ドーランが目にしみる 2010年4月

 

 

(出荷を待つアルルカンチョコ)


 4月30日(金曜日) 名古屋ワンマンまで15日。神戸ワンマン&マリオ曼荼羅まつりまで22日。

  光をつかもうとして言葉につかまり、
  言葉から自由になろうとして、
  脱言葉の言葉とはなんであるか?
  ということに思いを馳せる。

  馳せる、なんて字を使うことがすでに言葉に絡めとられている証拠であり、
  では脱却とはなにかと考えれば、
  やはりそれは詩であり、
  本当の意味での実存、
  過去でも未来でもなく(未来なんて過去の思想なのだ)
  この瞬間の、加速度的にヒロガル地平。

  ああ、地平線よ。
  暦の上でまた一ヶ月が過ぎ去ろうとしているよ。
  ボクはまたすこし歳をとり、
  みなもまたすこし歳をとり、
  堂々巡りの時間のなかで、
  予期せぬ地平を覗こうとする。

  この徒労と絶望、そして希望。

 


 4月29日(木曜日) 名古屋ワンマンまで16日。神戸ワンマン&マリオ曼荼羅まつりまで23日。

  デザイナーSACRAさんと半片ブラザースはんちゃんの大尽力により、
  アルルカン洋菓子店の公式サイトが新しく生まれ変わりました。

  看板が変わっただけでまだコンテンツが動き出していないコーナーもありますが、
  順次内容を新たにしていこうと思っています。

  アルルカン洋菓子店のファンクラブ「cookies」の募集もあります。
  ラジオ番組的声のエッセイもお届けする予定です。
 

  かなり立て込んでいる日程をぬっての作業になりますので、
  ファンクラブの会員証が届くまでに時間がかかったりするかと思いますが、
  のんびり、ゆっくり、おおらかに、でよろしくお願いします。
  



  


 4月28日(水曜日) 幡ヶ谷ライブ当日。

  集まっていただいた皆さん、
  どうもありがとうございました。
  楽しんでいただけましたでしょうか。

  1時間ちょっとのミニライブでしたが、
  初めて披露する歌やギターの演奏もあり、
  個人的には幾つかの峠を乗り越えなければいけないステージでした。
  その分、終った後の解放感に特別なものがあり、
  久々にお客さんといっしょの打ち上げに転じました。

  御つきあいいただいた皆さん、ありがとうございました。
  雨あがりの路面に、前向きな水の匂いがしました。

  このところ天候不順で、
  春らしい春を得ないまま梅雨に近付きつつある気配がしていたのですが、
  いい季節がやってくると、
  なぜかライブ後の幡ヶ谷の道を歩きながら思いました。

  歌。詩。人。
  さらに盛り上がって森のように輝き、
  こんもりと風に揺れます。



  
  

 4月27日(火曜日) 幡ヶ谷のライブまであと1日。

  明日のクッキーは久々のピリカラです。
  でも、歌い手としてはのんびりおおらかにやろうと思っています。

  天候不順ですが、ボクらの胸のなかには薫風を吹かせましょう。


  


 4月26日(月曜日) 幡ヶ谷のライブまであと2日。

  やってから気付くということがボクの日々にはよくある。
  つつじヶ丘からミツ君の部屋まで、自転車アドン君で行ってやろうと思った。

  1時間ぐらいでいけるだろう。

  ギターを背負ってアドンにまたがり、えんやこらどっこいせ。
  
  1時間では豪徳寺までしか行かなかった。
  調布〜成城学園〜豪徳寺〜若林〜漠然と世田谷区〜漠然と渋谷区〜漠然と目黒区〜漠然と大田区、
  片道2時間。
  しかも強風。向かい風。

  ああ・・・。
  あああああああああ・・・。

  練習が終って、ジョナサンで飯など食い、またつつじヶ丘を目指す。
  サドルが硬すぎるのか。

  アドンだけあって、お尻が痛い。


  

 


 4月25日(日曜日) 幡ヶ谷のライブまであと3日。

   お日柄も良さそうだったので、
   アトリエ近所の中古自転車屋で
   新品なのか中古なのかわからない自転車を買った。

   こういうことが我が人生にはやたら多いのだが、
   買ってから初めて乗った。

   小さかった。

   以前に、アントニオ猪木さんが乗馬をしているのを見たことがあるが、
   馬がとても小さく見え、可哀想であった。

   そんな感じ。

   ジャイアント馬場さんが車を運転する時、
   サンルーフから顔を出していたという。(噂だけど)
   そんな感じ。

   足がまったく伸び切った感じがせず、
   それでもペダルがくるくる回っていく。
   ちっちゃな自転車に乗るサーカス芸人になった気分で。

   でも、緑色の自転車で、「ADON」と描いてあった。
   アドン・・・はて?
   二丁目の、体温高めのお兄様達が集まる書店で
   そういうタイトルの雑誌をやたら見掛けたことがあったが。

   ふんどし一丁で乗るべきであろうか。

  


 4月24日(土曜日) 幡ヶ谷のライブまであと4日。

  twitterで始めた「俳句なう」に呼応する
  「English Haiku Now 」
  一応、英文俳句の国際ルールに則り、
  5・7・5の音節数で3行詩、という最低限のルールを守っていますが、
  なぜこの忙しい時にこんな無理を始めたかというと、

  どういうわけかtwitterのfollowerに外国の方が二人いらっしゃるからです。

  きっと、読んでないんだと思うんだよね。
  とりあえず誰でもいいからフォローしちゃうぞって感じで。
  でも、もし本気でフォローしてくれているのだとしたら、
  日本語だけでは通じないよね。

  (しかし、だったらなぜフォローしているのだ?)

  きっとtwitter慣れしている人はこういう外国人を無視してしまうんだろうけど、
  なんかそれもなあ・・・というわけで、たった二人の(一人は水着女)ために、
  今後もかなり強引なEnglish Haiku Nowを続けるのです。


  こんな感じ。文法的な突っ込みは勘弁ね。

  「俳句なう」氷雨落つ ガラスに目二つ 四十七
  「Haiku Now」Cold raindrops dripping,
         Also eyes on the window,
         I'm forty seven.

  「俳句なう」ごぼ天の 端ひからびて おそい午餐
  「Haiku Now」The edge of fish paste,
         drying at late afternoon,
        I ate it as lunch.

   試験だったら全滅の英語だ。
    でも、なんとなくニュアンスが伝わればいいという 詩の横暴を笠に着ています。





         

  


 4月23日(金曜日) 幡ヶ谷のライブまであと5日。

  時差ボケも風邪も飛んだ。
  頭がクリアになってきた。
  さあ、仕事って感じ!

  マリオ曼荼羅はまだロンドンで足止めを食っているらしいが、
  そろそろ帰ってこられる様子。

  アイスランドの火山がひとつ活き活きしちゃったせいで、
  航空会社や旅人はたいへんなことになってしまったが、
  今年はハイチ、チリ、中国と地震が続くし、
  いまだ寒いし、
  太陽のフレアはとてつもなくでかいのが観測されたし、
  ちょっと身構える気分にもなりますね。

  でも、先日・・・名古屋のセントラルパークのベンチでぐでっとしながら、
  こんな詩を書いていたんですよ。

  鳩は風に乗る時、羽撃かない。
  若葉はちりちりゆらゆらと幾万も揺れて、
  風と自らの関係を輝きにあらわす。
  目に良いのは静かに歩く鳩の影と、
  あらわれては消えるまだらな緑。
  風のなかにすべて。
  呼吸も。
  葉も。

  スケッチみたいなものなので、これは完成形でもなんでもないのですが、
  別に完成させなくてもいいかなという気がして。

  ただ「風のなかにすべて」だったなと。

  すると、地震の時はともに揺れ、
  病の時は病になり、
  寒けりゃ震え、いっそ拒まない。
  これが極意だという気もしてくる。

  良寛だ。


  
  


 4月22日(木曜日) 幡ヶ谷のライブまであと6日。

  カナダでひいてしまった風邪、
  ようやく治ってきた感じ。
  久々にヴォイトレに行くと、師匠に「風邪声だねえ」と言われてしまったが。

  ところで、つつじヶ丘のおいしいお店でも紹介している「くしのはな」。
  店主の横山さんは儲けようという気がないのか、
  もともと商売っけのない人なのか、
  かなりおいしいものを、信じ難い低料金で提供している。
  (これはもう一軒の名店「げんげ畑」のマスターも同じ姿勢です)
  

  横山さんの作るドライカレー、ずば抜けているとボクは思っています。
  (げんげ畑の刺身も凄いよ。アジの造り、柚子胡椒でやってみて下さい)

  ただ、そのためなのか・・横山さんは今経営的危機にあり、
  店を営むためにバイトをしているのが現状。

  週一で解体工事なども手伝っていたのだが、
  先日、名古屋の現場でミスって(泊まりがけで解体しにいっていたのだ)
  水道管を破裂させてしまい、ウン十万の弁償になってしまったそうだ。

  ボクとしては「げんげ畑」と「くしのはな」はどうしても失いたくない奇跡の店だ。

  しかし・・・情けないかな、自身の経済もそう悠長に笑っていられる状態ではなく、
  また、ちょっと身を引き締めている事情もあり、
  なかなか顔を出せない。

  できればみなさん、二軒はしごする気分で、
  つつじヶ丘に遊びにいらっしゃいませんか。

  とりあえずまず逼迫しているのは「くしのはな」です。
  ボクも店内での個人ライブなど考えています。

  全国に出掛けていって歌うのもいいけれど、
  まず地元を大事にしないと。
  
  しかし・・・世の中って。
  クンデラが「存在の耐えられない軽さ」を書いた頃のチェコって、
  医師は社会主義革命的には弾劾されるべき知的階級であり、
   一般肉体労働者よりも給料が安かった。
  人の命を救う医者をやりながら日曜はガードマンのバイトをしないと生きていけない。
  そんなのやっぱりおかしい。
  
  たとえとして違い過ぎるかもしれないが、
  公平なんていつもあり得ないという意味で、少々思い出した。

  ものすごくおいしいお店が、
  しかも誠実にやっている店が、
  なんらかの運気や風向きで消えていくのはできるだけ避けたいなあ。

  


  
  

  
 

 

  

 4月21日(水曜日) 幡ヶ谷のライブまであと7日。

  今日は午後に名古屋で、ボクにとってとても意味のある人と会うことになっていたので、
  朝8時にホテルを出た後、うーん、ざっと6時間ほどさまよい歩かねばならないことになった。

  でも、名古屋の気候は良かったし、
  なんといってもボクが高校時代のむちゃくちゃな時期を過ごした場所なので、
  なんとかなるだろうと歩き出した。

  これは名古屋以外の人にはわからない迷走。
  でも、書き出してみます。

  名古屋駅から地下鉄桜通線の上を歩くように丸の内へ、長者町通りを経て外堀通り、市役所前、東片端、代官町を越え、東区の車道へ。
  建中寺前のコメダコーヒーでモーニング(コーヒーに厚切りトーストとゆで卵がついて370円)の朝飯、それから母校をちらりと見て、車道の駅から地下鉄に乗り、久屋大通へ。三十年前に愛した名画座「ロマン座」を探そうと矢場町までてくてく歩いたが、そんなものはすでになく、原宿の表参道のようにこじゃれた街並みがあるだけ。
  鉄板入りの安全靴を履いているので、なんだか疲れてきて、セントラルパークのベンチでホームレスの人たちの間を縫うようにベンチに腰掛けた。
  空が光っていて、風が喜んでいて、とてつもなく素晴らしい時間だった。

  でも、なぜかラッパーが近くで音をがんがん鳴らし始めたので、また歩きだす。
  地下鉄に乗って名古屋駅の名鉄方面へ。
  昔、ここでK城学院の可愛い女の子と「ハリケーン」という映画を見たのだ。
  その映画館を目指したのだが、やはりなかった。

  どうしたんだろう。名古屋から映画館が消えてしまった。
  みんなシネコンになってビルのなかに収まってしまったのかな。
  それともロードショーでも2本立てにしないと客が入らないと言われた市民性の果て、
  ついに消滅したか。そんなバカな。

  ああ、なんだか疲れてきた。
  しかし、名古屋駅周辺には腰を落として休める場がなく、地下街でアイスコーヒーを飲むも、
  再び地下鉄に乗って久屋大通りへ。
  6時間さまようというのはなかなかきついことなのだ。

  足腰叩きながらセントラルパークのテレビ塔の北側まで歩いていき、
  石のベンチがあったので座り込んだ。

  そして・・・なにやら目の前に小さな石碑がある。
  poetという英文の表示も目に入ったので、
  なんだろうなんだろうと立ち上がってそれを見にいった。

  しばらく陽光も風も全名古屋市民の息づかいも忘れたほどに、
  ボクはそれに見入っていた。
  こういう出会いが彷徨の最後に用意されていたのかと、
  もうボクはこの日のすべてに感謝をした。

  ニューファウンドランドで経験したこと。
  そこで表現の芯のようなものを意識しだしたこと。
  まさにその路線を確定させるかのように、
  「野ざらし紀行」の「冬の日」はそこで待っていてくれたのであった。
  きっとあのバカ高校生が熟してこの石碑のある場所の意味がわかるまで、
  30年も待っていてくれたのであった。

  大きな日となった。
  夕暮れを待たずとも素晴らしき良き日だということがわかった。

  そして夕暮れ。
  ようやく逢えたその人と話をしているうち、
  事態は予測もつかない方向へと滑り出していったのであった。

  驚いたよ。

  でも、今は発表できない。
  6月5日のライブが終った段階で、まだこの流れがいきいきと躍動しているなら、
  公表いたします。


  


  4月20日(火曜日) 幡ヶ谷のライブまであと8日。

  叫ぶ詩人の会の重鎮、そして今は「静」の屋台骨であり、
  全国の楽器挫折者の神、きりばやしひろき氏。
 (「静」の静さんその人も透明でド深い感性の持ち主です。心を開いてその曲や詩と向かい合うと、全開の窓から見える青空以上にたくさん,豊かに差し出してくれる人です)
  
  というかボクにとっては「ひろき」のままなんですが、
  その彼がNHK名古屋のFMでレギュラー番組を抱えていて、
  今日はゲストとして出演させてもらいました。

  ひろき君にとっても、ボクは「すけさん」のままなので、
  番組中は「明川哲也」として紹介してもらいながらも、
  呼称は「すけさん」。
  なんだか妙な15分だったなあ。
  お互い、てらてらに照れたし。

  5月15日の名古屋TOKUZOでのライブを告知させてもらうために出演させてもらったのですが、それ以上に、ひろき君と久しぶりにマイクに向かって喋り合っているという構図が、なんというか・・・過ぎ去った歳月の分も合わせて底の方から豊潤であった。

  そして高校の同級生が大将をしている今池の寿司屋「玉寿司」へ。
  今回のライブで尽力していただいている方と決起集会を開き、
  そのままTOKUZOの下見へと傾れ込んだのであった。

  TOKUZO、ものすごく雰囲気が柔らかい。
  いい小屋。
  宇崎竜童さんなんかが定番にする理由が入ってすぐにわかった。
  アルルカン洋菓子店がここでライブをやれるのは幸せなことです。

 


 4月19日(月曜日) 幡ヶ谷のライブまであと9日。

  28日の東京幡ヶ谷ライブに向け、台本鋭意作成中!
  前回の秋葉原ではラテン語関係の歌が思いのほか好評だったため、
  恋ねずみカラッジョ君に再度登場してもらうかも!

  初めてのライブハウスだし、他の出演者の皆さんの趣向などもわかりませんが、
  ボクたちアルルカン洋菓子店の出番は
  午後8時20分から9時10分ぐらいまでだそうです。

  遠方の方でもまだ電車のある時間帯です。
  一時間弱のミニライブですが、
  うむ、この日はあいているかも・・・という方、
  ぜひぜひいらして下さい。

  ニューファウンドランドの話、
  極寒の風のなかで作った詩や歌をさっそくお届けします。

  (ただしライブハウスなので、スタンディングかも。硬い靴で立ったまま聴くのってけっこう疲れるんです。柔らかい靴でいらして下さい)

 





 4月18日(日曜日)

  帰国しました。

  カナダ人のボブと二人で暗い荒れ道をずーっと行きながら、
  こんな話をしていたんだよ。
  そう。ボクはこう言ったんだ。

  「野原に木が一本生えているとして。
  この木を切り倒せば駐車場が作れる。
  お金が入ってくる。少しリッチになる。
  そう思うのも人間だよ」
  「でも、この木のそばで生活をして、
  朝晩、春夏秋冬、木の表情を見ながら
  生きていこうと思うのも人間だよ。
  本当のリッチはたぶんこっちの方さ」

  ボブは「ああ、わかるわかる。それは本当の話だし、
  俺なんかそれを信じていないと生きていけないね」

  たったそれだけの会話。
  でも、とても大切な話。





 4月17日(土曜日) 

  帰国の途へ。
  えらいこっちゃ。

  今度は偏西風に逆らって飛ぶから、
  計23時間の旅だぞ。

  


 4月16日(金曜日)

  セント・ジョーンズに戻る。
  町はお祭りで、ほぼすべての店が閉じている。
  開いているのはわずかな土産物屋とセクシー下着屋さんだけ。

  ひょっとすると、セクシー下着屋さんはただの下着屋さんかもしれない。
  ただ、ボクの目にはどうも過剰な下着のように見えた。
  
  過剰なものに憧れた時代があって、
  それは頭上に聳えるモヒカンだったり、
  叫ぶような言葉でなければ釣り合いの取れない思いだったりしたのだが、
  ボクにとっての過剰はもはやオモチャでしかなく、
  たぶん、平々凡々とした言葉やメロにこそ本質があることをすでに充分に理解している。

  なんだか一つの区切りになったような気もする。
  今回の旅は。

  どういう縁があり、
  どういう理由があり、
  ここにボクを送ってくれることになったのか。
  それはNHKの人にも訊いたことがない。

  でも、自分としてはものすごく意味があった。

  もう恥ずかしがらずに、
  上に「叫ぶ」なんて字をつけずに、
  詩人だし、道化師です、と言い切れるところからまた始めてみようと思う。

  ニューファウンドランドの皆さん、
  NHKのスタッフの皆さん、
  コーディネーターのMさん、
  ありがとうございました。

 

  
  


 4月15日(木曜日)

  カナダ人、ニューファウンドランダーの歌手と対面する日。
  そして、この歌手の両親(むっちゃお世話になったのであった)に、
  ボクの新曲を捧げる日。

  洗濯室で練習した甲斐があったかどうかわからない。
  果たしてこのシーンが番組で使われるのかどうかもわからない。
  でも、まあ、ここが今回の峠であったことは間違いない。

  緊張しつつも時は過ぎ、
  気付けばすべてのトライアルは終っていた。

  雪だ。雪が降り注ぐ。
  霧の中から雪が舞い降りてくる。

  気が抜けたのかな。
  すこし熱っぽい。
  洟もたれてきて。

  ああ・・・でも、やり切った充実感で気持ちよくベッドに入る。


  番組が縁だとはいえ、
  このニューファウンドランドという土地に来られたことを
  夢も現実もいっしょくたにして感謝する。

  ありがたい日々であった。

  


 4月14日(水曜日)

  さらに移動して、CAPE RACEという岬の灯台に移動する。
  「今日、日本人が岬に向かった」というラジオニュースが流れる。
  なんだか・・・実は警戒されていたのだったりして。

  このあたりのこともすべて番組で見ていただくとして・・・。
  
  とにかく風が冷たい。寒い。
  まずいことに咽が痛くなってきた。
  風邪の前兆。
  明日は歌わなければならないのに。

  CAPE RACEの沖合でタイタニックが沈没した日。
  そのことに絡んだ取材を終え、
  近くの町までカナダ人が運転する車で深夜移動。

  カナダ人は「アルルカン洋菓子店」の活動のことを聞くと、
  「そんなん、道化師やって言っとうだけで、ごっつい新しいジャンルの開拓とちゃうんか?」と、
  いい感じのことを言ってくれた。

  そう。
  28日はライブです。
  そのことも頭にあって、遠く日本を思う。





 4月13日(火曜日)

  土地の人と、荒野の真ん中の湖に釣りに行った。
  あんまり寒くて、ミミズも縮みあがっていた。
  ミミズも縮み上がったが、ボクの指も縮みあがった。
  ミミズつかめずに、ただ指先でこねくり回していた。

  そのうち、ミミズが凍ったようになり、
  ミミズやってるのも大変だなあと思った。
  ミミズ、服着れないからね。

  小さなマスを6匹釣った。
  3匹リリース。
  残り3匹を土地の人に進呈した。
  フライにして食べるのだそうだ。

  我がチームの今夜の夕飯は、俺製中華麺のカレーあんかけ。
  この4日間は即席シェフとして夕飯を作り続ける。



 

 4月12日(月曜日)

  ビンゴ!

  ニューファウンドランダーのある家庭に捧げる曲ができつつある。
  音響がいいので、モーテルの洗濯室にこもって、
  洗濯機を回しながら演奏する。

  パンツがぎゅるぎゅる回る。
  メロはBメロで突然空を突く。

  その風景をカメラのYさんがデジカメで撮ってくれた。
  いいな。
  ジャケ写に使えそう。




 4月11日(日曜日)

  一般の民家で御馳走になっちゃいました。
  七面鳥。
  サウンドマンのKさんもおかわり。

  それにしてもここまで来ると、本当に遠いところにきちゃったなあ、と実感する。
  セント・ブライドは強風の町。
  ボクらの身長くらいにまで達する木は一本も生えていない。
  みな、ハイマツのように地面をCREEPするか、
  あとはただひたすら草だの苔だのが風に耐える町。

  地球版の竜飛であり羅臼だ。
  しかし、ここでもまたたくさんの笑顔の洗礼を受ける。
  CBCカナダはテレビでボクらのニュースを流すだけではなく、
  ラジオでも「今日の日本人」みたいな報道をしたようだ。

  霧を取材しにきたというのが、
  どうもかなり変わっていて、
  それでいてニューファウンドランダーの琴線に触れたらしい。

  たとえて言うなら、
  花見に興じる日本人を外国のテレビ局が撮影しにきたようなものだろうか。
  でも、だからって、その人たちをずっと追い掛けようとは思わないよね。

  原稿仕事。
  今回はこちらに持ってこなかった。
  だから一日中、言葉や詩を書いたり、ギターを弾いたりして時が過ぎていく。
  なんという贅沢。
  そして、見失わない自分の芯。





 4月10日(土曜日)

  セント・ジョーンズから300キロ離れた
  セント・ブライドという町へ移動。

  なんにもないったらなんにもない。
  なんでもあるったらなんでもある。
  そんな広大で荒涼、霧中といえども夢中、
  こういうところでただただ
  「地球はでっかいなあ」と思ってみたかったんだよね、
  というところをひた走るのである。

  といっても自ら走っているわけではなく、
  現地コーディネーターの女性Mさんが運転する車である。

  これまで海外取材をする度に様々なコーディネーターに会ってきたが、
  この人は別格。
  朝から晩まで働きまくりの上、細やかな心遣いがありがたい人。
  それでいてよく笑い、いつも撮影隊にリズムを与えてくれる。
  こんな観音様みたいな日本女性が
  ニューファウンドランドで一人で暮らされているのかと思うと、
  (さあ、この後、どんな言葉がくるでしょう?)

  この人を惹き付けてやまないニューファウンドランドの土地柄みたいなものを逆に感じてしまうのだ。

  Mさんはとても素敵な女性。
  いくらでも誉めることができる。
  だけどきっとMさんはニューファウンドランドを誉めて欲しいのだと思う。
  カナダの州になってから、まだ半世紀とすこし。
  ひとつの国としての独立もあり得たこの土地は、
  アイルランドからの移民がメイン層で、
  音楽も酒も極めてアイリッシュ色が強い。

  でも、それなら素のアイルランドか、というとそうでもなく、
  スーパーのピタパン女性の笑顔のように、
  どうしてみんな他人にそういう態度をとれるのだ?
  という、どうもこの土地独自の微笑み文化みたいなものができあがっている。

  つい数年前まで警官が丸腰だったのも、
  そのあたりに理由がありそうで、
  まるで霧の正体は夢だった、と思いたくなるような日々が続くのであった。

 

 


 4月9日(金曜日)

  様々なことが起きているのだが、
  いったいどこでなにがどうなったか、ということは番組を楽しんでもらうこととして、
  ボクの内面の焦りについてひとつ。

  ディレクターのkさんと話していて決まったことは、
  ニューファウンドランド人の生活に触れて、
  新曲をひとつ作り、
  それを披露しようという企て。

  前にも触れたが、
  普段ギターはMITSU君に任せている。
  なのに一人で弾き語り。
  しかもテレビカメラに収まる。
  聴衆はカナダの歌手。
  となると、これまた脂汗の世界である。

  なので今回は暇さえあればギターに触っていた。
  ああ、十代の頃からこうであれば・・・と少し過去を顧みたりもしたが、
  あの頃はあの頃で色々と懸命だったのだと思えば、
  まあ、これがかなり晩生でも自分の人生なのだ。

  カナダが生んだ偉大なアーティストに
  レナード・コーエンという人がいて、
  この人はボクの憧れなのだが、
  ヒットチャートに初めて顔を出したのは五十を過ぎてからであった。

  (ちなみにレナードは今76歳ですが、いまだすけべったらしい素敵なヴォーカリストです)

  ああ・・・すけべと言えば、
  カナダの女性たちはどうしてああもピッタピタのパンツをはかれているのだろう。
  明日からしばらく夕飯をとることができない僻地に向かうので
  今日は大型スーパーに日数分の食糧を買い出しに行った。

  するとスーパーの中まで、
  すれ違う女性がみなニコニコ微笑まれるのだ。
  ピッタピタのお衣装で。
  こういうことは番組の趣旨とはまったく関係のない話なのだが、
  敢えて「思い出」という文字を刻みたい。

  立場上特にそのことで騒いだりもしなかったが、
  本音を言うと「天国みたいなスーパー」であった。


  

 4月8日(木曜日)

  生まれて初めて、とはっきり断言できる気象現象に歓迎された一日。
  (詳しくは5月19日 NHK-BSハイビジョン「世界一番紀行」で)

  もうひとつ生まれて初めてがあり、
  こんなところまで日本の撮影隊が来たということで、
  CBCカナダの逆取材を受けることになった。

  美しい霧の風景を日本代表のカメラマンYさんがハイビジョンカメラで撮影する。
  というシーンをCBCのカメラマンがカナダ代表で撮影する。
  という図式があり、
  喜んで見ていたのがつかの間、
  今度はボクが取材を受けることになった。

  「どないでっか。ここらへんの霧は?」
  「そもそもなんで霧を見にきはったんで?」
  「日本人は霧、どない思うやろう?」
  などとカナダ人が訊いてくるので、
  ボクもつたない言葉でアーチャラコーチャラと語ったのであった。脂汗でた。

  ちなみに、その時の模様が、CBCニュースの記事で読めます。
  外国語読める人、チェックしてみてください。

  



 4月7日(水曜日)

  世界で一番霧が立ち籠める町、セント・ジョーンズ。
  5月19日 NHK−BSハイビジョンで放送予定の「世界一番紀行」。
  その旅人役でボクはここにやってきたのだが・・・
  詳しくは番組を楽しんでもらうこととして(90分番組だそうです)、
  ニューファウンドランドって、どこにあるのかわかる人、どれくらいいるだろう。

  かつて北米にいたことがあるので、
  地図上の地名としては知っていたけれど、
  かなり最果ての地のイメージ。
  まさか自分がそこに行くことになるとは思ってもいなかった。

  そう。
  思ってもいなかったことが続けざまに起きるのが
  ボクらのLIFEというものだ。

  そして・・・やあ、本当に思ってもいなかった。
  ここの人たちがどうもなんというか、
  本当に、桁外れに人がいいのだ。

  撮影で来ている、ということがまったくわからない状況でも、
  にこやかに微笑みかけてきてくれる。

  たとえばそれは昨日、
  トロント空港で小銭がないためにカートを引き出せず、
  うーん、どうしようかな、こんなに大荷物を一人で抱えて、
  (撮影隊は早めに現地入りしているため、一人旅だったのだ)
  と迷っているところに、カナダのおばちゃんがするすると進み出てきてくれて、
  「これ、よかったら使ってーな」とボクの手に2ドルコインを押し込んだように、
  ここにやってきてからは、
  この「放っておけない感」に拍車がかかったようなことが次々と起こった。

  白人がメインとなる土地を訪れて、
  すれ違いざまに老若男女関係なくみんなが目を合わせて微笑んでくれる場所、
  というのは生まれて初めての経験で、
  そーいえば日本では、まずこんなことはないものなあ、と
  若い女性たちが「けっ!」という顔で目をそらす東京での状況というものを鑑み、
  でもそれはきっと自分もそのような顔で歩いているからだろうと、
  嬉しさの奥に苦みを感じつつ、
  久々に高揚した気分で初めての町の通りを歩いたのだった。

  しかし・・・笑顔を交わすだけでは番組にならないのも事実。
  (そういう番組があってもいいと思うが)
  霧の町と人々の暮らし、という触れ込みでボクはここに送られたのに、
  一番肝心な単語、fogの発音が通じません。
  エフ・オ−・ジーと言い換えて、カナダ人たちがようやく「霧のことかいな」と反応する始末。

  この先思いやられる。


  


  

 
 4月6日(火曜日)

  トロントまで12時間。
  飛行場で4時間待ち。
  そこからセント・ジョーンズまでが3時間。

  長い旅だ。
  この旅のひとつの目的は、
  霧深いニューファウンドランドで生まれ育った一人の女性歌手に会うこと。

  成田を出てすぐにその人のCDを聴き始め、
  まずは英語の歌詞カードを見ながら、
  ついで日本語訳と照らし合わせて
  アルファベットの文字や、その向こう側にあるかもしれない意味をとっていく。

  結局、セント・ジョーンズまでの19時間。
  ボクは一睡もせずにその行為だけに集中していた。

  物語のような歌。
  移民の悲哀がそこかしこに描かれている。
  ケルト音楽という文学。

  初めてのニューファウンドランドに霧はなかった。
  一枚のCDをこれだけ聞き続けたことは過去になく、
  その心地よい疲れだけがボクの頭にfogを、
  うっすらと、そしてぐるぐる回る
ように立ち籠めさせていた。





 カナダへ旅立つ前に入ってきた緊急情報!

  しまったことをしていた!
  
  5月15日の名古屋ワンマンライブ!
  3月15日からチケット発売をしていたのに、
  まったくボクは告知をしていませんでした。

  関係者の皆さん、すいません!

  5月15日(土曜日)の名古屋、5月22日(土曜日)の神戸、
  両方のワンマンライブとも、すでに受け付けています!

  詳しくは、LIVE-INFO を!


 
 
 4月5日(月曜日)

 明け方。
 原稿の一番後ろに「了」と記す。

 さて、カナダに行って参ります。



 
 4月4日(日曜日)

 缶詰三日目。ひたすら原稿に向かう。
 帰ってきたら、『エッカーマンとゲーテの朗読ライブ』をやろう。
 アトリエライブ。定員15名。


 
  4月3日(土曜日)

 缶詰二日目。ひたすら原稿に向かう。



 
 4月2日(金曜日)

 缶詰一日目。ひたすら原稿に向かう。



 
  4月1日(木曜日)

 ニューヨークからクレイグ・ステファンが来た。
 『おばけの英語』の共著者。
 あの本の英語短編を書いたでっかいおじさんです。

 焼き鳥屋さんに連れていきました。
 食うわ、食うわ、食うわ・・・。
 負けじとこちらも、
 食うわ、食うわ、食うわ、食うわ・・・。

 それからG街に行き、マッコルリバー『ドラゴンフライ』へ。
 ギターがあったので、ミニライブとなりました。
 勝手なコードで勝手な言葉をのせているよ。
 でも、みんな喜んだからヨシ。

 クレイグは翌朝、築地で競りを見るのだそうです。
 冷凍マグロが並んでいるのが彼らにとって本当にスペクタクルになり得るのかどうかわからないけど、
 朝7時から2時間待ちの場内寿司屋はたしかに驚くかも。

 さて、4月だ。
 働くぞ。深めるぞ。打ち上げるぞ。


 


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