ドーランが目にしみる 2009年1月 |
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撮影:半片ブラザース |
1月31日(土) 大学生三人がアトリエを訪れる。 「一志創伝」というグループを作ってらっしゃる皆さんで、講演の依頼だった。 ボクは基本的に講演はやらないのだが、じかじかにいらっしゃるとやはりその熱意にほだされる。 大学生、を意識しなくなって久しい。 大学生が時代を変えようとしていた・・・というのはその真偽はともかく、もうずいぶんと昔のイメージだ。 ボクらが学生の頃には、すでに大学生は消費者でしかなかった。 世代論をかます気はないが、団塊の世代の思うつぼになっていた。 それで今は、どうなんだろう。大学生。 間違いなく就職活動は厳しいし、そういう意味では迫りくるものがちゃんと見えていて、 それで『蟹工船』のヒットや、共産党を見直そうという動きにつながっているのかもしれないが、 高校生や大学生との接触がここ十年ほどなかったので、 肌で理解しているとは言いがたい。 だから楽しみ。 訪ねてくれた三人のためにも、有意義な時間を創り出せたらと思っている。 |
| 1月30日(金) 一生懸命レコーディング中! 本日は3曲収録。 この勢いでやっていると、ゆうにアルバム1枚分を越えてしまう。 ということは、2枚目も睨んでの作業ということでしょうか。 未来を感じつつやるのはいいことだ。 |
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1月28日(水) レコーディング、諸処の事情により、当初発表していた計画より遅れることになりました。 1ヶ月遅れぐらいでしょうか。 よって、2月に行うとしていた西調布パブライブは3月後半へ(お店の人と話さないと) 3月に行うとしていたCD発売ライブは4月にずれ込みそうです。 ただ、焦って作るよりはいい音源を出したいのでご了承ください。 具体的な日にちが見えてきたところでまた報告させていただきます。 楽しみにしていた皆さん。待たせてしまってすいません。 |
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1月26日(月) ボクはやはり、根底で許せないことがある。 ガザの虐殺は、今、同時代に、この瞬間に起きていることとして許せない。 よって、砲撃をくり返したイスラエルが与える文学賞を、村上春樹さんが受けることを「まあ、まあ、いいじゃないの」で済ませることができない。 なぜなら、ボクは作風は違うけれども、彼の作品の中に出てくる風景、及び心象風景を愛した者として、彼が血塗られた勲章を受けることを絶対に拒否したい人間の一人である。 エルサレム賞受賞おめでとうと騒いでいるファンの皆さん、もう一度本当に人間の魂として捉え直して下さい。 今、彼は時代のひずみの中で汚されようとしている。 受賞を拒否しての村上春樹じゃないのか。 虐殺国家の紋章を受けるのか? 哀しいかな、ボクは村上さんとは何のパイプもない。 出版社とか通せば何か言えるのかもしれないが、これはボクの個人的な噴出であり、戦いである。 あれだけの構造文学を世に問うた人が、賞のまやかしに呑まれないで欲しい。 ガザの空爆がまた始まった。 エジプト国境との密輸トンネルを破壊するためだとしているが、 軍事で囲んで物と人の往来を許していないのだから、中の150万人は餓えた上の孤立状態だ。 壊滅させる気なのだろうか。 力の理論で、物凄いことが今行われている。 |
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でも、一歩進んで・・・文学はそれがどの方向を向くにしろ、人の心を書くものだ。 |
1月24日(土) 日本菓子専門学校の実習最終日。 あとはレポートをきちんと出せば卒業ということになり、菓子衛生士の受験資格を得られる。 もともとなぜボクが専門学校に通うことになったかというと、 世界を斬るひとつの手段として菓子に目を付けたのが始まり。 その第一弾が『星の降る町〜六甲山の奇跡』(メディア・ファクトリー、一生懸命販売中!)であり、 我ら『アルルカン洋菓子店』の命名となったわけだが、 つまり、取材をするぐらいなら、自らパティシェの勉強をしてみよ、 ということで通信教育講座に申し込んだのであった。 ところが、入学後にカリキュラムの変更があり、講習と実習合わせて年間200時間のハードスケジュールとなった。 和菓子、洋菓子、製パンが一年目のカリキュラム。 二年目が専門で、ボクは洋菓子コースだったので、先生に教えていただきながら、まあ、本当に色々と作りました。 まさか自分でモンブランのクリームの山を絞ることになるとは思わなかったです。 で、今日が学校に通う最終日。 バナナムースとチョコムースの二段重ねと、オーストリアの伝統菓子レーリュッケン、 あとは雪玉クッキーのシュネーバーレンを教えていただいて実習は終了。 学校を去る時、ああ、もうここにはこないのだなあと思うと、何だかちょっと寂しい気もして、 すなわち学校というものは、大人になってからはやはりいいものですね。 大人になる前はたまらなく嫌な日もあったりするのだけれど。 菓子で世界を斬る小説はまだまだ始まったばかり。 頭の中だけですが、これからいよいよ欧州に出かけていきたいと思います。 |
1月23日(金) 一生懸命レコーディング中! 本日も2曲収録! 半片ブラザースと宴会。雄でもない雌でもないという鮭をいただいた。 ルイベをもっと甘くしたようで、それでいて寒ブリのような歯ごたえ。 |
1月22日(木) 一生懸命レコーディング中! 本日は2曲収録! |
1月21日(水) 娯楽サークル『ノーベル文学賞受賞作家を一人残らず読む会』の第一号ターゲットは、1900年第一回の受賞予定者 だった(しかし幻の受賞となった)トルストイ。つまり、ノーベル文学賞第0号作家である。 最終的にトルストイが選定されなかった理由は、彼が軍や武器を否定していたからだと言われている。 だって、ノーベル財団って、もともとはダイナマイト成金だもんね。 富国強兵こそ近代国家の礎と謳っていたわけだから、そこを叩く作家はまずいわけです。 でも、やはり前哨戦としてトルストイから始めないという手はないので、 当娯楽サークルでは、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』と攻めていっているわけですが・・・ 今日『復活』を読み切りました。 後半、長い長い。 いったい何人出てくるんだよ〜と、登場人物表を作りながらの読書だったのにそれも途中で止まり・・・。 あれ、このイワーノヴィッチは、あのイワーノヴィッチと違うイワーノヴィッチだったけ? と格闘しつつも、主人公のものわかりの良さに頭をひねったり、トルストイ的理想にちょっと戸惑いを覚えたりしつつ、 しかしやはり圧倒的な筆力、ニコライ時代の農民の凄まじい窮状というものがありありと迫ってきて、 『蟹工船』の次はもう一度ロシア文学が来るのではないかと(今、『カラマーゾフ』は来ていますが)、 もう誰もが気付いていることを今さらここに記したりしているのです。 |
1月20日(火) パブロ・カザルスのチェロの音。 ヴォイス・トレーニングの先生に貸していただいたビデオを観て・・・その最後でまたもや空が動く。 スペインの一部となってしまったカタロニア。 彼はカタロニアの出身で、生涯そこを「国」と呼んだ人だった。 国連に招聘されて(国連平和賞受賞)チェロの演奏をしたのが95才の時。 もはや車椅子で、何を話しているのかもよくわからない状況だ。 しかし、世界各国の大使や職員を前に、彼は一語一語区切りながら、慣れない英語でこう言うのだ。 「カタロニアの鳥はこんなふうに鳴きます。peace、peace、peace!」 95才が腹から振り絞るようにpeaceの連呼をしだした時、国連職員たちがみんな泣き始める。 そしてその・・・エリック・サティも逃げ出すほどの超スローテンポなチェロ演奏。 これがまたいいっ! 壮絶テクの人の、最後の姿。 神は細部に宿ると言うが・・・宿れば不必要なものはすべてなくなり、おっとりした、銀色の光となって ただただそこに佇むのではないだろうか。 木の葉の上でとろとろと揺れている雨粒の輝きのように。 |
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1月16日(金) 本当ならデモテープ録りの日。 咽がいかれちまったので中止。 代わりに原稿を書く。 直木賞。天童荒太さんは受賞できて良かったと思う。 納得できたし、励みにもなる。 以前、ある編集者から「何の受賞歴もないくせに掲載されていることをありがたく思え」と言われたことがある。 たしかにボクは賞というものをもらったことがない。(ノミネートが一度あるだけだ) それでも掲載される時はそれなりの小説誌で、目次を見ると立派な人ばかり。違和感がある。 だから他誌の編集者から見れば、「そこそこの人間関係があるんでしょう。だから載せてもらっているんでしょう」 ということになるのだろうが、現実はそんなに甘いものではない。 ボクは今のところ、掲載させてもらうのが精一杯、 単行本も同じく、出るだけで力尽きてしまっているようなところがある。 でも、そこにはその作品を純に評価してくれる編集者がいて、よりよくしてくれようとするデザイナーや画家がいて、 そうやって一冊の本が世に出ていく。 自分の本を少しでも多くの人に読んでもらいたいという気持ちは、 作家個人だけではなく、苦い酒もともにしてきた編集者とのチームワーク、情熱、 そのかけがえのない日々からの願いでもある。 だから、今ぽんと人気があるとかないとかではなく、 力強く一歩一歩を踏み締めてきた感がある天童さんみたいな人が受賞されるのは、 嫉妬を越えて理にかなっている。 ボクも創作の中でもう一度原点に戻りそうな気配があるので、 まず何よりも自分の中で価値があるもの、そして編集者がそこに共感でき、惚れ込めるものを あらためて地道に耕していきたい。 畑の中に、銀の器が眠っている。 |
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1月13日(火) 昨日の、あの奈良県立図書情報館の重なる輪の中で蘇った力。 それが衰えることなくボクを叩き起こした。 朝の8時から多摩川の河原でギターを弾いて歌う。 あたりはバリバリ凍っている。 車の温度計は氷点下だ。 でも、歌う、歌う、歌う。 指がかじかんでコードを押さえられず、咽がしゃかりきになってきても、歌う、歌う、歌う。 府中東高校の生徒たちが河原沿いを走りながら声を合わせてくれる者、一名、二名。 午後はボイトレの先生の体育会的(筋トレ的という意味です)発声の洗礼を受け、 すべてオーバーヒートぎみ、夜にはがらがらの声に。 ちょっとやり過ぎたかしら。 調子にのった時が一番危険なのだ、と草葉の陰でセネカが囁くが・・・何かが起きそうな。 |
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河瀬さんの生い立ちは、新聞や読物などで目にして知っているつもりではあった。 河瀬さん、図書情報館の皆さん、西村さん、そして集まって下さった皆さん、ありがとうございます。
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あ、お客さんの方なのかな・・・と思いきや、その瞳きらきらの女性は自ら名乗られた。 |
1月10日(土) ガザで起きていること。 CNNなどのアメリカ資本系ニュースで確認すると、必ずイスラエル領内に撃ち込まれた砲弾の数が報じられている。 ガザ地区からと、レバノン南部からと。 でも、イスラエルの戦車がガザに撃ち込んだ砲弾の数はどこにも記されていない。 おそらく、4、5発の反撃に対し、何万発もの砲弾を撃ち込み、空からもミサイルを落としているのだろう。 しかしそうは書かず、イスラエル領内が被弾という発表ばかりだ。 イメージとして、暴力対暴力、つまりガザ地区のパレスチナ人たちとイスラエル人たちは対等にやり合っている という印象を国際社会に築き上げようとしている。 今回、イスラエル軍はガザに外国人記者が入るのを許していない。 イスラエル軍に同行を許可された「おかかえ」のわずかな記者が報じるばかりだ。 ガザでは1000人以上の人々が死に、その半数以上が民間人だという。 女や子供や老人だ。 だが、イスラエルの後押し国であるアメリカは「ガザからの攻撃が止まらないからやむを得ずこうなった」という。 イスラエル側に即時停戦を求める国連決議で、アメリカはその本音通り、拒否権を発動した。 日本も続いた。 どうしたんだろう。日本政府。 空爆されている家屋の中にいる子供たちは、かつての東京・広島・長崎で、炎に焼かれた子供たちと同じなのに。 イラクの空爆を、「世界平和のために」と謳ったブッシュ政権。それを支持した日本政府。 また同じことがくり返されようとしている。 地上戦が始まれば、ハマスと民間人の区別なく爆撃は続き、さらに何千人もの犠牲者が出るだろう。 これは虐殺以外の何ものでもない。 そしてこの虐殺が行われている理由。 それは、迫りつつあるイスラエルの総選挙のためだ、という話もある。 票を得るために、これが行われているのだとしたら。 あまりにも虚しい話だ。 |
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| 1月8日(木) 製作予定のCDについて法務的な問題についてちょいと考え、 関係者の方と会う。 その帰り・・・今日の昼御飯は新しいところに入ってみようと考え、渋谷のラブホテル街を出たところにある 韓国料理屋さんに入ろうとすると・・・。 入り口から一番近いところのテーブルでサラリーマンがぶはーっと煙草をふかしている。 やめた。 煙草の匂いが充満しているところで飯を食うのは絶対嫌だ。 昔、喫煙者だったので、煙草を吸う人の気持ちは非常によくわかるのだが、 勝手なもので、食事となれば今は本当にその煙が苦手だ。(酒場は別よ。いくらでも吸ってちょうだい) 特に蕎麦屋とか寿司屋とかで横でもはーっとやられると、高校生に戻ったみたいに暴力的衝動さえ起きてくる。 それで、何だか中途半端なちゃんぽん屋に入った。 入ってすぐに失敗したと思った。 「食事中に本や新聞を読むこと、食事後に読むこと厳禁」と書かれた札がさがっている。 何だか恐ろしいのだ。 長崎ちゃんぽん定食を頼んだのだが、ちゃんぽんを食べた後で本を読みそうな自分がいて恐い。 いや、きっと読んでしまうだろう。 するとあれだろうか、店主が包丁とか持って出てきて、 「お客さーん。読めねえんですかい」と札を叩いたりするのだろうか。 と、考えながらちゃんぽんを食べ出した時、1メートルも離れていない客が煙草を吸い出した。 御丁寧に、こっちに顔を向けてむわーっと吐いてくる。 おい。 この間の新幹線のねえちゃんといい・・・ どうしてみんな、他人を思い遣る気持ちがないのだ。 気配りと等しく、社会から丸みがなくなってきている。 と言いつつ、実はカリカリきているのは自分だったりして。 だから許容量が少なくなっている。 どうしよう。 釣りにでも行こうかしらん。 |
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1月6日(火) 今日はボイトレの日。 実は、昨年末の秋葉原のライブで太い声の芯をつかんだような気持ちになれたので 「よっしゃ、前進あり!」 と、内心(19才の春のように)喜んでいたのだが。 先生の前で声を出したらあんまり変わらなかった。 そりゃそうだよね。一朝一夕で声が根本から変わるなんてことはまずあり得ないだろう。 と、わかっていても、ぬか喜びだったのかなあとちょいと寂しい気分。 年齢的にもそう悠長なことは言っていられない。 何とか今年中には、ばしっと納得のできる声になりたいのだ。 こうなったらもう、普段の買い物の時なんかからオペラ声で鍛えていくしかない。 つつじが丘の商店街の果物屋でも「500円のみかん下さい」って、腹から歌うようにお願いしよう。 もう、歌人間だ。 というわけで今日は、目下の原稿も文章を歌のように口ずさみながら書いた。 不思議な気分だ。 ラップのような、いい加減フォークのようなリズムで書いていると、のらない言葉とのる言葉がはっきり別れてくる。 発見。 歌人間は、書くのも面白い。 つまり文字はすべて歌詞だ。 トルストイの「復活」も、マーク・トウエインの「ハックルベリーフィン」も、すべて歌詞だったのだ。 |
1月5日(月) 仕事始めの日だからもう帰省客で混むことはないだろうとこの日を選んだのに。 新幹線、すごい混雑。 新神戸から東京まで、結局通路で立ちっぱなし。 でかい鞄にギターを持ってさ。 それで、通路のドアのそばに立っていたら、ミニスカにブーツの若い娘がやってきて、 「そこに立っていると自動ドアが開いちゃうでしょ。もっと向こうに行ってくださいよ」とかなりの激高で来た。 「はい」と返事をしたものの、もっと向こうと言えば窓に張り付いているしかない。 こっちは荷物をもってずっと立っているのに、座っている人からまさかそんなことを言われるとは思ってもいなかった。 結局、ボクは窓に本を押し付けながら蜘蛛男みたいに張り付いていたが・・・ なんかなあ。嫌いだよ、若い娘って。 (この部分、後に友人から指摘がありました。本当は好きなんだから、嫌いなんて書いちゃだめだよ、と) おじさんであるだけで無条件に顔を背けられたりするようになっちまったって、最近気付き始めたのだけれど。 では、君はおばさんに冷たい態度をとったことはないのか? と誰かが声を発するかもしれないが、 立っているおばさんに向こうに行けとは、さすがに言わないでしょう。混雑していて行きようがないんだからさ。 金融不安の前に、人心として日本の未来は大丈夫か? |
1月4日(日) 引き続き、神戸です。 阪急電車にのって門戸厄神さんまでお札をもらいに行く。 競馬の新聞を持った人でごっそり。 府中で開催の日の京王線と同じ車内風景。 で、門戸厄神でお札をもらい、三ノ宮方面の電車を待っていると、おしゃべりなカップルが横に座った。 どういう人間が間抜けかを指摘しあっている。 色々と二人で言っていたが・・・ずきっときたのがひとつ。 「厄払いの神社にいって、お札といっしょに誰かの厄ももろうてくるやつ」 笑えなかったのですよ。 「どつかんのう(超運がねえ)・・・」とひとりごとを言っている親父がさい銭箱の近くにいて。 本能的に、あ、あの親父のそばに行きたくないと思ってしまった。 で、少し離れてさい銭を投げ、柏手を打ってちょいとお願いごとをしたところ、両手が誰かの頭に当たるではないか。 うん? と目を開けると、「どつかんのう・・・」の親父の後頭部。 今年の初夢。 キャンプをしていて、テントをグリズリーに襲われるという、かなりのアクション巨編でした。 くまパンなのに、熊に襲われて。 変な夢だったから公表させていただきました。 |
1月3日(土) 毎日やっている発声練習。 神戸の実家までギターごとその精神を持ち込むが、やはりここも東京と変わらず、 大声で歌えば隣近所に迷惑がかかるのである。 腹の底から大きな声で歌いなさい、とボイトレの先生にも指導されているのだが、 防音室でもなければなかなか難しいわね。 じゃあ、防音室を・・・と、ヤマハあたりのカタログを見ると・・・うん、百万円? 一瞬目をこすり・・・でも、やっぱり百万円。 中古の業者を見ても五十万円とかで。 こうなるとやはり多摩川で歌うしかないのだが、冬は当たり前に寒い。 神戸の港も寒い。六甲山も寒い。いのしし出るし。 今年は歌唱面に関してはまずこの練習環境が課題。 さあ、知恵を絞ろう。 |
| 1月2日(金) 今年、我が「アルルカン洋菓子店」は計2枚のCDを発売する予定です。 まずファーストレコーディングのために今月はライブがありません。 2月に大胆な新作(ボクら付け睫毛が必要になります)を実験的にやるため、 西調布のパブで少数精鋭限定ライブを。 3月にCD発売記念ライブをやれればいいなと考えています。 本は、今年も4冊以上は出す気持ちです。 ただ、経済的にほとんどの人が我慢を始めた年ですから、原稿はあげても、それが本になるかどうか、 という部分は確約できません。 でも、いずれにしろ、道化が書く物語と道化が演奏する歌を皆さんにできるだけ楽しんでもらいたいと 思っています。 さあ、歩いていくぞ。 |
| 1月1日(木) あけましておめでとうございます。 2009年が始まりました。 夜、オリオンの横でおおいぬ座のシリウスが、空に穴があいたみたいに燦然と輝いていたよ。 光は冷たくしんしんと降ってくる。 それが胸に心地良かった。 皆さん、今年もよろしくお願いします。 努力が苦手な自分ですが、今年はそれをやってみようと思います。 皆さんにとっても、平和と発展、そして安穏のある日々がやってきますように。 病気で苦しんでいる人は、宇宙にみなぎる力がその痛みを少しでもやわらげ、闘志を支えてくれることを祈ります。 心に深い悩みを抱えている人は、それがまた新たな思考の芽となって、 ギアナ高地のように広大な地平を出現させんことを。 恋を失った人は・・・。 アフロディティだけを愛して、歌を歌いましょう。 それぞれが主役の2009年にしましょう。 |