ドーランが目にしみる  2010年9月



 白檀


 9月30日(木曜日)

 中国があんな行動に出て、
 みんなの苛立ちがつのっているというのはわかるのだけれど、
 日本にいる中国の人に対してあからさまな行動を取るというのは、
 結局同じレベルのことをしている、ということになるのではないか。

 アトリエのそばの中華料理屋さん。
 北京飯店「鉄板餃子」。
 夕飯タイムだというのに、客が一人もいないよ。
 一人も。

 農薬餃子の時もここはとばっちりを受けて、
 オール中国人の店だということで客は激減した。
 今回もまた。
 むしろあの時よりひどい感じだ。

 だからランチに行くと盛りが極大化する。

 皿いっぱいの豚肉卵キクラゲ炒め。美味。
 四川風の辛い麻婆豆腐。餃子。
 味噌汁。大盛りご飯。杏仁豆腐。

 これで780円。

 さて、今日は来月23日のライブに向けて、
 初アルルカンの半片兄弟と仕込みに入った。
 イキのいい兄弟だけにライブ当日が楽しみである。

 というわけで、練習後はきのこ鍋でもやろうと思い、
 買い物へ。
 ここでも中国暴落。
 きっとだれも買わないのだろう。

 なんと、(中国産)松茸二本で360円。
 兄弟とともに堪能させていただいた。

 今の中国にはユーモアも詩もない。
 どうしてあんなにきりきりとテンパっているのだろう。
 「馬馬虎虎」(マーマーフーフー)の余裕ある素朴な国はどこに行ってしまったか。
 こういう時は、同じテンションで対峙してしまうと、
 それこそ戦時への階段を登ることになる。

 相手にユーモアも詩もない時はこちらが持つべきだ。
 あの硬い表情の報道官が国威発揚的な言葉を並べる度に、
 こちらはみんな笑っていればいいのではないか。

 ぷっと吹き出したりして。
 座布団取っちゃいなって。
 
 それにしても、アメリカでは時々、
 自分の出身をグレート・チャイナと言う人々と出会った。
 国の上にその種の形容詞、大とかグレートが付き出すと危ない。
 
 属する母体に対する無条件な陶酔。
 アメリカにもたくさんいるけど、そういう人。

 創作の国に住む者なら、一番距離を置かなければいけない陶酔。





 9月29日(水曜日)

 川崎市で食品衛生責任者の講義を受ける。
 修了証がもらえたので、
 店を開きたい時はこれでもう大丈夫。

 講義の大半は食中毒を起こす細菌やウイルスと寄生虫の話であった。
 製菓学校時代に暗唱できるほど聞かされた話ばかり。

 アニサキスの話になると、
 講師が決まって森繁さんの手術に触れる。
 きっと全国の衛生関係の講義で、
 アニサキスが出る度に「森繁さんが〜」と語られているのだろうな。


 新宿の居酒屋でイカの丸焼きを頼んだら、
 なかから数百という単位のアニサキスが出てきて
 ちょっと箸が震えたことがある。
 ワタよりアニサキスが絡みあった束の方が太い感じ。

 イカも大変だったろうな。
 あんなの抱えてどうやって泳いでいたんだろう。

 そうそう。
 最近ホタルイカの生食いで、
 一度寄生するや、
 皮膚と肉の間を走り回る寄生虫が流行しているようです。
 皮膚ごとハサミで切るしか治療法がないそうで、
 「絶対にホタルイカ、生で食べないで」と保健所の方が言っていました。



 9月28日(火曜日)

 トマトクッキー用のドライトマト。
 成城石井が扱わなくなり、
 新宿〜調布界隈で手に入るところとなると、
 高島屋と伊勢丹ぐらいになった。

 これが・・・高い。

 アメリカ製のドライトマトでは乾燥がきつくて、
 一度水で戻さないと刃が入らない。
 しかし、水で戻してしまえば不定量の水分が入り、
 製菓には不向き。これまで何度も失敗した。

 よって、適度な湿り気を帯びたイタリア産のドライトマトがいいのだが、
 今日は高島屋の地下でも残り一袋、80グラム。

 ボクは一枚のクッキーに1グラムのドライトマトを使っているので、
 これでは80枚しか焼成できない。

 国産のものが手に入るようになればいいのだが。
 どこかの農家がやってくれないだろうか。

 ちなみに、米国製(FROM MEXICO)もイタリア製も
 80グラムで600円から700円ぐらい。
 これが当地で買うと、スーパー価格でも
 200グラムで200円ぐらい。

 米の買い取り価格で苦しんでいる農家、
 どこかやらないかな。



 


 9月27日(月曜日)

 #2はヴィヴィアン・リーとローレンス・オリビエの
 「美女ありき」。
 
 トラファルガー海戦でナポレオンの仏西連合艦隊を破った英軍ネルソン提督と、
 エマ・ハミルトンの許されざる愛、を描いた
 その後のメロドラマ系シナリオの教科書みたいな作品。

 現実の世界でもリーとオリビエは許されざる愛、のなかにいたわけで、
 後ろ指をさんざ指されながらもようやく結婚にこぎつけた二人が
 まったく同じような設定を演じた
 ある意味、ドキュメントにも近い禁断の恋の物語。

 というわけで、
 ストーリー的には王道過ぎて面白みに欠ける。
 面白いなあ、と思うのはこういう全う路線の物語を盛り上げる脇役たち。
 彼ら彼女たちの圧倒的な
 「脇がいるから映画が成り立つねん」的演技の前では、
  どう考えてもローレンス・オリビエは大根。

 いい男って、本当に(心底)つまらないなあと再確認できた映画であった。
 (負け惜しみも含めて)

 

 


 9月26日(日曜日)

 よく新聞の広告欄で宣伝している
 (著作権の切れた)「名画のDVD100枚」セットを購入。
 とりあえず#1から観ていくことにする。

 #1は、あー・・・もう何回も観ている「風と共に去りぬ」ですわ。
 これ、3時間半あるんだよね・・・といささかたじろぎつつ、
 しかし#1を飛ばしてこの100作品の鑑賞マラソンをする気にもならず、
 71年前のヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルに見入る。

 特に新しい発見があったわけではないが、
 アトランタの駅が北軍の砲撃で焼け落ちるシーン、
 あれは「キング・コング」の砦のセットを使い回ししたものだという
 どうでもいい知識が今回頭に入っていただけに、
 よくよく観ると確かにそうではないか。

 キング・コングを恐れて原住民が作った砦。
 燃えてるの、あれです。
 あれの前をレット・パトラーの馬車が抜けていく。
 同じスタジオで作った映画だったんですね。

 まあ、そんなことはどうでもいいことで、
 それよりもなによりもやはり、
 クラーク・ゲーブルの男の色気があまりに立ち過ぎていて、
 お伽噺に違いないとわかっていても、
 ぽっと顔が赤らむのは潜在的にあの種の男への憧れというものがあるのだろうか。

 原作でもそうなんだよね。
 ほぼすべての南部の男たちが人種差別をモットーとするKKK団の構成員であるのに対し、
 言わば非国民であるレット・パトラーはそれをよしとしない。
 
 はずれつつ、儲けてる。

 たしかにひとつの理想。


 
 


 9月25日(土曜日)

 この半年ずっと取り組んでいた小説、
 今日をもって初稿に(了)と記しました。
 終わりが見えてきてからが二転三転して厳しかった。

 一年前、酒の席で「書くよ」と宣言した時、
 「どうぞ」と言ってくれた編集者に送ったが、
 さて、どうなるでしょう。
 ここから先、物語が生まれてくれるとありがたい。


 22年前に買っていつも5、6頁読んでは断念していた
 「優雅な生活が最高の復讐である」(リブロポート)
 を今夜とうとう読み切り、
 書棚のなかのタブーがまた一冊減った。めでたし。

 もともとF・スコット・フィッツジェラルドの伝記的レポートなのかなと思って購入したものなのだが、
 話の筋は彼とその妻のゼルダが惹き付けられたマーフィという画家と妻がメイン。
 つまり、フィッツジェラルドは脇役に過ぎないわけで、
 そのへんの違和感があっていつも読むのをやめていたのだと思う。

 でも、なぜか今日はマーフィにボクもまた惹き付けられ、
 一気に最後まで頁をめくるとともに、
 「なんでこれだけ平易で、なんの苦労もなく読める本を今まで途中でやめていたのだろう」と
 かなり不思議な気持ちになった。


 同時に、「基本的にスコット・フィッツジェラルドって苦手だったんだ」ということを思い出し、マーフィ夫妻が一方的に寄ってくるフィッツジェラルド夫妻にどれだけ悩まされたかということを、ずいぶんとリアルに感じた。

 それにしても、生涯でたった十作品しか残していないマーフィの油絵。
 むちゃくちゃ格好良くて、
 40年後にウオーホールなんかがやろうとしたことを、
 1920年代にすでに実現していた・・・そしてあまり理解されなかった、
 というあたりが悲劇的な本なのだが、

 幸福な画家、幸福な作家、というのはどこか矛盾のある言葉なので、
 そう。さもありなん。それでいいのだ。
 と、なんとなく納得して22年かかった旅を終えたのであった。

 


 9月24日(金曜日)

 というわけで、10月23日、新宿LIVE FREAKで行われるライブですが、
 アルルカン洋菓子店の内訳は
 ボクと半片ブラザースの三名です。

 半片ブラザース、初のアルルカンです。
 かつらは人数分あるが、アルルカン靴が一足不足。
 さあ、どうするか。
 どなたか、アルルカン靴がお余りの方・・・
 (いるとは思えないが)
 もしいらしたら貸してください。

 
 

 9月23日(木曜日)

  10月23日のライブは
  アルルカン洋菓子店が三人組になります。

  アルルカンとしてのMITSU君との再会は
  12月23日の「青い部屋」までお待ちください。

  しかし!
  実は三人組のアルルカン洋菓子店、
  これがまた面白うそう!

  なぜなら、生まれて初めてアルルカンになるこの二人とは!

  そうなのです。あの二人なのです。
  間違いなく、
  魂も夢もへんてこ度も今年一番のステージになる可能性あり!


  チケット予約はすでに始まりましたので、
  ぜひぜひお集りください。
  トモフスキーさんとの共演も、
  アルルカン三名、わくわくしながらの秋の入りです。

  実るかね?
  実らせようぞ!




 9月22日(水曜日)

  ここでライブの発表です。

  東京砂漠vol.153』
  2010年10月23日(土)
  新宿LIVE FREAK
  OPEN18:00/START:18:30
  前売2800円/当日3300円(D別)

  【出演】
  ●アルルカン洋菓子店
  ●ひとりTOMOVSKY

  【DJ】
  ●マサル

  チケット予約
  sabakunisumuhito@yahoo.co.jp

 【問い合わせ】
  東京砂漠 090-9100-8629
     
  sabakunisumuhito@yahoo.co.jp
  http://tokyosabaku.fc2web.com/

  新宿LIVE FREAK 03-3351-7542     
     http://www.live-freak.com/

  ということなのですが、ここにきてひとつ大問題が起きました。

  それはある事情により、『MITSU君が参加できない』ということです。

  で、こういうことになりました。

  代役として、二人組のアルルカンが参加します。

  そう・・・その正体は!

 


 9月21日(火曜日)

  さよなら、twitter。
  さよなら、facebook。

  そうしたもので今まで遊んで下さった方、ありがとうございました。

  なにか連絡がある人は、このサイトへ直接メールをください。



 9月20日(月曜日)

  再び小説と格闘。
  勝負にならず。


 9月19日(日曜日)

  彷徨した。
  鉄板の葱焼きをつまみに飲んだ。
  砂肝と九条ねぎをあてにやった。
  豚キムチとともに酒精におこしいただいた。

  関西はいいな。



 9月18日(土曜日)

  奈良、藤原京で河瀬直美監督とトークショー。
  ライトアップされた天香具山を背景に、
  河瀬作品の見所、撮影の内輪話など・・・。

  花火やレーザーショーなどもあり、
  それをぶった切ってトークショーする意味があったのかどうかいまだ疑問だが、
  初秋の飛鳥の空にあがった花火は、
  この夏頑張ったすべての人に「ごくろうさま」と伝えているようで、
  ああ・・・花火にはこういう意味もあったのかと、
  いまさらながら、
  何十年、何百年と続いてきた空の表現に対し、
  すこし深いところに触れたような気持ちになった。

  花火って、娯楽のなかではすでに古典だものね。
  ドンと大きな音がしても、
  胸のなかにはしっとりくる。

  後、河瀬組の若い衆と貝を炭で焼きながら酒を飲んだ。
  これもまた古典。
  バーベキューと聞いた瞬間にやる気が失せるのだけど、
  炭火と聞けばわさびを用意したくなる。



 9月17日(金曜日)

  小説と格闘の一日。
  でも、自分自身とだけ闘っていてはいけない。
  表現とはすべからく、鑑賞者があっての光彩のブリッジである。
  そこは抜くにしろ、立てるにしろ、
  創作者の色気というものである。

  どんな分野でも色気のないものは荒野に過ぎず、
  またそれの濃過ぎるものも興ざめなり。



 
  9月16日(木曜日)

  一昨日、なぜボクが花園神社の建築資材の上で寝ていたかというと、
  それはボクの友人を神社で見失ってしまい、
  なんだか一人ぼっちになってしまったような感があったからなのだが、
  彼は彼で賽銭箱の裏で寝ていたことが今日判明。
  
  このしょうがなさ感というのが、
  無理なく心身ともにフィットするボクの幻のスーツである。
  蕎麦屋で昼から飲んでいる時の後ろめたさのような、
  それでいて窓辺を通る勤め人たちをある種の確信をもって筆記するような、
  居場所。日溜まり。脈拍の最初の一打。

  しょうがない人は、
  忘れていた輪郭をスパイラルになるばかりの闇から引きずり出してくれる。

  全然関係ないけど、
  写真家のアラーキーさんを何かの番組でお迎えした時、
  (そうだ。ボクはその頃、しょうがある人になろうとしてもがいていた)
  ボロボロの古いスーツを赤い糸で修繕したものをお召しになられていた。
  あのしょうがない感じのダンディズムというのは、
  かなり紙一重の感じで、
  しゃれがわかりつつも見せびらかす感じになると即添えないのだが、
  アラーキーさんはそれをしっかり空気ごと着てらした。

  ああ、しょうがない、しょうがない。
  昨日も今日も明日もしょうがない。




  

 9月15日(水曜日)

  強烈な二日酔いで起き上がれず、
  「ホノルル、ブラジル」(菅啓次郎/インスクリプト)に
  旅へ、旅へと連れていっていただく。

  菅先生、
  ランボーにはまったことがフランス語の、
  いや、比較詩学への切符となったと述懐されていた。

  「縁」なり。

  まさに文芸の骨髄は詩であり、
  同時にそれはまた、
  澄んでいながら、
  だれをも抱いてくれる人類の娼である。

  今日はこんなに頭痛を抱えながらも、
  菅先生の名講義で
  高揚する力の航跡、その燐光を久々に見た。




 9月14日(火曜日)

  マイナスの感情というものではなくて、  
  ただ単に力が途絶えてしまったのであり、
  だからだれかに腹を立てたり、
  自分に苛立ったりというものではない。

  果ててしまった自分をすぐ近くから、
  (しかし途方もない距離をもって)
  見ている。
  

  今日明日あたりは一切生産的なことをせず、
  ただ無為に遊ぼうと思った。

  有楽町でディズニーの映画を見た。
  魔法使いの弟子。
  たわいもない時間を過ごそうと思って、
  ビールとホットドッグを手にした。

  なんの予備知識もなくぷらりと入った映画だったのに、
  十年前、
  ボクが暮らしていたニューヨークの42thストリートがやたら出てくる。
  ただのファンタジー映画だろう、考えなくていいんだろうと入ったのに、
  ある意味で、総括を迫られる時間になってしまった。

  でも、それが何だか「縁」というものを感じさせて、
  ボクにとっては無為どころか、
  かなりのささやきを耳に入れた時間となった。

  銀座でライター時代の友人や、 
  その関係者との飲み会に参加する。

  ボクがエロ本でどエロ小説を書いていた頃の友。

  久々にエロ用語を爆発させ、
  百万の乳房の上を這いずり回る。
  盃は重なる。注がれる。注ぐ。

  ああ・・・そういう・・・解放されたの、
  ここ二十年も書いていないんだなあ。

  なんだかそれが疲れの原因ではないか、
  という気もしてきて、
  エロ詩、新しいのやってみようか、などと気勢を上げてぶっ倒れたのが
  午前三時半の新宿花園神社。

  建築資材の上で寝た。
  蚊に刺された。



  
  

 9月13日(月曜日)

  疲れた。
  なんにもやる気がわいてこない。
  爪切りを買いに行って(どうして消えたのだ?)
  ユンケルを飲んで、
  都合六時間ほどただじっとうずくまっている。

  時折襲ってくる虚無の嵐。
  小説がもうすぐゴールだというのに、
  ここに来て、大きなやつに巻き込まれてしまった。

  お酒でも飲むかな。


  

 9月12日(日曜日)

  ボクの疲れは、君の疲れにつながるだろうか。
  ならばボクのエスケープは、君のエスケープにもつながるだろうか。
  たとえば回転寿司で「握りますよ。どんどん言って下さい」と
  職人さんにさんざ言われているのに、
  レーンの上を回ってくる如何にも安そうなイカとか、
  絶対に鯛じゃないタイとか、
  そういうのを皿二十枚ぐらい食べる。
  そして同量のガリをいただく。

  すこし元気が出る。
  これは君も元気が出る方法だろうか。

  実は、寿司ではなく、
  ガリを食べに行っているのだ。

  疲れちゃったよね。
  だからとっておきのサラダのレシピを伝授します。

  トマトをサラダ用にざくざく切って(普通の桃太郎トマトでいいよ)、
  甘酢付けのガリもざくざく切って、
  あとお好みで玉葱を粉々にしたのも入れていっしょに和え、
  冷蔵庫で三時間ぐらい冷やします。

  これ、抜群です。

  ああ、でも・・・『八十日間世界一周』とか読むのもいいよね。
  

  

 9月11日(土曜日)
 
  炎熱と黒煙をただ棒のようになって見ていたあの日から9年。
  あれはどこかの国とどこかの国がぶつかっている
  期限限定の戦争というものではなく、
  人類がいつのまにか抱きかかえ、
  肉にまで育てあげてしまった矛盾、
  敵も味方もないそのかさぶたから噴き出した火柱であった。

  どこそこに武力をもって侵攻したからといって決して答えを得られるわけではない。
  あの炎は人類の内側から噴いたのだから、
  窺うべきは我らの内面の在り方である。


  どれだけ外に向かってミサイルを発射したところで、なにひとつ変わらない。
  それどころか炎熱はよりひどくなるばかりだ。
  
  私のなかの根を断たなければ、
  また同じことが起きる。
  私が正しく、相手は間違っていると思い続けるのであれば、
  永遠にかの焔はやまない。



 
 9月10日(金曜日)

  いい風が吹いている。
  空一面の青からおりてきて、
  今、サンダルの先の指を撫でていった。

  だれもが問題を抱えていて、
  楽なんて言葉はそう簡単には使えず、
  できれば人ごみは避けたい、
  かといって孤立も好まず、といったところなのだけれど、

  いい風が吹いているので、
  はて、そんなに難しいことだったろうか?
  もともとすべて楽なのではないか?
  ずれて望むから苦しいのだ、とわかったような
  わからないような、
  
  その一歩の先を、
  やはり風は撫でていく。
  透明に躍り、
  向こうに海を見せて、
  草むらに消えた。



 9月9日(木曜日)

  e-literatureの「つまみ屋五郎兵衛」、
  三ヶ月半ぶりぐらいに更新しました。
  「好」の巻、その三です。

  カンボジアで撮ってきた写真、
  「芯」の巻のようにUPして生かしたいのですが、
  どういうわけか、「好」の巻になってから
  サーバーの方で弾いてしまいます。

  あれこれやってみたけれど、
  なんとかバージョンを試してみろと続けざまに指令が出て、
  それが一回転してまたなんとかバージョンに戻ってきた時、
  ああ、付き合ってられないと思った。

  ちなみにこのサイトはDREAM WEAVER9で作っているのですが、
  これならまだ対応できる。
  時代と技術はどんどん先に進んでいて、
  そうした知識を持っているかどうかで
  表現の場も選択されていく。
  でも、求められているのは内容だと思うんだけれどな。

  使いだしてまだ半年だよ。
  その段階でユーザーがちんぷんかんぷんになるほど
  バージョンアップしていくの反対。

  と、ぷりぷりしていたのが夕暮れまで・・・。
  今、もう一度試してみたら、
  今度はすんなりUPできた。

  なんだろう。
  よくわからないまま事が運んでいる。

  しかしいずれにしろ、コオロギの写真の掲載に成功!

  
  


  


 9月8日(水曜日)

  宇宙のなかにぽつんと明滅するがごとく、
  君やボクが生まれたのは、
  宇宙とは関係ないことではなくて、
  その大きな大きな潮流のなかで、
  けっこう色々なことが密接に絡み合っての恣意的誕生なのだろう。

  だから、
  宇宙が望んだことであれば背景に莫大な力が働くし、
  そうではないことは幾ら願っても
  実を結ばないままこの一瞬の生を終わらせることになる。

  そのへんの見極めというのは、
  社会的な成功とか、
  経済的な安定とか、
  そうしたことが実は一番目を曇らせてしまう原因であって、

  本当はやはり、
  時間や存在に対する個のフィット感、
  そこに正直になれるかどうかだと思う。


  胸のなかに答えは書かれていて、
  子供の頃から知っていたはずで、
  でも、生活や欲望や見栄が、
  常に障壁となってそれを隠してきたね。

  それに気付いているなら、
  どんな仕事でも、
  どこの国に住んでもいいんだよ。

  星のかけらとして、
  君もステキに光りなさい。



  


 9月7日(火曜日)

  金時鐘さんと鶴見俊輔さんの対談を読んでいたら、
  まさにボクが金時鐘さんの詩集を読んで感じたことが、
  鶴見俊輔さんの言葉として打ち込まれていた。

  で、ボクは何を感じていたのかというと・・・

  金時鐘さんの詩は、
  在日の詩人だからこそ、
  普段の在りようとしての在日の日々が、
  歴史的存在としてのイカイノの日々が、
  また振り返る日々としての半島の叫びが、
  痛切に込められている。
  
  込められていて、
  生まれていて、
  炸裂していて、
  血を流していて、
  そして孤独である。

  しかし、読めば読むほど、
  そのイメージの海に浸れば浸るほど、
  詩は在日を離れ、
  人類の原型としての旅人の視線、
  そのよるべなき風景に「普遍として」近付いていくのだ。

  ボクらは定住者のように思いがちだ。
  原初からある国語を使っているように思いがちだ。
  だが、今こうして書いている字はどうだ。
  漢字は中国を経て半島を通り、この列島へ。
  音はスリランカから海上交流を経てインドシナへ、そして中国、半島、列島へ。
  「日本語の起源」(大野晋/岩波新書)

  では、ひらがなこそが純日本語であるかというと、
  それが生まれた宮廷の成り立ちは
  高松塚古墳の壁画を見るまでもなく、
  大陸の血を引くものである。
 
  その音はタミル語にあるのだから、
  ボクらはやはり、
  アジアの辺境へとやってきた
  移民の末裔である。

  列島の原住民は、討たれたアテルイのごとく、
  移民を根に持つ現日本人の祖先に掃討された。

  旅人の子孫がボクらである。
  その文化はモザイクのごとく全世界から流れ込んでいる。
  では、それがなにか変わったことなのかというと、
  これは人類の共通性格である「移動する」「旅をする」という点に於いて、
  極めて普通のことなのだとボクは思う。

  アリューシャン列島が地続きだった時、
  モンゴロイドは南米の先端、フエゴ島まで行ってまた戻ってきた。
  アンデスのトマト原生種がメキシコまで北上したのは
  そのリバウンド的旅行の結果であるし、

  それがスペインまで到達したのは
  17世紀ヨーロッパの略奪という「移動と旅」があったからだ。
  そしてまたそれが新大陸アメリカにケチャップとして再度戻ったのは、
  ピューリタンに旗を振られた貧民の、洪水のような旅があったからだ。

  そうした理屈をもって、
  日本と半島の間に横たわる百年の声と血と汗から目を離すということではないのだが、
  在日という存在は、
  大阪にいながら、家にいながら、イカイノにいながら旅をしている。
  その目があるから言葉が鮮烈だし、
  定住者には、定住しているという誤解のもとであやふやになっている
  isolation、孤独が詩を昇華させる。

  在日という環境を持ち上げているわけではない。
  しかし、アーサー・ビナードやリービ英雄とはまったく違った意味で、
  日本語を強制的に叩き込まれた人々にとって、
  その言葉をもって詩を書くという行為そのものが、
  すでに旅なのだ。

  極端なことを言えば、
  日本で生まれ、
  人生の途中で詩人として歩き出すなら、
  死ぬのは日本であってはいけない。
  半島でもいい。ヨーロッパでもいい。
  あるいは見知らぬ町のビジネスホテルでもいい。
  客死すべきである。

  ということを言いたくてボクはこの間の週刊ブックレビューで
  金時鐘さんを推したのだが、
  あの時ボクはまたもや洟垂れ小僧になり、
  なんだかよくわからないまま時だけが流れたのだった。

  テレビの前ではいつも間抜けだ。

  18日に、飛鳥の藤原京で河瀬直美さんと対談をすることになった。
  帰りに桃谷というか、生野に行こう。イカイノ、行こう。
  モツ焼いて、マッコルリ飲んで、
  ボクをこの列島に連れてきた二千年ぐらい前のアニキについて考えよう。

  詩があるで。


  

  
  


 9月6日(月曜日)

  真空を抜け、
  方々にとっかかりの足跡をつける日。
  登戸という駅まで行き、
  ぺたんと足跡をつけてくる。

  その昔・・・二十歳の頃だからつまりもう本当に昔の話なのだが、
  友だちと多摩川の岸辺で一升瓶を抱えて飲み始めた。
  その友だちの彼女もやってきて、三人で仲良く飲んだ。
  酔った勢いでボートを借りた。
  泥酔している男二人とボートに乗るのだから、
  この彼女も大した人だが、
  ボートは案の定ひっくり返った。

  ボクは首から上が水面から出ていたが、
  背のあまり高くない友だちと彼女は必死でボートにしがみついていた。
  ボート屋の親父が胸までのゴム長を身につけて
  これまた必死の形相でボートを漕いでやってくる。

  それを見ながらボクはおかしくておかしくて笑っていた。
  一歩間違えば、という状況でなぜあんなに笑っていたのか。
  
  フリフリのドレスを着ていた彼女も
  泥だらけの藻だらけになって岸辺でうふふと笑っていた。
  それを見て、最初は怒っていた友だちも笑いだした。

  若いって、ばかなんだなってことだと思う。
  疑いだらけのなかでも漠然と、
  「まだ始まったばかりなのだ」という、
  (時のことだよ)
  まるで川上から押し寄せてくる水のごとく、
  それが切れるはずなどないと信じていたから。

  とっかかりなど付けなくても、
  一日は煌めいて過ぎていった。

  今は、たとえ一行を記すにも、
  踏み込んだ一歩が必要。
  それでいて初めてつながっていく。

  時が生かしてくれているのではなく、
  自分が生きだしたということかもしれないが。



  

 9月5日(日曜日)

  なにもできず、ただ茫々としている。
  ライブの後はいつもこう。
  一日、蛹に入ります。
  または惑星間旅行の生命維持装置付き千年の眠りカプセル。
  あるいはただのからっぽ。



 9月4日(土曜日)

  昨夜は盛岡・専立寺。
  三回目の本堂とあって、懐かしい場所に帰ってきたような感覚がある。
  
  仏様、毎度お尻を向けてすいません。
  と、胸のなかで詫びつつ、しかしまたお尻を向けての歌となった。

  即興の歌のコーナー。
  心的な地図の歌詞を作り、応える。
  お悩みを吐露された方の気持ちがわかるだけに、
  こちらもまっとうにさらしているのだ。

  いわゆるマインドマップは、効率と理解のため
  (わからない人は検索かけてみて)
  勉強や仕事に使われる機会が最近とみに増えているらしい。
  マインドマップを紙に描く習慣をつけることを
  受験勉強の奥義として売り出した進学塾もある。

  でもボクはそれ以前の問題として、
  自分の心の成り立ちをつかむ上で重宝するものだと思っている。
  ただし、理路整然と紙に描けるものでもなく、
  むしろランボーの「酔っぱらいの船」のような世界観こそ、
  人間の本当の心の在りようではないかという思いがある。


  ボクは(これは誤解を招く言い方かもしれないが)
  詩的な嘘は好きで、
  それはどんなドキュメントよりも嘘がなく、
  真実であるからだ。

  事実を伝えようとする作業は、編み目のように絡む森羅から文字を刻み出す点で嘘になる。
  そこに選択があるから。切り捨てがあるから。
  だから人は小説を読んだりして、
  たとえば殺人事件のその根源に触れようとするわけだ。
  (「カラマーゾフの兄弟」に於ける殺人を囲み記事で伝えることは可能だろう。でも、本当のことを語ろうとすれば、あれだけの分量になる)

  「酔っぱらいの船」のイメージ世界を漂う度にとてつもない安堵が訪れるのは、
  ランボーが本当のことを書いたからだ。

  詩は嘘だらけなのに、嘘がない。


  とはいえ、慣れない人も多かったのではないか。
  感じ入る人が必ず生まれるのがランボーの世界。
  しかし拒絶が起きるのもまたこの世界である。
  お客さんはお金を払い、時間を費やしてきて下さっているのだから、  
  本音を言えば全員に満足してもらいたい。
  それが歌と詩の道化師の仕事である。
  だが、必ずしもそうはならないのがまた、我らの歩む道が遠いことの証し。


  専立寺の住職の御一家、お世話になりました。
  三年間、ありがとうございました。

  
  そして本日は、村田町の願勝寺。
  初めてここでライブをやらさせてもらった時は豪雨。
  昨年は涼しげ。
  そして今年は・・・やはり暑かった。
  かつらをかぶり、ドーランという油脂分を塗ってのライブなので、
  とにかく暑さが大敵。
  
  今日はライブ前に町を一人でぶらぶら歩いた。
  こんなにも古い町並が残っていて、
  風情のあるところだと初めての散歩で気付く。

  ライブで色々なところに行っていても、
  宿から車で現場に直行。
  終わればまた車で最寄り駅まで、という旅でしかないので、
  実は各地の風景についてはなにも知らない。

  村田町をゆっくり旅したくなった。
  というのが、村田町をぶらついた上での率直な気持ち。
  今度、ライブとは関係なしに一度遊びにこよう。

  独特の風格がある本堂でゆったりとしたライブ。
  二人ともズボンまでびしょびしょになるほど汗をかいたが、
  突き抜けていて気分が良かった。

  
  願勝寺の住職の御一家、今年もまたお世話になりました。
  三年間、ありがとうございました。

  
  
  

 9月3日(金曜日) 今日は盛岡の専立寺です。(明日は宮城の勝願寺)

  鉢に水を与えるように、
  静かに文字を綴る。
  息を乱さないように歩き、
  しかし背骨からの歌を。

  その一刻の
  どこまでも広がる田畑のなかで、
  精一杯の伸びをして
  空を見る。

  澄んだ青に、
  わずかに柑橘系の色を加える。

  

 9月2日(木曜日) 明日から東北お寺ツアー。

  毎朝、この指らは、
  その日にしなければいけないことを箇条書きにする。 
  朝は指らも欲張りなので、
  自分たちの能力を越えた仕事量を書き込みがちだ。

  たとえば今日であれば、
  明日からのライブのランスルー、
  今大筋から書き直している小説の一日の進行分、
  PAを運んでくれる人への荷物出し、
  猫小説の増量分などに混じって、
  発声練習だの、ゴミ捨てだの、掃除だのと色々指らは書いている。

  もちろん、これが全部完遂となるわけではない。
  いつもやり残しが出る。
  指らは悲しむが、俺は慰める。
  それでもいいじゃないかと。
  
  ただ、今日は指らが珍しいことを書き入れた。
  こういう作業項目は初めてだ。

  「強気でいなはれ」

  内面の箇条書きなんて、指らもおもしろいことをする。



 9月1日(水曜日) 東北お寺ツアーまであと2日

  詩が中心にある。


  ボクはこれまで、容器に合わせて形を変えていく人間であった。
  小説を書く時は、小説らしいものを書こうと思った。
  ロックを歌っていた時はロックらしい響きを大事にしようと思った。
  朗読をする時は、これが朗読なのだという朗読をしようと思った。
  人世相談を任されれば、日本で一番多くの悩みを聞き届ける人になった。
  お笑いを書いて欲しいと言われれば激しいまでのネタを炸裂させた。


  そんなふうにしてきて・・・
  何が残るのかなとここ十年ずっと考えてきて、
  容器はまだボクの周りにいくつもあるが、
  とにかく詩が残った。
  そして、これしか残らなかった。


  では、詩しか書かないのですか?
  詩しか暗唱しないのですか?
  と問われるとそれは全然違って、
  小説も書くし、歌う。
  でも、この道化師の幹として詩がある。


  詩をする道化師が、詩という容器のなかで小説を書く。
  詩をする道化師が、詩という容器のなかでステージに立つ。
  詩をする道化師が、詩という容器のなかで旅をして酒を飲む。


  つまりはそういうことで・・・。
  長い旅路の果てに、この命の正体がようやく見えてきたのである。


  と・・・この内容は、
  先日「THE BIG ISSUE」の巻頭インタビューで答えたこと。
  胸のうちに秘めておけばいいことで、
  わざわざ明るみに出すこともなかったのだが、
  今、あることを考えていて、
  その発表の前にやはり触れておいた方がいいかなと思ったので。

  
  「詩と朗読」というアトリエ講座をやります。


  形としてはどんなものだろう。
  「金髪先生」に似ているかもしれない。
  (96年から98年にかけ、ボクはテレビ朝日の深夜枠で「金髪先生」という番組を企画し、 世界中のアーティストの生き方とその歌詞に迫った。全部で98回やったよ。すなわち、98の洋楽<中国のバンドもやった。黒豹>の歌詞の意味を考えたわけだ)

  あるいは、お茶の水のパルクで受け持った詩の講座みたいなものだろうか?
  (この時、自分は詩に向かっているのか逃げているのかわからず、ずいぶん半端なことをしてしまったような気配がある。反省しきりのイメージ。でも、最後まで残ってくれた受講生には全員詩の朗読をしてもらい、それを一枚のCDとして制作できたし、みんなでポエトリーリーディングのイベントに参加したりもした)

  または、2006年から2007年にかけてこのアトリエで行った文章と朗読の教室みたいなものだろうか?
  (いつも満員で、講座のあとはみんなでお酒を飲みに行ったりして、それは充実した時間であった。ただ、おしむらくは漠然と「文芸」の周りをうろついていただけだったので、ゲーテやシェイクスピアをやったかと思えばロマン・ロランに飛んだり、はたまた落語に行ったりと、ちょっと情緒不安定的なカリキュラムを組んでしまったことだ)


  いろいろイメージは膨らむが、実は、もっとも詩を勉強したいのはこの自分なのだ。
  古いのから新しいのまで、詩という一枚の切符を持って、人と世界を巡り歩きたい。

  
  そしてこれが、継続的にやりますといったアトリエライブの昇華した姿です。
  ライブというよりも詩学の講座になりますし、実践の場にもなりますが、
  詩を書くことは、詩を生きるということですから、興味ある人はどんどん参加してもらいたい。


  アトリエ講座「詩と朗読」 毎週火曜日 午後7時半〜9時半
  (希望者はこちらをクリック → 詩 
  
  
  

  



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