人が日本以外で暮らしているから、
 一億二千万人がこの列島で生きていくことができる。
 食糧や燃料だけでなく、
 文化という意味に於いてもだ。

 個人的な考えだが、
 もっともっと出ていっていい。
 1千万人ぐらいの日本人が、
 それぞれの立場で、
 地球の上を歩いていてもいいのだ。

 そうすると、
 これまでとはまた違った意味での、
 日本の在り方というものも生まれてくるしね。



 
 12月17日(金曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと6日。

 ネコに餌やったら条例違反とか、
 カラスに餌やったら検挙とか、
 それぞれの立場もあるだろうし、
 ネコ嫌いには妥当なことなんだろうけれど、

 この秋に撃ち殺されたクマやイノシシの思いも含めて、

 我々、そんなに何もかも支配してしまっていいのですか。
 という言葉は浮かんでくる。

 もちろん、可哀想なネコを増やさないためだ、
 という意見にそれはすり替えられ、
 でも、生まれてしまったネコは生きていかねばならないのだし。

 インドにはアヒンサー(不殺生)という考えがあり、
 アリの行列の類から野良牛まで、
 町中でみながどどっと共存している。

 その代わり、
 人間に階層を付けるカーストは暗黙のうちに残っていて、
 野豚と路上生活者が生ゴミを奪い合っている姿を見ると、
 これでいいのか、という気持ちも湧いてくる。

 ブッダガヤーで、
 生まれたばかりの子犬が路上を這うように歩いているのを見た。
 子犬は次の日、
 すこし離れたところで死んでいた。

 みんな顔色一つ変えずにその横を歩いていく。
 カラスやタカの類、あるいは犬や豚があの子犬を食うのだろう。

 条例違反もない代わり、
 剥き出しの生死がある大地だった。


 


 


 12月16日(木曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと7日。

 そうそう。発表しなければ。
 以前、いきなり消してみんなから叱られたから。

 このHP「道化師の唄」のことです。
 今後も毎日書くことは続けます。
 でも、日記形式のページは今年で終わりにしようと思います。

 10月くらいからそのことをずっと思っていました。

 これまでの記録は残さずにすべて消しますので、
 何か、インスピレーションが湧いた日があったという方、
 その部分をプリントアウトするなりして保存して下さいね。

 来年からは、
 詩を書く者として
 言葉の森のもっと入り込んだところでの
 呼吸をしていきたいと思います。





 12月15日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと8日。

 文庫本を仕上げるため、少しずつカキカキしている。
 ライブに流れを作ろうと、毎日詩をブツブツ唱えている。
 カキカキブツブツ、カキカキブツブツ・・・。

 今日はこれだけの仕事をやろう。
 そう思って、
 朝に一覧を作るところから始まる日が多い。

 でも、誘惑に弱いタイプなので、
 それをやり切れないまま終わってしまうことの方が多い。
 すると自己嫌悪めいた感情が湧き上がってくる。

 同年代の、バリバリやっているビジネスマンのことを思い、
 すこしへこんだ気分になることもある。

 だから、時々こういうメモを一行書くだけの日を設ける。

 「今日は世界を愛するためだけにある日」

 何かの縁で、
 生まれてしまった。
 七十年とか八十年とか、現象として現れ、
 やがてまた宙に戻っていく。
 違う。宙になる。

 その間に必要なのは、
 何かをしなければいけないという強迫観念から日々を刻みこむことではなく、
 ただ本当に、
 木の枝一本、
 猫の影、
 きらめく雲、
 烏の一啼き。
 そうしたものを感じ、
 胸に吸い込むかのように愛しく思うことではないのか。

 ボクの詩情はそういうもので、
 結局、それしか残らなかったのだなと思う。





 12月14日(火曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと9日。

 ついでに、この映像も皆さんご存知かもしれませんが、
 何だか胸のなかが二十歳の頃に戻ったような跳ね方をしたので、
 (二十歳なんて、それはそれで苦い季節でもあったのだが)
 一応記しておきますね。

 Oren Lavie というアーティストの「Her Morning Elegance」という曲のクリップです。
 こちらも1600万ヒットを越えているので、
 おそらく日本のテレビでもさんざん放映されていると思います。

 今頃なんで?
 と思われる人もいるでしょうが、
 なんせ初めて観たもので・・・。

 最近・・・
 テレビはスポーツ中継とアート系と旅ものぐらいしか観ないので、
 非常に世間の流れに対して疎くなっています。

 別に日本に住まなくてもいいのかな、と思うぐらい、
 今の日本との距離が大きなものになっている。


 
 


 12月13日(月曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと10日。

 ヒット数が1600万回を越えているということは
 すでに世界的有名人で、
 このサイトを見て下さっている皆さんもご存知のなのかもしれないが、
 ボクは今日までこの人を知らなかった。

 率直に、打たれるものがありました。

 kseniya Simonovaさん。
 ウクライナの砂絵アーティストです。

 世界は広いし、
 人間の持つ力にも、
 まだまだ未知の領域がありそうです。

 砂絵実演
 

 


 12月12日(日曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと11日。

 関東学生アメリカンフットボールリーグでずっと応援してきた
 千葉大と新潟大(ともに3部リーグ)が、
 2部最下位との入替戦で、完膚なきまでに叩きのめされた。

 新潟大にいたっては、2部でへろへろだった桜美林に54-0である。
 千葉大も得点できず零封されてしまった。

 両チームとも、コーチのブログや選手、マネージャーの日記が人間臭く、
 特に千葉大の女子マネの「私たちをこれ以上悔し泣きさせる気ですか」といった
 演歌風の内部攻撃にしびれていたのだが、
 あーあ、あーあ、だよなあ。

 3部では勝てても2部には近付くことさえ許されない。
 何かが決定的に欠けているのだ。
 写真を見るとそれは明確で、
 防具から出ている二の腕の太さが1部あたりの選手とまったく違う。
 
 あと筋肉だけで20キロずつ増やすような基礎トレが必要なのだろう。

 でも、両校の敗退を見て思ったことがあって・・・。
 それは自分の小説や詩作についてなのだが、
 つまり、
 「3部でいい気になっていたのは自分ではないのか?」ということだ。
 
 文藝春秋や角川や講談社など、
 大手から一応、本は出ている。
 しかし、読者を獲得できたかというと、啼かず飛ばずだった。

 なぜだ?
 という問い掛けはやはり自分に向けられるべきで、
 ボクもまた、感性を文字に置き換える表現に於いて、
 二の腕を太くする基礎トレが必要なのだ。

 アメフトにしろ、アイスホッケーにしろ、
 基本的にいつもダメダメさんチームを応援しています。
 でも、それは現状維持を認めているわけではなくて、
 のびしろがあるところに向けた希望をいっしょに感じていたいから。

 それって、まず自分がやれよということ。
 だから23日は「人生を今よりも30センチだけ進める方法」についてのライブ。
 本当に本当に、これは凄い方法だからね。

 



 


 12月11日(土曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと12日。

 執筆、歌謡、粛々と進行中。
 ミツ君のmellowなギターも復活!

 23日のライブは「人生を今よりも30センチだけ前に進める方法」。
 まず、自分たちが30センチ前に出ないとね。

 でもそれは、居酒屋のトイレなどに貼ってある
 「大丈夫だと思っても、もう一歩前へ」というのとは、
 根本的に意味が違います。

 


 12月10日(金曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと13日。

 通常の発声練習に加え、
 声量と馬力をアップするための練習が多摩川で始まる。
 これをやり始めた二年前に比べれば、
 格段と声は鍛えられているが、
 昨日のドミンゴショックから覚めやらず、
 ツキノワグマが無理してグリズリーに変身しようとしているような、
 初めて洋ドレスをまとった鹿鳴館婦人が本物の碧眼婦人を見て
 「なにもどうにもならないのだ」
 ということを知り、打ちひしがれているような、

 しかし、進歩は進歩としてあり、
 どうやらまだまだ声という表現は伸びていく可能性があるようだ。

 それと・・・!
 今日発売のPHP、川辺の町の物語第19話「英語の先生」はぜひ読んでもらいたい内容です。
 これが23日のライブの後半で紹介する「人生を30センチだけ前に進める方法」に近い感覚。
 ちらりと読んでみてね。


 

 12月9日(木曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと14日。

 あるイラストレーターの方に誘われて、
 恵比寿の東京都写真美術館で行われている
 ドミンゴのオペラ映画シリーズ、
 その中の「道化師」を観る。

 ふふふ。

 道化師のメイクをしたオペラ歌手たちが
 サーカス小屋で演技をするというシーン。
 これはもうアルルカン洋菓子店を思い立った時のイメージに限りなく近いもので、
 ああ、やっぱりこのセンス、
 世界にはきちんとあるのだ・・・とどこかで
 「俺ら、そんなにはずれていない」という確信を得たと同時に、

 ふふふ。

 プラシド・ドミンゴと言えば、もちろん自分とは比較することもできない歌手なのだが、
 とても人間の力量とは思えない声の迫力というものに圧倒されっぱなしで、
 楽器が違う、
 基本容量が違う、
 食い物が違う、
 細胞が違う、
 星が違うという感じがして、
 何だかもう、笑っているしかないのでした。

 (映画はとても素敵、笑う内容ではありませんが)

 しかし、ストラータスなんかも、
 女性としてそう大きい方ではないはずなんだけど、あの声量。
 とにかくドミンゴとストラータスの掛け合いを観るだけでも
 「道化師」は恵比寿にまで足を運ぶ甲斐があります。
 絶望も等しくいただきますが。

 紅い立派な薔薇が咲いたのだけれど、
 ずっと手の届かないところにあるという感じ。



 

 12月8日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと15日。

 21年前に六本木から新宿まで歩いて運んだジョン・レノンの巨大パネル。
 それがまだ階段横の壁として使われているゴールデン街の「シネストーク」で、
 年一回の集いがあった。
 店主のYさん、小説内ではココロさんと呼ばれるMさん、
 みんなあれから21年分歳をとって、
 (もちろんボクもそう)
 でも、毎年会えることがうれしいね、という話で、
 気持ちのいいお酒となった。
 (禁酒中のお酒は細胞のひとつずつにまで入っていくようです)

 集まって下さった皆さんもありがとう。

 ところで、23日のライブで
 人生を30センチだけ前に進める方法について
 具体的に語りますが、
 その要約を、
 朝日新聞の年末特別版で書きます。
 (タイトルは「名詞の森」)

 朝日をとっている人はそれを読んでもらってもいいのですが、
 やはり目の前で本人がじかに語るのを聞いてもらった方がいいような気がします。
 
 23日の「青い部屋」。
 ささやかであろうと、
 人生を大事にしたいと思っている人、
 絶対に来てね。

 この話は本当に大切だから。



 
 


 12月7日(火曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと16日。

 これまで、
 叫ぶ詩人の会の頃から数えると、
 いったいどれだけのライブをやってきたのかわかりません。

 でも、間違いなく、
 今回(23日)のライブがお客さんにとっては一番大事なライブになります。

 放蕩と彷徨、建設と破壊を繰り返してきたこの二十余年、
 大事なことは何だろうと
 それはやはりいつも心のなかにありました。

 でも、今年ほど大きな内面的発見があった年はなくて・・・。

 人生を30センチだけ前に進める方法。
 ようやくつかんだこの奥義を、
 ライブの後半で、みなさんと共有したいと思います。

 ボクもずっと迷い人だった。
 でも今はコケモモのお酒作りのために脇道にそれようと、
 はっきりとその道が見える。

 迷い人は、
 ライブに必ず来てね。
 絶対に来た方がいいです。

 


 12月6日(月曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと17日。

 ライブが近付いてきましたね。
 小説の盛り上りとともに、
 歌ったり、そらんじたりする時間が増えてきました。
 気持ちが入ってきたということ。
 アトリエらしい空間になってきました。

 という時に何ですが・・・。
 12月8日はボクにとってひとつの記念日です。

 それをしたのは、正確には12月9日ですが、
 撮影で使った巨大なジョン・レノンのパネル(合板と角材でできている)が廃棄されるというので、
 それはあんまりじゃないかと、
 テレビ朝日のスタジオ(当時は六本木のアークヒルズ)から
 新宿ゴールデン街の雨漏りしている店まで運んだのでした。

 その時の様子が、
 「世界の果てに生まれる光」(角川書店)に収録された
 「ジョンを背負って7000メートル」の骨子となっているわけです。

 自分の体が隠れてしまうパネルを持って、
 木枯らし一号が吹き荒れた日に歩いたという記憶。
 あれから二十年たつわけですが、
 パネルはまだ残っていて、
 12月8日は宴会の日です。

 お店の名前も経営者も変わりましたが、
 おそらくは世界一でかいジョンのパネルを観たい方、
 お酒を飲みにいらっしゃい。
 新宿ゴールデン街 シネストークというお店です。





 12月5日(日曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと18日。

 東日本決勝(アメフトです)、
 法政の敗北を目の前で観る。

 この16年間で13回選手権をとったチームが
 計6人の負傷者というおまけまで付いて去っていく。

 実力的には圧倒的なものを持ちながら、
 東北大学に対し舐めきったプレーコールを連発したあの時から
 何かが狂い始めた。

 16年で13回。
 慢心があっても無理がない。
 でも、慢心プラス、何かもっといけないものがあった。

 それに、関西には歯が立たないのだから、
 そもそも慢心の理由がわからない。
 関大、関学(敗退)、立命館のラインコントロールは超人的に強い。
 特に立命館。
 ライン平均は110キロ以上あるだろう。
 これがブルドーザーのように首を入れて押してくる。

 昨日は北陸、東海、九州、中国四国を勝ち抜いた南山大が
 (西日本準決勝)
 なんと58対0で一蹴された。
 その立命館と当たる可能性がありながら、
 なぜあそこでゆるゆるになってしまったのか。

 謎である。

 一方、社会人は鹿島がオービック(元リクルート)に破れた。
 これもちょっと意外だった。
 とはいえ、タイブレーク(延長戦)での勝利。
 実力はまったく均衡していた。
 関西の方はもっと劇的。
 松下電工はIBM相手に残り時間1秒での逆転だった。
 (しかもフィールドゴールで)

 どうもこの時期は血が騒ぎます。
 気になっちゃってもう・・・。
 たとえば拓大。
 
エリアリーグ(四部)から三部へ、三部から二部へと
 何か部内で革命的なことが起きたのか、
 信じられない勢いで這い上がってきた拓大がついに一部下位の駒沢と入替戦というのも見逃せないのだが、
 でも、さすがにライブが近いので、
 寒空の下のフィールド観戦は控えます。

 早稲田が法政を破り、八年ぶりの甲子園ボウル。
 関大が出てきても立命館が出てきてもかなりの苦戦が予想されるが、
 RB末吉(#10)が今日のような走りを見せるなら、
 あるいはどうなるかわからない。

 なんせ、一人で224ヤード走ったもんね。
 法政の6人の負傷者のうち4人は、
 末吉を止めに行こうとして逆に倒れた。
 最後は法政の選手を4人引きずって走っていた。
 この化け物のような馬力が立命館のラインバッカーとぶつかるとどうなるのか?

 おかずなしでご飯が食べられそうです。

 
 さて・・・アメフトに関してはただ観戦するのが趣味でだらだら書いているだけですが、
 アルルカンHANを始め、
 ルールがわかれば観たいという人たちがけっこういるので、
 来年の春あたり、アミノバイタルか川崎球場でエックスリーグ(社会人)の観戦ツアーをやりましょう。


 それと、アルルカン洋菓子店のクッキー販売ですが、
 すでにつつじヶ丘の小さなビストロ「くしのはな」で
 委託販売しております。
 通販までは現在手が回っていませんが、
 大量購入されたい方は、
 廉価でおいしいフレンチを味わいつつ、
 お土産としてどうぞ!


 PHPの文庫本の完成まであと一話!
 「川辺の町の物語」は来春発売予定です!


 


 12月4日(土曜日)渋谷「青い部屋」のライブまであと19日。

 ライブに向けてMITSU君との音合わせ、歌合わせ、コント合わせ開始。
 退院宴会はとうに済ませているのだが、
 あの時、良かったねえとビールを飲み過ぎてしまったことがあまり良くなかったのか、
 今、MITSU君はかなり慎重。

 あと19日か。
 MITSU君の体力が戻ることを祈ります。


 

 12月3日 (金曜日)渋谷「青い部屋」のライブまであと20日。

 強い風でした。
 吹き荒れたね。

 今日の午前中に愛知県で行われたA君の葬儀には行けなかった。
 思うところあって、午後、新宿まで自転車で出た。
 風を漕いでるような感じだった。

 A君がいなくなった後も、
 世間はまったく変わらずに動いている。
 人々も変わらずに、笑ったり、嘆いたり、働いたり、飲んだりしている。

 でも、我ら一人ずつはみないつか、
 命の本流(それは目に見えないけれど)に戻っていくんだな。
 そしてまた、
 某かの現象として、生まれてくる。


 A君は二度と存在しない。
 でも、A君はまた生まれてくる。

 

 12月2日(木曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと21日。

 夜に、高校時代の友達から電話をもらった。
 同じくクラスメートだったA君が亡くなったのだという。
 「今、通夜だよ」って。

 A君とは幾つかの思い出があった。
 高校生だったのに、
 煙草吸ったり、
 酒飲んだり。

 いくらなんでも若過ぎるよ。
 という思いとともに、
 これが現実なのだという達観もどこかにあった。

 それぞれに運命があり、
 実はみな、ぎりぎりのところで生きている。

 ああ、逝ってしまったか・・・。

 焼酎を飲んだ。


 

 12月1日(水曜日) 渋谷「青い部屋」のライブまであと22日。

 あと一月で今年もお開き。
 過去という光に入っていく。

 ちょっと信じられない、この早さ。
 とは言わずに、
 なるべくなら、あと一ヶ月をじっくり味わっていきたいと思う。

 丁寧に接すれば、
 奥行きも、幅も出てくるのが時間というものだ。


 

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