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(出荷を待つアルルカンチョコ) |
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かなり立て込んでいる日程をぬっての作業になりますので、
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4月28日(水曜日) 幡ヶ谷ライブ当日。 集まっていただいた皆さん、 どうもありがとうございました。 楽しんでいただけましたでしょうか。 1時間ちょっとのミニライブでしたが、 初めて披露する歌やギターの演奏もあり、 個人的には幾つかの峠を乗り越えなければいけないステージでした。 その分、終った後の解放感に特別なものがあり、 久々にお客さんといっしょの打ち上げに転じました。 御つきあいいただいた皆さん、ありがとうございました。 雨あがりの路面に、前向きな水の匂いがしました。 このところ天候不順で、 春らしい春を得ないまま梅雨に近付きつつある気配がしていたのですが、 いい季節がやってくると、 なぜかライブ後の幡ヶ谷の道を歩きながら思いました。 歌。詩。人。 さらに盛り上がって森のように輝き、 こんもりと風に揺れます。 |
4月27日(火曜日) 幡ヶ谷のライブまであと1日。 明日のクッキーは久々のピリカラです。 でも、歌い手としてはのんびりおおらかにやろうと思っています。 天候不順ですが、ボクらの胸のなかには薫風を吹かせましょう。 |
やってから気付くということがボクの日々にはよくある。
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横山さんの作るドライカレー、ずば抜けているとボクは思っています。 とりあえずまず逼迫しているのは「くしのはな」です。 ものすごくおいしいお店が、
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4月21日(水曜日) 幡ヶ谷のライブまであと7日。 今日は午後に名古屋で、ボクにとってとても意味のある人と会うことになっていたので、 朝8時にホテルを出た後、うーん、ざっと6時間ほどさまよい歩かねばならないことになった。 でも、名古屋の気候は良かったし、 なんといってもボクが高校時代のむちゃくちゃな時期を過ごした場所なので、 なんとかなるだろうと歩き出した。 これは名古屋以外の人にはわからない迷走。 でも、書き出してみます。 名古屋駅から地下鉄桜通線の上を歩くように丸の内へ、長者町通りを経て外堀通り、市役所前、東片端、代官町を越え、東区の車道へ。 建中寺前のコメダコーヒーでモーニング(コーヒーに厚切りトーストとゆで卵がついて370円)の朝飯、それから母校をちらりと見て、車道の駅から地下鉄に乗り、久屋大通へ。三十年前に愛した名画座「ロマン座」を探そうと矢場町までてくてく歩いたが、そんなものはすでになく、原宿の表参道のようにこじゃれた街並みがあるだけ。 鉄板入りの安全靴を履いているので、なんだか疲れてきて、セントラルパークのベンチでホームレスの人たちの間を縫うようにベンチに腰掛けた。 空が光っていて、風が喜んでいて、とてつもなく素晴らしい時間だった。 でも、なぜかラッパーが近くで音をがんがん鳴らし始めたので、また歩きだす。 地下鉄に乗って名古屋駅の名鉄方面へ。 昔、ここでK城学院の可愛い女の子と「ハリケーン」という映画を見たのだ。 その映画館を目指したのだが、やはりなかった。 どうしたんだろう。名古屋から映画館が消えてしまった。 みんなシネコンになってビルのなかに収まってしまったのかな。 それともロードショーでも2本立てにしないと客が入らないと言われた市民性の果て、 ついに消滅したか。そんなバカな。 ああ、なんだか疲れてきた。 しかし、名古屋駅周辺には腰を落として休める場がなく、地下街でアイスコーヒーを飲むも、 再び地下鉄に乗って久屋大通りへ。 6時間さまようというのはなかなかきついことなのだ。 足腰叩きながらセントラルパークのテレビ塔の北側まで歩いていき、 石のベンチがあったので座り込んだ。 そして・・・なにやら目の前に小さな石碑がある。 poetという英文の表示も目に入ったので、 なんだろうなんだろうと立ち上がってそれを見にいった。 しばらく陽光も風も全名古屋市民の息づかいも忘れたほどに、 ボクはそれに見入っていた。 こういう出会いが彷徨の最後に用意されていたのかと、 もうボクはこの日のすべてに感謝をした。 ニューファウンドランドで経験したこと。 そこで表現の芯のようなものを意識しだしたこと。 まさにその路線を確定させるかのように、 「野ざらし紀行」の「冬の日」はそこで待っていてくれたのであった。 きっとあのバカ高校生が熟してこの石碑のある場所の意味がわかるまで、 30年も待っていてくれたのであった。 大きな日となった。 夕暮れを待たずとも素晴らしき良き日だということがわかった。 そして夕暮れ。 ようやく逢えたその人と話をしているうち、 事態は予測もつかない方向へと滑り出していったのであった。 驚いたよ。 でも、今は発表できない。 6月5日のライブが終った段階で、まだこの流れがいきいきと躍動しているなら、 公表いたします。 |
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(ただしライブハウスなので、スタンディングかも。硬い靴で立ったまま聴くのってけっこう疲れるんです。柔らかい靴でいらして下さい) |
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4月17日(土曜日) 帰国の途へ。 えらいこっちゃ。 今度は偏西風に逆らって飛ぶから、 計23時間の旅だぞ。 |
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4月15日(木曜日) カナダ人、ニューファウンドランダーの歌手と対面する日。 そして、この歌手の両親(むっちゃお世話になったのであった)に、 ボクの新曲を捧げる日。 洗濯室で練習した甲斐があったかどうかわからない。 果たしてこのシーンが番組で使われるのかどうかもわからない。 でも、まあ、ここが今回の峠であったことは間違いない。 緊張しつつも時は過ぎ、 気付けばすべてのトライアルは終っていた。 雪だ。雪が降り注ぐ。 霧の中から雪が舞い降りてくる。 気が抜けたのかな。 すこし熱っぽい。 洟もたれてきて。 ああ・・・でも、やり切った充実感で気持ちよくベッドに入る。 番組が縁だとはいえ、 このニューファウンドランドという土地に来られたことを 夢も現実もいっしょくたにして感謝する。 ありがたい日々であった。 |
4月14日(水曜日) さらに移動して、CAPE RACEという岬の灯台に移動する。 「今日、日本人が岬に向かった」というラジオニュースが流れる。 なんだか・・・実は警戒されていたのだったりして。 このあたりのこともすべて番組で見ていただくとして・・・。 とにかく風が冷たい。寒い。 まずいことに咽が痛くなってきた。 風邪の前兆。 明日は歌わなければならないのに。 CAPE RACEの沖合でタイタニックが沈没した日。 そのことに絡んだ取材を終え、 近くの町までカナダ人が運転する車で深夜移動。 カナダ人は「アルルカン洋菓子店」の活動のことを聞くと、 「そんなん、道化師やって言っとうだけで、ごっつい新しいジャンルの開拓とちゃうんか?」と、 いい感じのことを言ってくれた。 そう。 28日はライブです。 そのことも頭にあって、遠く日本を思う。 |
4月13日(火曜日) 土地の人と、荒野の真ん中の湖に釣りに行った。 あんまり寒くて、ミミズも縮みあがっていた。 ミミズも縮み上がったが、ボクの指も縮みあがった。 ミミズつかめずに、ただ指先でこねくり回していた。 そのうち、ミミズが凍ったようになり、 ミミズやってるのも大変だなあと思った。 ミミズ、服着れないからね。 小さなマスを6匹釣った。 3匹リリース。 残り3匹を土地の人に進呈した。 フライにして食べるのだそうだ。 我がチームの今夜の夕飯は、俺製中華麺のカレーあんかけ。 この4日間は即席シェフとして夕飯を作り続ける。 |
4月12日(月曜日) ビンゴ! ニューファウンドランダーのある家庭に捧げる曲ができつつある。 音響がいいので、モーテルの洗濯室にこもって、 洗濯機を回しながら演奏する。 パンツがぎゅるぎゅる回る。 メロはBメロで突然空を突く。 その風景をカメラのYさんがデジカメで撮ってくれた。 いいな。 ジャケ写に使えそう。 |
4月11日(日曜日) 一般の民家で御馳走になっちゃいました。 七面鳥。 サウンドマンのKさんもおかわり。 それにしてもここまで来ると、本当に遠いところにきちゃったなあ、と実感する。 セント・ブライドは強風の町。 ボクらの身長くらいにまで達する木は一本も生えていない。 みな、ハイマツのように地面をCREEPするか、 あとはただひたすら草だの苔だのが風に耐える町。 地球版の竜飛であり羅臼だ。 しかし、ここでもまたたくさんの笑顔の洗礼を受ける。 CBCカナダはテレビでボクらのニュースを流すだけではなく、 ラジオでも「今日の日本人」みたいな報道をしたようだ。 霧を取材しにきたというのが、 どうもかなり変わっていて、 それでいてニューファウンドランダーの琴線に触れたらしい。 たとえて言うなら、 花見に興じる日本人を外国のテレビ局が撮影しにきたようなものだろうか。 でも、だからって、その人たちをずっと追い掛けようとは思わないよね。 原稿仕事。 今回はこちらに持ってこなかった。 だから一日中、言葉や詩を書いたり、ギターを弾いたりして時が過ぎていく。 なんという贅沢。 そして、見失わない自分の芯。 |
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4月9日(金曜日) 様々なことが起きているのだが、 いったいどこでなにがどうなったか、ということは番組を楽しんでもらうこととして、 ボクの内面の焦りについてひとつ。 ディレクターのkさんと話していて決まったことは、 ニューファウンドランド人の生活に触れて、 新曲をひとつ作り、 それを披露しようという企て。 前にも触れたが、 普段ギターはMITSU君に任せている。 なのに一人で弾き語り。 しかもテレビカメラに収まる。 聴衆はカナダの歌手。 となると、これまた脂汗の世界である。 なので今回は暇さえあればギターに触っていた。 ああ、十代の頃からこうであれば・・・と少し過去を顧みたりもしたが、 あの頃はあの頃で色々と懸命だったのだと思えば、 まあ、これがかなり晩生でも自分の人生なのだ。 カナダが生んだ偉大なアーティストに レナード・コーエンという人がいて、 この人はボクの憧れなのだが、 ヒットチャートに初めて顔を出したのは五十を過ぎてからであった。 (ちなみにレナードは今76歳ですが、いまだすけべったらしい素敵なヴォーカリストです) ああ・・・すけべと言えば、 カナダの女性たちはどうしてああもピッタピタのパンツをはかれているのだろう。 明日からしばらく夕飯をとることができない僻地に向かうので 今日は大型スーパーに日数分の食糧を買い出しに行った。 するとスーパーの中まで、 すれ違う女性がみなニコニコ微笑まれるのだ。 ピッタピタのお衣装で。 こういうことは番組の趣旨とはまったく関係のない話なのだが、 敢えて「思い出」という文字を刻みたい。 立場上特にそのことで騒いだりもしなかったが、 本音を言うと「天国みたいなスーパー」であった。 |
4月8日(木曜日) 生まれて初めて、とはっきり断言できる気象現象に歓迎された一日。 (詳しくは5月19日 NHK-BSハイビジョン「世界一番紀行」で) もうひとつ生まれて初めてがあり、 こんなところまで日本の撮影隊が来たということで、 CBCカナダの逆取材を受けることになった。 美しい霧の風景を日本代表のカメラマンYさんがハイビジョンカメラで撮影する。 というシーンをCBCのカメラマンがカナダ代表で撮影する。 という図式があり、 喜んで見ていたのがつかの間、 今度はボクが取材を受けることになった。 「どないでっか。ここらへんの霧は?」 「そもそもなんで霧を見にきはったんで?」 「日本人は霧、どない思うやろう?」 などとカナダ人が訊いてくるので、 ボクもつたない言葉でアーチャラコーチャラと語ったのであった。脂汗でた。 ちなみに、その時の模様が、CBCニュースの記事で読めます。 外国語読める人、チェックしてみてください。 |
4月7日(水曜日) 世界で一番霧が立ち籠める町、セント・ジョーンズ。 5月19日 NHK−BSハイビジョンで放送予定の「世界一番紀行」。 その旅人役でボクはここにやってきたのだが・・・ 詳しくは番組を楽しんでもらうこととして(90分番組だそうです)、 ニューファウンドランドって、どこにあるのかわかる人、どれくらいいるだろう。 かつて北米にいたことがあるので、 地図上の地名としては知っていたけれど、 かなり最果ての地のイメージ。 まさか自分がそこに行くことになるとは思ってもいなかった。 そう。 思ってもいなかったことが続けざまに起きるのが ボクらのLIFEというものだ。 そして・・・やあ、本当に思ってもいなかった。 ここの人たちがどうもなんというか、 本当に、桁外れに人がいいのだ。 撮影で来ている、ということがまったくわからない状況でも、 にこやかに微笑みかけてきてくれる。 たとえばそれは昨日、 トロント空港で小銭がないためにカートを引き出せず、 うーん、どうしようかな、こんなに大荷物を一人で抱えて、 (撮影隊は早めに現地入りしているため、一人旅だったのだ) と迷っているところに、カナダのおばちゃんがするすると進み出てきてくれて、 「これ、よかったら使ってーな」とボクの手に2ドルコインを押し込んだように、 ここにやってきてからは、 この「放っておけない感」に拍車がかかったようなことが次々と起こった。 白人がメインとなる土地を訪れて、 すれ違いざまに老若男女関係なくみんなが目を合わせて微笑んでくれる場所、 というのは生まれて初めての経験で、 そーいえば日本では、まずこんなことはないものなあ、と 若い女性たちが「けっ!」という顔で目をそらす東京での状況というものを鑑み、 でもそれはきっと自分もそのような顔で歩いているからだろうと、 嬉しさの奥に苦みを感じつつ、 久々に高揚した気分で初めての町の通りを歩いたのだった。 しかし・・・笑顔を交わすだけでは番組にならないのも事実。 (そういう番組があってもいいと思うが) 霧の町と人々の暮らし、という触れ込みでボクはここに送られたのに、 一番肝心な単語、fogの発音が通じません。 エフ・オ−・ジーと言い換えて、カナダ人たちがようやく「霧のことかいな」と反応する始末。 この先思いやられる。 |
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カナダへ旅立つ前に入ってきた緊急情報! しまったことをしていた! 5月15日の名古屋ワンマンライブ! 3月15日からチケット発売をしていたのに、 まったくボクは告知をしていませんでした。 関係者の皆さん、すいません! 5月15日(土曜日)の名古屋、5月22日(土曜日)の神戸、 両方のワンマンライブとも、すでに受け付けています! 詳しくは、LIVE-INFO を! |
| 4月5日(月曜日) 明け方。 原稿の一番後ろに「了」と記す。 さて、カナダに行って参ります。 |
| 4月4日(日曜日) 缶詰三日目。ひたすら原稿に向かう。 帰ってきたら、『エッカーマンとゲーテの朗読ライブ』をやろう。 アトリエライブ。定員15名。 |
| 4月3日(土曜日) 缶詰二日目。ひたすら原稿に向かう。 |
| 4月2日(金曜日) 缶詰一日目。ひたすら原稿に向かう。 |
ニューヨークからクレイグ・ステファンが来た。 |
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