ドーランが目にしみる 2008年11月

 


 11月30日(日曜日)

    心機一転。
    PHPに掲載される小説を書く。
    今夜は徹夜になります。
    うさこちゃんの目はうさこちゃんのままですが、視力には影響ないみたい。

    月またぎの執筆。

 

 11月29日(土曜日)

    さあ、今日は下北沢の都民教会でライブだ!
    今俺たち、徐々に力の出し方がわかってきたところで、バツーンと焦点から声や音を出せる感じ。
    と、メンタル面ではなかなかいい状況なのだが、片目がうさちゃんなので
    腹の底から力を出して歌う(すなわち、いきむ、きばる)ことに若干の不安も。

    でも、集まって下さったお客さんの前で、力の入らないものはできないでしょう。
    力の入らない歌い方をする場所があったとしても、それは力いっぱい力の入らない歌い方をしているだけであって
    つまり、腹筋と横隔膜の上ですべては成り立っているわけです。

    なんて言っている場合じゃないことに気付いたのが、開演30分前。
    アトリエを出る時から集中力が高まっていたのだが・・・それが高まり過ぎて、
    見えるものが見えなくなっていた。

    何と、かつらを忘れたのです。
    今日はかつらのない道化師なのです。

    ああ、もう! 昔からこのウスラバカが、こういうことをよくやるのです。
    中学の時、バスケット部の最初の試合で、バッシュを忘れたのはこの俺です。

    なんとか、ミツ君のスカーフを借りて海賊風の道化になりましたが
    (半片ブラザースの半ちゃん、開演直前まで下北じゅうをかつら探して歩いてくれたよ)
    まあ、始まってしまえば、あんまり気にならないものですね。

    前半、ちょっと寒かったせいか二人とも浮き足立ったところが出てしまったのだが
    (ライブ前は体を暖めろという教訓!)
    だんだんと腰が座ってきて寒さも飛び、芯から歌えるようになったのは半分近く来てからか。
    (遅い! それではいかん!)

    と、またもや反省色々あれど、命の入ったライブにはなったと思っています。

    ライブに来ていただいた皆さん。
    遠くは仙台や福岡からも。
    本当にありがとうございました。

    日本初の歌う道化師がどこまで旅をしていくのか、いっしょに歩いていただければ幸いです。

    あと、いつものクッキーショーですが・・・今日のトマトクッキーは評判よかったです。


 11月28日(金曜日)

    なんとー!
    右目から出血!
    まじかよ、明日ライブなのに。

    白目から血が出てきた。
    目の半分が真っ赤っかです。

    痛みはないんだけれど。
    明日、都民教会で御会いする皆さん。
    片目がうさちゃんみたいに真っ赤ですが、お許しください!


 11月27日(木曜日)

    書きまくりの歌いまくりである。
    咽がちょっといっちゃったかなあ。
    ライブ前、これぐらいの負荷がちょうどいいか。


 11月26日(水曜日)

    結局、歌も小説も、こういうものが理想だろう、こういうふうであらねばいけないのだろう
    などと考えているうちは、自分のものになっていないのだと思う。

    歌い方ひとつとっても、クラシックでない限り、そこはどうオリジナリティを表現していくのか
    自分にとっての歌への思想みたいなものが出てこないと、
    聴いている人の心には迫れないのだと思うな。

    なぜかというと、まず自分の心に迫っていないといけないから。
    そういう意味では、肉体を通り越えた思想は大事だ。

    歌って何なんだろう。
    物語りって何なんだろう。

    こういうことは、年令とともに答えが変わっていくかもしれないから、
    だから一生取り組めるんだ。


 11月25日(火曜日)

    もう午後3時を過ぎていたけれど、昼御飯を食べていなかったので、どうしようかなあっと・・・
    それで、新宿の駅のすぐそば、雑居ビルの5階にあるトルコ料理屋さんに一人で入った。

    キャベツとトマトとひき肉の炒めものランチ。850円。

    どんなのが出てくるのかなあと思ったら、あなた、すげえオーセンティックじゃないですか。
    ホンマモノですよ。

    まずは豆のスープ。うん、上出来。いきなり気分はイスタンブール。
    それでチーズのかかったサラダがやってきて、これもそのあたりのファミレスに比べれば大したもの。
    ほんで、熱々のピタパンに溶かしバターが乗ってるのね。
    ここにメインがどーんときます。
    ヨーグルトが盛ってあるので、トルコ気分でそれをぐちゃぐちゃにかき混ぜ、トマトソースと和えてから
    口に運ぶと・・・これは凄い。いや、本当にホンマモノ。至福。

    しかもこの後、トルコのシロップ漬けの御菓子とチャーイがついて、え、本当に850円?

    店員は全員トルコ人です。
    店長はジョージ・クルーニーのそっくりさんで、唯一日本語が話せます。
    店員はハンサムなトルコ青年ですが、「いつオープンしたんですか?」と聞いたら
    「ゴチャゴチャゴチャ...オープン?」と逆に聞き返されてしまいました。

    いやー、ここで夜飲むの、楽しみだわ。
    いい店みっけ!



 11月24日(月曜日)

    今日は曼陀羅画の田内万里夫さんが延々20メートルの曼陀羅ライブペインティングに挑戦する日である。
    東京美術クラブのコンテンポラリーアート展で生勝負。

    彼が奮闘しているところを後ろからずっと見ていた。
    絵って、完成したものを見るより、それを描いているところを見ている方がずっと面白かったりして。

    ぼくは絵を描く友だちが何人かいるのだが、みんなタイプがそれぞれ違っていて、
    画家とはこういう感じの人です、なんて絶対に言えないところが面白い。

    まあ、本を書く人も千差万別ですが。

    万里夫さんの場合は、胸中(頭の中? あるいは胴?)に浮かんだ宇宙感がそのまま手先に現れてくるところが
    非常に刺激的なのだが、でも、描いているところを見るともっと別の力に打たれる。

    なんつーか、この・・・根気である。
    たとえばマルを二十万個ぐらい描くことが、それをやり続けることがこの人の場合、平気なのだ。

    ぼくは50個ぐらいで飽きてしまうのだけれど。

    で、そういう人間の本能のようなものを超越して踏ん張っている人を見ると、
    そこはかとなく感動が込み上げてくる。

    でもね、ドミノを20万個立てる人を見ても感じ入ることはないんだよ。
    やっぱり超人的な根気プラス、その人の魂のオリジナリティみたいなものがあって
    初めて宇宙的な花が咲く。


 11月23日(日曜日)

    歌はイタリアにあり。
    意義なし。

    カンツオーネを聴きまくる。
    とりあえず100曲ほどの楽譜があり、とりあえず25曲ほどアトランダムに入ったMDがある。
    ボイトレの先生が下さったのだ。

    下さったのだが・・・その25曲がなんというタイトルの曲なのかは謎なのである。
    耳で聴いて、譜面を見て、そこに書かれているイタリア語の歌詞、ないしは音符の運びで曲名を当てなさい、
    という謎なぞ訓練なのであろう。

    やったろうやないけ。
    と、一曲聴く度に100種類の楽譜をめくっていく。

    効率が・・・わ、わ、悪すぎる。
    でもこれ以外方法がない。

    4時間ほど聴き続けて、何とか19曲のタイトルがわかった。
    ついでに心はナポリの海岸に飛んでいた。

    今はでも、ナポリの海岸、ゴミの不法投棄で汚いんだよな。


 11月22日(土曜日)

    今日は朝から晩まで思いきり働きました。
    唯一息を抜いたのは、ミツ君と近所の中華料理屋に入った時です。

    餃子と味噌ラーメンのネギ別盛り。
    これを頼むと、丼一杯分のネギが付いてきます。
    風邪をひかないためにも、くっさい野菜をこうして摂っておきたいものです。

    でも、ネギを食べているのかメンを食べているのかわからなくなるので、
    バランス感はやっぱり大事かも。

    すげえ、ネギだ。すげえ、ネギだ。
    ミツ君、くり返しの感嘆。


 11月21日(金曜日)

    歌の勉強で使う教材を買いに行き・・・ドキドキしながら紀伊国屋本店も覗いてみる。
    我が新刊「星の降る町〜六甲山の奇跡」(メディア・ファクトリー)はいったいどこに置かれているだろうかと。

    ありました。
    なんと、一階の文芸コーナーで、「花鯛」(文藝春秋)と並んで平積みにされているではないか。
    ありがたいことに、「花鯛」は四ヶ月連続の平積みだ。
    その横にあるので、二冊どーんと平積み。
    あの超激選区で、しかもあんまり売れていないのにそういう扱いをして下さる。

    紀伊国屋の一階の方、誰だかわかりませんが、まじで有り難いです。
    新宿方面に御用がおありの方。
    一階の奥の文芸のコーナーですからね。
    手にとってまずは数頁読んでみて下さい。

    本当、お願いします。(担当編集者ともども、深々と頭を下げつつ)


    

 11月20日(木曜日)

    練習を終えた後、ミツ君と仙川の円満寿司へ。
    なんのことはない回転寿司です。
    いつも桐朋音大の学生さんたちで賑わっています。
    皆さん、チェロやバイオリンケースを寿司がぐるぐる流れていく横に立て掛けて
    「コハダ握って下さい」なんて頼んでいる。

    ボクもたまにここに入ってしまう。
    なぜかというと・・・

    ふかひれ手巻き(185円)の、とりこになってしまったからです。

    ふかひれスープのふかひれね。
    ふかひれの姿煮なんてものもありますけれど、あれはちょっと値段がああなもんで
    食べたい時に食べるというわけにはいきません。

    なので、ばらばらに煮込んだふかひれを巻いてあるここの寿司がボクぐらいにはお似合いです。

    あ、円満寿司はお兄さんお姉さんたちの感じもいいですよ。
    回転寿司屋さんとしてはお薦めです。

    仙川の商店街も一見の価値あり。
    戸越銀座の三分の一ぐらいの迫力があります。



 11月19日(水曜日)

    初めてWAHAHA本舗の芝居を見に行った。
    客演の坂本明さん、すさまじく良かった。
    舞台の上で40年生きてきたこと。
    その凄みが、なんとも言えない軽さとなって出てくるところがインパクトである。

    なんというか。
    フランス菓子の生地の軽さ。
    泡を抱き込んで軽く軽く、でもオーブンから出した時に気泡を吐き出さず、すなわちしぼまない生地。

    見かけも大事だけれど、軽妙にして上品、なおかつタフな生地が焼けるようになればパティシェとして
    一人前なのだろう。
    坂本明さんにはそれがあった。

    しかし、坂本さん・・・。
    「目蓋の母」なんてベタベタな劇中劇をあてがわれていて、それを見事に演じ切って
    会場中を泣かせてしまうのだから天晴れだ。



    

 11月18日(火曜日)

    今日からいよいよヴォイス・トレーニングの先生につく。
    もう一度基本から、ゼロから声というものを追求していく日々が始まる。
    
    で、いきなりだが・・・
    わかったつもりでやっていた腹式呼吸が、ただの力任せのお腹凹凸運動であったことが露呈してしまった。
    根幹部分の感覚を調整していかなければならないので、多少の戸惑いはある。
    
    でも、それが楽しい。
    学ぶという行為は、おそらくどんな娯楽よりもぼくを刺激する。

    こういう時だよね。
    中学校の頃の参考書からもう一度読み直してみようかと思うのは。
    これまで学んできたことの9割以上は頭に残っていないという自信?があって、
    でも、もう一度学び直すことによって、中高生の頃よりもっと効率よく頭に入ってくるのではないか
    という気もするもの。

    サラセン帝国とか、バラ戦争とか、対数関数とか、ミトコンドリア回路とか
    あの頃は上から降ってくるばかりで、嫌なものでしたね。
    だけど、どう?
    こちらからワッハッハって笑いながら向かっていくという作戦は。

    意味ないじゃんて言われても困るんだけどさ。
    そんなこともないと思うよ。


    

 11月17日(月曜日)

    あの・・・メッセージ本を頼まれた皆さん。
    たしかにぼくは「お金のある時に振り込んで下さい」とシートに書きましたが、
    それはまあ、言葉としては潤滑油のようなもので、「すぐに振り込んで下さい」なんて
    ぎすぎすした言葉は避けたかったから・・・なのね。

    だから真に受けて、「ああ、いつ振り込んでもいいんだ」なんてのんびりしてちゃだめよ。
    今日初めて経理的処理をして、あまりにお金を払ってくれていない人が多いんで
    呆然として、牛乳一気飲みしました。

    利益を得ている仕事ではないのです。
    なので、こんなことになってしまうともの凄い持ち出しです。

    まあ、それも人生なんですけどね。わはは。

    ただ、このままでは企画そのものが続かなくなるので、
    心当たりがある方は、本代ぴしっとよろしくね。

    人間を信じてやっているんだよ。



 11月16日(日曜日)

    道化師の相棒と今日は練習。
    一通りやり終えてから、健康のために臭いスープを作ろうということになった。

    深谷ネギ、エシャロット、ニンニク、にら、しょうが。
    それに鶏の胸肉が入ったスープ。

    温まりますが、アトリエ(ああ、そうそう。事務所とか仕事場とか、なんだかロマンティックじゃないので、
    これからはこのオンボロ・オフィスのことをそう呼びます。アトリエです。エヘン)じゅうがもの凄い匂いで、
    ミツ君は何だか笑い転げていたのでした。

    ミツ君、今日はそういえば、ボツになった「山田君の歌」でもずっと腹を抱えていました。

    生きているって感じ。


 11月15日(土曜日)

    洋梨のタルトを丸まる一台と、マドレーヌと、レモンクリームケーキを作ったよ。
    今日は珍しく、男同士のグループとなった。
    みんな洋菓子屋で働いている若者たちで、腕にある火傷の跡がすごい。

    オーブンから焼き物を取り出す時にやってしまうそうで、現場はなかなか壮絶なのだ。
    朝4時半から勤務で、手取りは十数万円というところらしい。

    日本のサラリーマンの年間平均所得は四百八十万円。
    でも、製菓業従事者はジャスト三百万円なんだよね。
    今はパティシェがもてはやされているけれど、それはあくまでもごく一部の人たち。

    何をやっても、まあ、楽な話はないのだけれど。



 11月14日(金曜日)

    来年1月、奈良県立図書館主催のシンポジウムがあって、それは仕事と人生と創作をいっきょに考えよう
    というもの。かなり大掛かりな企画で、10日から12日までの3日間にわたってONになる。

    タイトルが「自分の仕事を考える3日間」。

    ぼくは12日の午前中に講演&ディスカッションということになっていて、これまでの紆余曲折から、ぽとりと
    結晶化して生み出されたこの「物語ったり歌ったりする道化師」について話すことになる、んだろう。


    今日はこの企画の仕掛人であり、デザイナーであり、含蓄のある執筆者でもある西村佳哲さんに
    (正直に言おう。ぼくは西村さんの本「自分の仕事を作る」からとてつもなく大事なインスピレーション
    を受けたことがある)
    当日どうしようかということも兼ねてインタビューを受けた。
    
    きかれると、けっこうべらべらしゃべってしまう自分がいて・・・。
    今思うと赤面なことまで。

    西村さんがたとバイバイしてから、ぼくは世田谷線に乗って豪徳寺から小田急で渋谷まで。
    昔住んでいたからね、ついつい遠回りしてしまった。でも、渋谷ではアウト。
    血相変えて田原町の合羽筋まで地下鉄でダッシュ。おい、店はもうみんな締まっているよ。
    やばい。でも、一軒だけ夜にたな卸しやっている店があって、ようやくクリームの絞り袋を買えました。
    
    何の話だかわかりませんね。
    明日、製菓学校の実習なのです。どうしても大型の絞り袋が必要なのでした。

    さあ、手に入ったぞ・・・と、急に気持ちが楽になり、
    銀座でオープンしたばかりの知り合いの店に顔を出し、
    そのままモツでワインを飲んで、天に昇ったおじさんへの弔い酒にしたのでした。


 11月13日(木曜日)

    おじさんの葬儀。

    昨日の満月がふっと吹いたのか、雲がひとつもない。
    ピーカンの青空に向かって、おじさんの体は煙となって旅立っていった。

    人間はみんな最後はいっしょ。
    骨になって、お箸で拾われている。
    それはもちろん物理的なことだけれど、
    誰もが人生という有限の時間の中でしか生きられないことを示している。

    だったら、ぼくらにはたったひとつのことしかない。
    この日々を、生きて良かったと思える時間にしていくことだ。

    『リトル・トゥリー』というアメリカ・インディアンの少年の物語があって、
    この少年を育てる爺さんが亡くなるところが鮮やかだった。
    爺さんは「死ぬのにいい日だ」と言って、死んでいくのだ。

    今日の青空はまさに「死ぬのにいい日」だった。
    涙はもちろん出たが、何だかふくよかな日でもあった。

    冗談に生きたような人が、人生をやり終えて旅立っていく。
    そんなふうにぼくもなれればと思う。

    おじさん。
    俺、歌うピエロになっちゃったよ。アルルカンというんだ。


 11月12日(水曜日)

    おじさんの通夜。
    
    葬儀場で寝ているおじさんを見ていると、何だか急に「びっくりしただろう」と言って
    起き上がってきそうで。

    朝から晩まで冗談を言っている人だった。
    自分の子も幼い頃のぼくも同等に扱ってくれた人だった。
    家の柱には、ぼくが成長していく時の背丈を記した跡が今も残っている。

    カブトムシ、たくさん採ってくれたなあ。
    チョコパフェを食べに連れていってくれた。
    クリスマスの時、サンタの長靴(お菓子が入っているあれです)に無理やり足を突っ込んでいた。

    どんなにまじめなことをやろうとしても、どこかに笑いを入れないと気がすまないぼくの性格は
    きっとこのおじさんのせいだ。
    ネタばかり考えているような大人のそばで小さい頃を過ごすと、そういう大人になる。

    雲を割って満月が出てきた。
    おじさんの体はまだここにある。
    でも、魂はもうあの月よりも遠く、大きく、澄んだところに行ってしまったのかな。
    
    月が笑っているようで、遺影と重なった。
    何をして笑わせてもらったという話で遺族が盛り上がっている。
    いい死に方だと思った。



 11月11日(火曜日)

    おじさんが亡くなった。
    ずっと危ない状態だったから、心の用意はしていたのだが。
    驚くべき回復力ですと言われたのも、
    きっとあれは家族や看護士のみなさんにお礼を言うために本人、頑張ったのだ。



 11月10日(月曜日)

    来春に発刊予定の本を書いていて、
    ちょっと入り組んだところに迷い込んでしまったようで。
    自分で書こうとしていることから次々と謎が出てきて、
    人類が猿人から類人猿になろうとしている時のように
    今、小高いところから地平を見ている。

    登ってきたのではない。
    これから山麓を目指して降りていくのだ。
    遥かなる大地に向けて歩を進めるように。

    書くことは脳内冒険だ。
    それは人の心が辿ってきたあらゆる道を見ることでもある。

    なんて・・・。
    ただ、どうしたらいいかわからなくなっているだけだ。
    迷いもステキ。

 


 11月9日(日曜日)

    タイ料理屋で揚げ春巻きを食べる時に、どうしても一杯飲みたくなった。
    ミツ君はビールを飲んでいるが、やはりここから先の季節はお湯割りである。

    でも、お湯割りって、日本の焼酎だから成立するのね。
    タイ人のナッポンさんにお湯割りを頼んだら、「うーん、タイの焼酎だから・・・」と
    怪訝な顔をされ、
    続いて我々が怪訝な顔になった。

    タイの焼酎、お湯割りにするとケミカルな香りが混じります。
    まさか化学合成物質が入っているわけではないでしょうが、
    氷できゅっとやった方がいいみたい。

    揚げ春巻きは最高においしかったです。

    

 
 11月8日(土曜日)

    今日は石野見幸さんの一周忌。
    あれから一年が過ぎたことになる。
    石野さんの歌心を継承しようとしている人は複数いるはずで、
    そういう意味では石野さんの心はまだこの世で穏やかな波を送り続けている。
    凪の日の浅瀬のように、砂を煌めかせる波だ。

    ぼくはどうだろう。
    石野さんに会っても会わなくても歌を続けていただろうか。
    あるいは会えたことで、道化の道が目の前に拡がったのだろうか。
    この世はすべて必然と考えれば、ぼくもまた石野さんの遺志を受け継いでいる。
    北風の強い日に、多摩川べりを走っていてそう思った。

    今日、ボイストレーニングの先生に御会いした。
    ぼくが前から会いたかった人だ。

    歌がずいぶん変わりましたね、と言われる。
    ニューヨークでこの先生の本に出会ってからだ。
    これもまた必然。

    声も歌も、もう一度きちんとやり直したいと思う。
    どうにも希望がある。この先、咲いていく。

    

 


 11月7日(金曜日)

    小説すばる来年一月発売の「うっかりショッピング」を書く。
    朝日新聞の人生相談も書く。
    髪の毛を切る。
    いただいた豚肉で煮物を作る。
    腕立て伏せ、また記録を更新。
    でも、夕方から疲れて使いものにならず。


 11月6日(木曜日)

    CS朝日「スタイルブック」で半年に一度回ってくる映画当番の日。
    今日は木場のスタジオで撮影があった。
    ここは徹底させていただいて、道化師の格好で「THE WIZ」の解説。

    スタッフの一人が、高校受験の時にラジオを聴いてました、と嬉しそうに、いや、そうじゃないかな
    声を潜めて、共通の秘密を確認しあうように話し掛けてきた。

    「ありゃ、聴く方もやる方も修行だったな」と、なぜか自然にぼくの口から出た。


 11月5日(水曜日)

    ついに完成。
    メディアファクトリーのNさんが、11月14日発売の「星の降る町 〜六甲山の奇跡〜」
    見本を届けて下さった。
    まずは御覧あれ。こういう本です。

 

 

 表紙、挿画ともに鈴木理絵さんの力作。

 洋菓子小説とあって、ページをめくるとお菓子の絵もたくさん登場します。

 どんなストーリーか、ということは今は言えませんが、どんな気持ちで書いたのか、ということは新刊コーナーで説明しています。(ここをクリック)

 何かを得て、何かを失った大人たちと
 何かを失って、何かを得ようとしている子供たち
 その全員に向けて書いたものです。

 失ったものの大きさにたじろいで、日々が色褪せて見える時。もしそのまっただ中の人がいたら、ぜひ読んでみて下さい。

 少年時代の思いを振り返りながら書くとあって、初めてのオール関西弁(神戸の言葉です)書き下ろし小説となりました。

 鈴木さん、Nさん、ありがとう。
 日本菓子専門学校の先生方にも感謝です。

 


 11月4日(火曜日)

    今日は「サーカスと革命」(平凡社)の著者、ロシア・アバンギャルドの専門家である
    大島幹雄さんに御会いすることができた。
    
    とにかく、今一番御会いしたい方だったので感激。
    居酒屋で杯を傾けつつ、「道化師とは何か?」「道化とポエジーの関係」などについて
    様々な話を伺うことができた。

    大島さんの話は全編感動の連続で、
    焼酎の五合瓶を二本開けた頃には(一升じゃないですか)、こちらはぼろぼろ涙を流しながら
    話を聞いていた事態。(単に泣き上戸になっていたという可能性もあり)

    大島さんが、流浪の「歌う道化師」であるベルチンスキイの音源を下さった。
    最高の夜だった。

    しかし・・・飲み過ぎた。


 11月3日(月曜日)

    動物哲学童話(豪州編)全14話、とりあえず初稿は完成!
    これが本になる日も楽しみだけれど、ステージで歌や物語として羽ばたかせるのもぼくの務めだ。

    ジャグリングや玉乗りはできない。しかし、道化師という生き方を見つけて本当に良かったと思う。
    道化として物語を書き、道化として歌を歌う。

    人生相談も?
    そう。 ぼくの頬にはすでに泪が描かれているのだから、全面的にその運命を受け入れる。
    ぼくの頭の中には「道」(フェリーニの名作!)に登場するピエロがいつもある。

    ジェルソミーナを励まそうとして、目の前の小石を拾うピエロ。
    でも、彼は殺されてしまったなあ。

 
 11月2日(日曜日)

    タイトルはまだ未定だが、
    オーストラリアの珍獣14種類と歴代の哲学者の思想をかけ合わせた珍妙な本を書いている。
    
    今年のライブ、AKIBA HALL と 仙台クラシックでやった「クロコダイルの恋」もそのうちのひとつだ。
    明日には14種類すべてのストーリーが仕上がる。

    オーストラリアの動物、14種類言える?
    有袋類とひとくちに言うけれど、本当に変わった生き物ばかり。
    カモノハシ、ハリモグラ、ハニーポッサム・・・。

    書き手としてだけではなく、道化師としてステージで再現してみたい生き物たちのドラマです。



 11月1日(土曜日)

    今日、自転車がぶつかってきた。
    青信号で渡っていたのだが、いきなり横から信号を無視して突っ込んできた。
    ぼくはびくともせず、自転車の方が転がり、乗っていた五十歳ぐらいの親父は「すいません」と頭をさげた。
    びくともしなかったのはぼくの体格のせいで、でも、ジーパンの下の足はざくざくに切れた。

    正直な話、鼻がつーんとなるぐらい痛かった。
    だが、びくともしなかったと見えたことがビジュアル的には大きくて、親父はもう一度「すいません」と言って
    逃げていった。

    「信号を守って渡ってんだぞ、こっちは」と文句は言ったが、
    傍目にはびくともしないやつが何言ってるんだろうという感じだろう。

    逃げていった親父に向かって、胸の中で「お前、それでいいのか」と毒づいた。
    アルコール消毒をするしかない。傷口もこの憤まんも。
    飲んで治す。

 

 
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