ドーランが目にしみる 2010年9月 |
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白檀 |
これで780円。 ぷっと吹き出したりして。
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9月29日(水曜日) 川崎市で食品衛生責任者の講義を受ける。 修了証がもらえたので、 店を開きたい時はこれでもう大丈夫。 講義の大半は食中毒を起こす細菌やウイルスと寄生虫の話であった。 製菓学校時代に暗唱できるほど聞かされた話ばかり。 アニサキスの話になると、 講師が決まって森繁さんの手術に触れる。 きっと全国の衛生関係の講義で、 アニサキスが出る度に「森繁さんが〜」と語られているのだろうな。 新宿の居酒屋でイカの丸焼きを頼んだら、 なかから数百という単位のアニサキスが出てきて ちょっと箸が震えたことがある。 ワタよりアニサキスが絡みあった束の方が太い感じ。 イカも大変だったろうな。 あんなの抱えてどうやって泳いでいたんだろう。 そうそう。 最近ホタルイカの生食いで、 一度寄生するや、 皮膚と肉の間を走り回る寄生虫が流行しているようです。 皮膚ごとハサミで切るしか治療法がないそうで、 「絶対にホタルイカ、生で食べないで」と保健所の方が言っていました。 |
9月28日(火曜日) トマトクッキー用のドライトマト。 成城石井が扱わなくなり、 新宿〜調布界隈で手に入るところとなると、 高島屋と伊勢丹ぐらいになった。 これが・・・高い。 アメリカ製のドライトマトでは乾燥がきつくて、 一度水で戻さないと刃が入らない。 しかし、水で戻してしまえば不定量の水分が入り、 製菓には不向き。これまで何度も失敗した。 よって、適度な湿り気を帯びたイタリア産のドライトマトがいいのだが、 今日は高島屋の地下でも残り一袋、80グラム。 ボクは一枚のクッキーに1グラムのドライトマトを使っているので、 これでは80枚しか焼成できない。 国産のものが手に入るようになればいいのだが。 どこかの農家がやってくれないだろうか。 ちなみに、米国製(FROM MEXICO)もイタリア製も 80グラムで600円から700円ぐらい。 これが当地で買うと、スーパー価格でも 200グラムで200円ぐらい。 米の買い取り価格で苦しんでいる農家、 どこかやらないかな。 |
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9月26日(日曜日) よく新聞の広告欄で宣伝している (著作権の切れた)「名画のDVD100枚」セットを購入。 とりあえず#1から観ていくことにする。 #1は、あー・・・もう何回も観ている「風と共に去りぬ」ですわ。 これ、3時間半あるんだよね・・・といささかたじろぎつつ、 しかし#1を飛ばしてこの100作品の鑑賞マラソンをする気にもならず、 71年前のヴィヴィアン・リーとクラーク・ゲーブルに見入る。 特に新しい発見があったわけではないが、 アトランタの駅が北軍の砲撃で焼け落ちるシーン、 あれは「キング・コング」の砦のセットを使い回ししたものだという どうでもいい知識が今回頭に入っていただけに、 よくよく観ると確かにそうではないか。 キング・コングを恐れて原住民が作った砦。 燃えてるの、あれです。 あれの前をレット・パトラーの馬車が抜けていく。 同じスタジオで作った映画だったんですね。 まあ、そんなことはどうでもいいことで、 それよりもなによりもやはり、 クラーク・ゲーブルの男の色気があまりに立ち過ぎていて、 お伽噺に違いないとわかっていても、 ぽっと顔が赤らむのは潜在的にあの種の男への憧れというものがあるのだろうか。 原作でもそうなんだよね。 ほぼすべての南部の男たちが人種差別をモットーとするKKK団の構成員であるのに対し、 言わば非国民であるレット・パトラーはそれをよしとしない。 はずれつつ、儲けてる。 たしかにひとつの理想。 |
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9月24日(金曜日) というわけで、10月23日、新宿LIVE FREAKで行われるライブですが、 アルルカン洋菓子店の内訳は ボクと半片ブラザースの三名です。 半片ブラザース、初のアルルカンです。 かつらは人数分あるが、アルルカン靴が一足不足。 さあ、どうするか。 どなたか、アルルカン靴がお余りの方・・・ (いるとは思えないが) もしいらしたら貸してください。 |
9月23日(木曜日) 10月23日のライブは アルルカン洋菓子店が三人組になります。 アルルカンとしてのMITSU君との再会は 12月23日の「青い部屋」までお待ちください。 しかし! 実は三人組のアルルカン洋菓子店、 これがまた面白うそう! なぜなら、生まれて初めてアルルカンになるこの二人とは! そうなのです。あの二人なのです。 間違いなく、 魂も夢もへんてこ度も今年一番のステージになる可能性あり! チケット予約はすでに始まりましたので、 ぜひぜひお集りください。 トモフスキーさんとの共演も、 アルルカン三名、わくわくしながらの秋の入りです。 実るかね? 実らせようぞ! |
9月22日(水曜日) ここでライブの発表です。 東京砂漠vol.153』 2010年10月23日(土) 新宿LIVE FREAK OPEN18:00/START:18:30 前売2800円/当日3300円(D別) 【出演】 【DJ】 チケット予約 【問い合わせ】 新宿LIVE FREAK 03-3351-7542 ということなのですが、ここにきてひとつ大問題が起きました。
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9月21日(火曜日) さよなら、twitter。 さよなら、facebook。 そうしたもので今まで遊んで下さった方、ありがとうございました。 なにか連絡がある人は、このサイトへ直接メールをください。 |
9月20日(月曜日) 再び小説と格闘。 勝負にならず。 |
9月19日(日曜日) 彷徨した。 鉄板の葱焼きをつまみに飲んだ。 砂肝と九条ねぎをあてにやった。 豚キムチとともに酒精におこしいただいた。 関西はいいな。 |
9月18日(土曜日) 奈良、藤原京で河瀬直美監督とトークショー。 ライトアップされた天香具山を背景に、 河瀬作品の見所、撮影の内輪話など・・・。 花火やレーザーショーなどもあり、 それをぶった切ってトークショーする意味があったのかどうかいまだ疑問だが、 初秋の飛鳥の空にあがった花火は、 この夏頑張ったすべての人に「ごくろうさま」と伝えているようで、 ああ・・・花火にはこういう意味もあったのかと、 いまさらながら、 何十年、何百年と続いてきた空の表現に対し、 すこし深いところに触れたような気持ちになった。 花火って、娯楽のなかではすでに古典だものね。 ドンと大きな音がしても、 胸のなかにはしっとりくる。 後、河瀬組の若い衆と貝を炭で焼きながら酒を飲んだ。 これもまた古典。 バーベキューと聞いた瞬間にやる気が失せるのだけど、 炭火と聞けばわさびを用意したくなる。 |
9月17日(金曜日) 小説と格闘の一日。 でも、自分自身とだけ闘っていてはいけない。 表現とはすべからく、鑑賞者があっての光彩のブリッジである。 そこは抜くにしろ、立てるにしろ、 創作者の色気というものである。 どんな分野でも色気のないものは荒野に過ぎず、 またそれの濃過ぎるものも興ざめなり。 |
| 9月16日(木曜日) 一昨日、なぜボクが花園神社の建築資材の上で寝ていたかというと、 それはボクの友人を神社で見失ってしまい、 なんだか一人ぼっちになってしまったような感があったからなのだが、 彼は彼で賽銭箱の裏で寝ていたことが今日判明。 このしょうがなさ感というのが、 無理なく心身ともにフィットするボクの幻のスーツである。 蕎麦屋で昼から飲んでいる時の後ろめたさのような、 それでいて窓辺を通る勤め人たちをある種の確信をもって筆記するような、 居場所。日溜まり。脈拍の最初の一打。 しょうがない人は、 忘れていた輪郭をスパイラルになるばかりの闇から引きずり出してくれる。 全然関係ないけど、 写真家のアラーキーさんを何かの番組でお迎えした時、 (そうだ。ボクはその頃、しょうがある人になろうとしてもがいていた) ボロボロの古いスーツを赤い糸で修繕したものをお召しになられていた。 あのしょうがない感じのダンディズムというのは、 かなり紙一重の感じで、 しゃれがわかりつつも見せびらかす感じになると即添えないのだが、 アラーキーさんはそれをしっかり空気ごと着てらした。 ああ、しょうがない、しょうがない。 昨日も今日も明日もしょうがない。 |
9月15日(水曜日) 強烈な二日酔いで起き上がれず、 「ホノルル、ブラジル」(菅啓次郎/インスクリプト)に 旅へ、旅へと連れていっていただく。 菅先生、 ランボーにはまったことがフランス語の、 いや、比較詩学への切符となったと述懐されていた。 「縁」なり。 まさに文芸の骨髄は詩であり、 同時にそれはまた、 澄んでいながら、 だれをも抱いてくれる人類の娼である。 今日はこんなに頭痛を抱えながらも、 菅先生の名講義で 高揚する力の航跡、その燐光を久々に見た。 |
9月14日(火曜日) マイナスの感情というものではなくて、 ただ単に力が途絶えてしまったのであり、 だからだれかに腹を立てたり、 自分に苛立ったりというものではない。 果ててしまった自分をすぐ近くから、 (しかし途方もない距離をもって) 見ている。 今日明日あたりは一切生産的なことをせず、 ただ無為に遊ぼうと思った。 有楽町でディズニーの映画を見た。 魔法使いの弟子。 たわいもない時間を過ごそうと思って、 ビールとホットドッグを手にした。 なんの予備知識もなくぷらりと入った映画だったのに、 十年前、 ボクが暮らしていたニューヨークの42thストリートがやたら出てくる。 ただのファンタジー映画だろう、考えなくていいんだろうと入ったのに、 ある意味で、総括を迫られる時間になってしまった。 でも、それが何だか「縁」というものを感じさせて、 ボクにとっては無為どころか、 かなりのささやきを耳に入れた時間となった。 銀座でライター時代の友人や、 その関係者との飲み会に参加する。 ボクがエロ本でどエロ小説を書いていた頃の友。 久々にエロ用語を爆発させ、 百万の乳房の上を這いずり回る。 盃は重なる。注がれる。注ぐ。 ああ・・・そういう・・・解放されたの、 ここ二十年も書いていないんだなあ。 なんだかそれが疲れの原因ではないか、 という気もしてきて、 エロ詩、新しいのやってみようか、などと気勢を上げてぶっ倒れたのが 午前三時半の新宿花園神社。 建築資材の上で寝た。 蚊に刺された。 |
9月13日(月曜日) 疲れた。 なんにもやる気がわいてこない。 爪切りを買いに行って(どうして消えたのだ?) ユンケルを飲んで、 都合六時間ほどただじっとうずくまっている。 時折襲ってくる虚無の嵐。 小説がもうすぐゴールだというのに、 ここに来て、大きなやつに巻き込まれてしまった。 お酒でも飲むかな。 |
9月12日(日曜日) ボクの疲れは、君の疲れにつながるだろうか。 ならばボクのエスケープは、君のエスケープにもつながるだろうか。 たとえば回転寿司で「握りますよ。どんどん言って下さい」と 職人さんにさんざ言われているのに、 レーンの上を回ってくる如何にも安そうなイカとか、 絶対に鯛じゃないタイとか、 そういうのを皿二十枚ぐらい食べる。 そして同量のガリをいただく。 すこし元気が出る。 これは君も元気が出る方法だろうか。 実は、寿司ではなく、 ガリを食べに行っているのだ。 疲れちゃったよね。 だからとっておきのサラダのレシピを伝授します。 トマトをサラダ用にざくざく切って(普通の桃太郎トマトでいいよ)、 甘酢付けのガリもざくざく切って、 あとお好みで玉葱を粉々にしたのも入れていっしょに和え、 冷蔵庫で三時間ぐらい冷やします。 これ、抜群です。 ああ、でも・・・『八十日間世界一周』とか読むのもいいよね。 |
9月11日(土曜日) 炎熱と黒煙をただ棒のようになって見ていたあの日から9年。 あれはどこかの国とどこかの国がぶつかっている 期限限定の戦争というものではなく、 人類がいつのまにか抱きかかえ、 肉にまで育てあげてしまった矛盾、 敵も味方もないそのかさぶたから噴き出した火柱であった。 どこそこに武力をもって侵攻したからといって決して答えを得られるわけではない。 あの炎は人類の内側から噴いたのだから、 窺うべきは我らの内面の在り方である。 どれだけ外に向かってミサイルを発射したところで、なにひとつ変わらない。 それどころか炎熱はよりひどくなるばかりだ。 私のなかの根を断たなければ、 また同じことが起きる。 私が正しく、相手は間違っていると思い続けるのであれば、 永遠にかの焔はやまない。 |
| 9月10日(金曜日) いい風が吹いている。 空一面の青からおりてきて、 今、サンダルの先の指を撫でていった。 だれもが問題を抱えていて、 楽なんて言葉はそう簡単には使えず、 できれば人ごみは避けたい、 かといって孤立も好まず、といったところなのだけれど、 いい風が吹いているので、 はて、そんなに難しいことだったろうか? もともとすべて楽なのではないか? ずれて望むから苦しいのだ、とわかったような わからないような、 その一歩の先を、 やはり風は撫でていく。 透明に躍り、 向こうに海を見せて、 草むらに消えた。 |
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9月8日(水曜日) 宇宙のなかにぽつんと明滅するがごとく、 君やボクが生まれたのは、 宇宙とは関係ないことではなくて、 その大きな大きな潮流のなかで、 けっこう色々なことが密接に絡み合っての恣意的誕生なのだろう。 だから、 宇宙が望んだことであれば背景に莫大な力が働くし、 そうではないことは幾ら願っても 実を結ばないままこの一瞬の生を終わらせることになる。 そのへんの見極めというのは、 社会的な成功とか、 経済的な安定とか、 そうしたことが実は一番目を曇らせてしまう原因であって、 本当はやはり、 時間や存在に対する個のフィット感、 そこに正直になれるかどうかだと思う。 胸のなかに答えは書かれていて、 子供の頃から知っていたはずで、 でも、生活や欲望や見栄が、 常に障壁となってそれを隠してきたね。 それに気付いているなら、 どんな仕事でも、 どこの国に住んでもいいんだよ。 星のかけらとして、 君もステキに光りなさい。 |
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9月6日(月曜日) 真空を抜け、 方々にとっかかりの足跡をつける日。 登戸という駅まで行き、 ぺたんと足跡をつけてくる。 その昔・・・二十歳の頃だからつまりもう本当に昔の話なのだが、 友だちと多摩川の岸辺で一升瓶を抱えて飲み始めた。 その友だちの彼女もやってきて、三人で仲良く飲んだ。 酔った勢いでボートを借りた。 泥酔している男二人とボートに乗るのだから、 この彼女も大した人だが、 ボートは案の定ひっくり返った。 ボクは首から上が水面から出ていたが、 背のあまり高くない友だちと彼女は必死でボートにしがみついていた。 ボート屋の親父が胸までのゴム長を身につけて これまた必死の形相でボートを漕いでやってくる。 それを見ながらボクはおかしくておかしくて笑っていた。 一歩間違えば、という状況でなぜあんなに笑っていたのか。 フリフリのドレスを着ていた彼女も 泥だらけの藻だらけになって岸辺でうふふと笑っていた。 それを見て、最初は怒っていた友だちも笑いだした。 若いって、ばかなんだなってことだと思う。 疑いだらけのなかでも漠然と、 「まだ始まったばかりなのだ」という、 (時のことだよ) まるで川上から押し寄せてくる水のごとく、 それが切れるはずなどないと信じていたから。 とっかかりなど付けなくても、 一日は煌めいて過ぎていった。 今は、たとえ一行を記すにも、 踏み込んだ一歩が必要。 それでいて初めてつながっていく。 時が生かしてくれているのではなく、 自分が生きだしたということかもしれないが。 |
9月5日(日曜日) なにもできず、ただ茫々としている。 ライブの後はいつもこう。 一日、蛹に入ります。 または惑星間旅行の生命維持装置付き千年の眠りカプセル。 あるいはただのからっぽ。 |
9月4日(土曜日) 昨夜は盛岡・専立寺。 三回目の本堂とあって、懐かしい場所に帰ってきたような感覚がある。 仏様、毎度お尻を向けてすいません。 と、胸のなかで詫びつつ、しかしまたお尻を向けての歌となった。 即興の歌のコーナー。 心的な地図の歌詞を作り、応える。 お悩みを吐露された方の気持ちがわかるだけに、 こちらもまっとうにさらしているのだ。 いわゆるマインドマップは、効率と理解のため (わからない人は検索かけてみて) 勉強や仕事に使われる機会が最近とみに増えているらしい。 マインドマップを紙に描く習慣をつけることを 受験勉強の奥義として売り出した進学塾もある。 でもボクはそれ以前の問題として、 自分の心の成り立ちをつかむ上で重宝するものだと思っている。 ただし、理路整然と紙に描けるものでもなく、 むしろランボーの「酔っぱらいの船」のような世界観こそ、 人間の本当の心の在りようではないかという思いがある。 ボクは(これは誤解を招く言い方かもしれないが) 詩的な嘘は好きで、 それはどんなドキュメントよりも嘘がなく、 真実であるからだ。 事実を伝えようとする作業は、編み目のように絡む森羅から文字を刻み出す点で嘘になる。 そこに選択があるから。切り捨てがあるから。 だから人は小説を読んだりして、 たとえば殺人事件のその根源に触れようとするわけだ。 (「カラマーゾフの兄弟」に於ける殺人を囲み記事で伝えることは可能だろう。でも、本当のことを語ろうとすれば、あれだけの分量になる) 「酔っぱらいの船」のイメージ世界を漂う度にとてつもない安堵が訪れるのは、 ランボーが本当のことを書いたからだ。 詩は嘘だらけなのに、嘘がない。 とはいえ、慣れない人も多かったのではないか。 感じ入る人が必ず生まれるのがランボーの世界。 しかし拒絶が起きるのもまたこの世界である。 お客さんはお金を払い、時間を費やしてきて下さっているのだから、 本音を言えば全員に満足してもらいたい。 それが歌と詩の道化師の仕事である。 だが、必ずしもそうはならないのがまた、我らの歩む道が遠いことの証し。 専立寺の住職の御一家、お世話になりました。 三年間、ありがとうございました。 そして本日は、村田町の願勝寺。 初めてここでライブをやらさせてもらった時は豪雨。 昨年は涼しげ。 そして今年は・・・やはり暑かった。 かつらをかぶり、ドーランという油脂分を塗ってのライブなので、 とにかく暑さが大敵。 今日はライブ前に町を一人でぶらぶら歩いた。 こんなにも古い町並が残っていて、 風情のあるところだと初めての散歩で気付く。 ライブで色々なところに行っていても、 宿から車で現場に直行。 終わればまた車で最寄り駅まで、という旅でしかないので、 実は各地の風景についてはなにも知らない。 村田町をゆっくり旅したくなった。 というのが、村田町をぶらついた上での率直な気持ち。 今度、ライブとは関係なしに一度遊びにこよう。 独特の風格がある本堂でゆったりとしたライブ。 二人ともズボンまでびしょびしょになるほど汗をかいたが、 突き抜けていて気分が良かった。 願勝寺の住職の御一家、今年もまたお世話になりました。 三年間、ありがとうございました。 |
9月3日(金曜日) 今日は盛岡の専立寺です。(明日は宮城の勝願寺) 鉢に水を与えるように、 静かに文字を綴る。 息を乱さないように歩き、 しかし背骨からの歌を。 その一刻の どこまでも広がる田畑のなかで、 精一杯の伸びをして 空を見る。 澄んだ青に、 わずかに柑橘系の色を加える。 |
9月2日(木曜日) 明日から東北お寺ツアー。 毎朝、この指らは、 その日にしなければいけないことを箇条書きにする。 朝は指らも欲張りなので、 自分たちの能力を越えた仕事量を書き込みがちだ。 たとえば今日であれば、 明日からのライブのランスルー、 今大筋から書き直している小説の一日の進行分、 PAを運んでくれる人への荷物出し、 猫小説の増量分などに混じって、 発声練習だの、ゴミ捨てだの、掃除だのと色々指らは書いている。 もちろん、これが全部完遂となるわけではない。 いつもやり残しが出る。 指らは悲しむが、俺は慰める。 それでもいいじゃないかと。 ただ、今日は指らが珍しいことを書き入れた。 こういう作業項目は初めてだ。 「強気でいなはれ」 内面の箇条書きなんて、指らもおもしろいことをする。 |
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