ドーランが目にしみる 2010年6月




(Photo)Y. Mitamura


 6月30日(水曜日)
 
 昨夜クランクアップ。
 奈良の橿原神宮から帰ってきました。
 このサイトを読んでくださる皆さんに、なにかすこしずつ情報をと思い、
 TWITTERの情報などにも触れて出発したのが24日前。

 でも、現場のことは何を語っても映画の内容に触れてしまうような気がし、
 結局ほとんど音信不通となりました。
 期待させておいて申し訳ありません。
 
 奈良では、だいたい以下のような生活をしていました。
 1)撮影場所の橿原市でセットの家に住む。
 2)奈良市内の河瀬組編集所で待機。

 待機、といっても自由に過ごせるわけで、
 一週間も撮影がない時は、まあ、奈良公園で歌ったり、
 奈良まち界隈で赤提灯を探したりと、
 かなりの旅気分で過ごさせてもらいました。

 旅行に行き、奈良に長逗留。
 そのついでにちょっと撮影も楽しませてもらった、
 というのが正直なところでしょうか。
 
 あくまでも助演(脇役)ですし、
 映画の大勢に影響を与えるような役ではないかもしれませんが、
 貴重な機会を下さった河瀬直美監督。
 奈良と橿原市を往復してくださったスタッフの皆さん。
 演出部、撮影部、録音部、照明部、記録部の皆さん。
 そして俳優部の皆さん。
 皆さんに大変感謝しています。

 奈良まで遊びにきてくださった編集の方なども。

 「朱花(はねず)の月」は来年秋の公開だそうです。

 (6月7日〜29日までの記録は敢えて伏せます。ごめんなさい)

 

 
 

 


 6月6 日(日曜日)

 今から奈良の橿原神宮に出掛けます。
 今月はもう東京に戻ってきません。

 河瀬直美監督の次回作「朱花の月」に出演します。
 あくまで助演ですが、
 クランクアップまでは現場にいることになると思います。

 原稿仕事があるのでMac Bookは持っていきますが、
 このサイトを維持しているDreamWeaverおよび6年分の蓄積をUPできるだけの
 メモリ容量がないため、今月のサイトはここで一休みです。

 なお、日々の撮影日記、
 またボクと連絡をとりたい人はメールかTwitterを利用ください。

 Twitterでは arlequinX という名前で登録しています。
 
 それではこのサイトでは7月に。
 ライブでは7月9日の大阪ペーニャ、
 7月10日の京都まっちゃん、
 7月11日の滋賀・山本工房でお会いしましょう。

 河瀬監督が再びカンヌの地に立てるよう、
 微力ながら奮闘してまいります。
 そして撮影のない夜間を利用し、
 小説を進めていきたいと思います。


 

 


 6月5日(土曜日) LOVE ASIA当日

 たった30分(実際には40分ほどかかってしまった)の
 「クロコダイルの恋」を聴きにきてくださった皆さん、
 どうもありがとうございました。
 6グループ出演、ノルマ20 枚というきつい縛りのなか、
 ふたを開けてみればアルルカンと言ってチケットを買ってくださった皆さんは
 35名!
 
 本当に感謝しています。
 ありがとうございました。



 6月4日(金曜日) チケットノルマ達成!

 昨日の段階でもうこれ以上は進まないなと思っていたチケットノルマ。
 あきらめて潔い気分だったのですが、
 数名の方から申し込みがあり、
 無事にはけるどころかオーバーいたしました。
 ありがとうございました。

 久々に学生時代の劇団運営や、
 叫ぶ詩人の会初期の悲喜こもごもなどを思い出しました。

 この歳でそういうヒリヒリした感じになっていていいのか、
 という自問は当然ありますが、
 ではどうしたらヒリヒリしなくなるのか?
 という問いかけに対する答えがここ二十年ほど見つかっておりません。

 きっと今後もヒリヒリしながら、
 老いてヒリヒリ果てていくのでしょう。

 ボクはジャグリングもパントマイムもやりませんが、
 詩と歌の道化師だと思っています。
 そういう意味では、ボクの本領発揮は、
 道化師の上に「老」の字がついてからかもしれません。

 いっしょに歳をとっていくと、
 客席もすごそう。

 
 


 6月3日(木曜日) チケットノルマ・・・うーん、まあ、いいやね。たまにはお金払って歌います。

 取材は続く。
 多摩全生園のなかで、ハンセン病快復者のかたとじっくり語り合う。


 今書いているものが二作。
 ひとつは南の島を舞台にしたもので、これは昨年からずっと闘っている。
 自身の符号が合わず三度目の書き直し。

 もうひとつが、らい予防法が廃止(1996年)されてからのハンセン病快復者のみなさんの歩まれてきた日々。
 そこに題材をとった真正面から生きることを問う作品だ。

 資料館を歩いたり、本を開くのもいいが、
 やはり当事者から実際に話を聞くというのが一番自然な取材だ。
 耳に力が入る。
 「聞く」というテーマ、ボクは大事にしたい。

 それにしても、何という日々!




 
 6月2日(水曜日) 5日のイベント出演まであとチケットノルマ4枚

 本日、アルルカン洋菓子店のファンクラブの会員が60名を突破しました。
 皆さん、ありがとうございました。

 また本日、児玉清さん司会の「週刊ブックレビュー」に出演しました。
 菅啓次郎さんの「本は読めないものだから心配するな」(左右社)
 北條民雄全集(上)(東京創元社)
 金時鐘詩集「失くした季節」(藤原書店)の三冊を推薦させてもらいました。

 どういうわけかこの番組の収録中、
 また鼻の奥が緩くなり、
 たらたら鼻水を垂らしながらのつたないトークとなりました。
 前回もそう。

 本を紹介するという行為。
 論理立てて話さなければいけない、
 という、かしこまった何かが、
 ボクの鼻の奥を打つのかもしれません。

 子供の頃はかしこまると言葉が出なくなった。
 ものの数秒も喋れないで立ち往生していた。

 成人した頃からそういうことはなくなったけれど、
 鼻の奥は時々やってしまう。
 叫ぶ詩人の会でデビューした頃もそうだったし。
 この癖なんとかしたい。
 いつも泣いている人みたいだし。

 はなたれ。

 
 


 6月1日(火曜日) 5日のイベント出演まであとチケットノルマ4枚

 嗚呼、6月がきてしまった。
 日々が過ぎていくの、あまりに早いので少し遅らせることにする。
 毎秒とまでは言わないが、毎分、何らかを感じられる神経の網を
 空や草むらや文字や言葉に投げかけていこう。

 といっても、そう踏み込んだ話ではなく、
 「聞く」という態度である。
 今、目の前で揺れている苺の葉っぱの声を聞く。
 そこで遊んでいるスズメの声を聞く。

 ボクはアンテナとなり、
 彼ら彼女たちの実体と影の間を流れていく
 砂のような時、時、時を聞く。

 聞いてどうするのか。
 耳という立ち位置ができる。
 奈良の大仏さんぐらいの耳。

 畝傍山、耳成山、天香具山。
 きっとその真ん中でも聞く。



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