2010年 1月 ドーランが目にしみる


 

 3月に詩のお祭りをやるよ!

 1月31日(土曜日) ハイチ義援金ライブまであと14日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと1日!

 今月も終わりですね。
 さぼっていたわけではないのだが、
 今月中に終らせる予定だった小説が、たぶんまだあと80枚ぐらい残っている。
 PHPの小説も締め切りが近いのに、これからです。
 
 しかもそんな時に・・・ウエブ同人誌のスタート!
 今夜、日付が変わるあたりで、ぼくらの同人誌「e-literature」は
 みなさんをお迎えできるはず。
 ぜひ一度遊びにいらしてください。
 作品すべて進行形!
 もちろん無料で読めます。

 e-literature 執筆者 俵万智、田内志文、俺
       デザイン Jake

 URL:http://e-literature.jp/


 

  1月30日(金曜日) ハイチ義援金ライブまであと15日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと2日!

 道化師学? 関係で追っかけをやらせてもらっている
 大島幹雄さんが世話人となっているロシア・アヴァンギャルドのコンベンション。

 とりあえず今週は即席でキリル文字の読み方と形容詞の三変化だけを身につけていったが、
 出席者は露文の先生や通訳の方、あるいはモスクワに留学されていたというような方ばかりで、
 ノートもロシア語でとっていらっしゃる。
 はなから話になるわけもなく、ただただ迷惑がかからないよう、はじっこに座っていた。

 でもさ、みなさん、あれですね。
 ロシアの文字は面白い。
 かなり特殊なので、ラテン語のように英語とごっちゃになって苦しむこともなく、
 意味がわからずとも、読むだけならこれはけっこうぐいぐい手応えを感じる言語かも。

 しかし・・・3Dのアバターが世を席巻している時代に、
 1920年代の無声映画を見て、「モンタージュ!」とか嬉しそうに喋っている面々。
 自分としてはたまらなく愛おしかった。
 人名はエイゼンシュタイン以外だれもわからず、
 本当、部外者中の部外者という感じだったが、
 それでもやはり相当におもしろかった。

 かつての全体主義国家はもちろん苦手なんだけれど、
 一人一人の民、芸術という点でやはりロシアには抑え難い興味が湧く。

 ロシアの後、
 e-literatureの同志、田内志文さんとミャンマーレストランへ。
 なまずの丸揚げを食べた。
 辛し。
 


 1月29日(金曜日) ハイチ義援金ライブまであと16日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと3日!

 PHPの担当編集kさんと中華を食べた以外はこもりっきりの日。
 仕上げなければいけないものがいよいよ大詰めを迎えつつあり・・・。

 今は1分1秒が大事。




 1月28日(木曜日) ハイチ義援金ライブまであと17日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと4日!

 義援金ライブの会場となる元住吉のPOWERS2まで
 打ち合わせに行ってきました。

 元住吉というと何だか遠いような気がしますが、
 渋谷から東横線ですぐですよ。
 今回もまた気付いたら日吉まで乗り越していたし。
 (本を読んでいることが多く、実はまともに降り立ったことが一度もない)
 新宿〜つつじが丘より、渋谷〜元住吉の方が近いと思うので、
 ぜひぜひいらして下さいね、皆さん。

 14日当日の入場料は1000円です。
 17時開場、18時スタート! 21時にお開きの予定。

 POWERSの料理はおいしいですよ。
 今日は、ゴルゴンゾーラソースのグラタンと、
 オニオンフライ山盛り、タンドリーチキンサラダ、
 バリ島風焼きそばにはまりました。

 あと、当日元住吉の駅前でフライヤーを撒いて下さる方、大募集です。


 

  1月27日(水曜日) ハイチ義援金ライブまであと18日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと5日!

 すいません。
 具合わりい。
 風邪ひいたかも。

 今日、『週刊ブックレビュー』の撮影があったのれすが、
 はながツツー・・・と垂れてきて、
 小僧のように進行を止めてしまいました。
 隣りの席でペリー荻野さん、目が点になっていました。

 今日寝る前に熱燗くっとやるかも。
 くすりだよ!



 1月26日(火曜日) ハイチ義援金ライブまであと19日!
           ウエブ同人誌「e-literature」openまであと6日!

 ステージがある人はよく勘違いをする。
 本番と練習があるって。
 俺も昨年までそう思っていた。

 本を書く人はよく勘違いをする。
 忍耐の日々と報われる日々があると。
 俺も昨年までそう思っていた。

 でも、巨大な氷山の夢を見てからそうではないと気付いた。
 本番って、きっと練習の日々のことだ。
 練習の時のなかで、
 おのれの信じる神様と向かい合うことだ。

 本番はちょっとした晴れの日に過ぎない。
 氷山の全体積の十一分の一だけが海面に姿を現すように。

 忍耐の日々って、実はそれこそが報われている日々のことだ。
 おのれの創作心にまかせて文字を綴る。
 生きている者にしかできない表現。
 どうしてそれが忍耐なのか。
 なぜそんな単純なことが今までわからなかったのか。

 一人もくもくと書く。
 それこそが本番だ。


 ああ、そう考えるなら、
 電車から流れ行く風景を眺めるのも、
 日高屋でラーメン餃子セットを食べるのも、
 明日限りで閉店する売店でティッシュを買うのも、
 すべて繰り返しのない本番。



 1月25日(月曜日) ハイチ義援金ライブまであと20日!

 義援金ライブの出演者がほぼ決定しました。

 まずは滋賀県から悠久のノコギリ演奏者、「稲山訓央」
 ライブ・ペインティングは世界の人気者「Mario Mandala」
 twitterのfollower数7000名を越えるアートギタリスト、
 「Cloud Chair, Jake」
 そして多摩川中流域でなわばりを広げつつある「はんぺんブラザーズ」
 我々「アルルカン洋菓子店」ももちろん参加します。

 それと、POWERS2も今回はハイチ義援金に参加してくださるということで、
 チャージ(入場料1000円!)のすべてが募金に回ります。
 あとはみなさんが我々の演奏や歌やパフォーマンスを楽しんでくれた分だけ、
 UNICEF行きの箱に小銭でも紙幣でも突っ込んで下されば成立!

 同時に、POWERS2のお酒やハワイアンフード(ロコモコ、量あるよ)を
 楽しんでいただければ、
 ガジュマルの木陰でピクニックという感じでライブが進みそうです。

 この日はステージと客席という区分はあれど、
 全員がどこかで少しずつ重なり合う表現者。
 悲惨や悲劇に対して取る態度は各自の自由だと思います。
 でも、集まってみようね!


 


 1月24日(日曜日)

 ハイチ義援金ライブ、行きます!
 2月14 日(日曜夜)、元住吉のPOWERS2です。

 出演者などはまだ決定していませんが、
 皆さんにはぜひこの夜をあけておいていただきたい。

 入場料(1000 円の予定!)および募金は
 そのまままとめてUNICEFのハイチ地震緊急募金に持っていきます。

 俺がなにしても無意味だよな、あんな大災害に。
 と思うのはたしかに実感。
 でも、100人で少しずつ力を合わせれば、
 1000人ぐらいを救えるかもしんないよ。

 バレンタインの夜だけど、あけておいてくれ!
 デートの約束のカップルは、
 POWERS2でおいしいハワイアンフードを!






 1月23日(土曜日)

  外房で波にもまれている間、
  YouTubeのアップ数が増えていました。
  (はんちゃん、ミツ君、ご苦労様です)

  昨年末のライブを逃された方、
  アクセスしてみて下さい。

  アルルカン洋菓子店の公式サイトからも
  「コアラのバホバ君」「くじら」の2作品が観られます。
  

  


 1月22日(金曜日)

  すいません。まだ船酔いしてます。

  昨年から約束していた外房でのヒラメ釣りの日。
  俳優の大地康雄さんと二人ぼっちでの釣行となったが、
  あいにく房総半島は強風。
  大地さんを迎えに行き、夜、千葉の高速道路を走っていると、
  風速掲示板に16メートルの表示。
  こりゃ、船出ないなと半ばあきらめながら大原港に着いたのが午前3時半。
  
  出船の5時半まで車の中で待機するが、
  大地さんは助手席でいびきをかきながらうなされ、時々オナラもされる。
  なかなか賑やかな寝姿なのである。
  大地さんのオナラを吸わないように港を歩く。
  やはりヒステリックな風が吹き付ける。
  このままだときっと沖は荒れ模様だろうな・・・。

  しかし、船長は「大丈夫でしょう」と判断。
  うねり2.5メーターの海へと定刻通り繰り出したのであった。

  いやー・・・もう・・・10年ぶりの船酔いです。
  うねりのてっぺんまでくると船からお尻が数十センチ浮き、
  落ちるときは叩き付けられる感じ。
  日の出前の暗闇の中、
  2メーター半の高さのシーソーにずっと座っているという感じで。
  やばいやばいと思っているうちに深夜運転とあってガブ飲みしたコーヒーがあがってきて、
  完全できあがり状態。

  さて、 釣りの方は・・・
  一発目のヒラメ、ばらし。
  それからまたしばらくあって
  二発目の当たりでマトウダイにお越しいただき、これでボウズは免れました。

  次いで大地さんが人生初のヒラメとの遭遇。
  何とか任務遂行という気持ちになり、
  大役果たしましたよと、誰に向かって報告しているのかもわからないが、
  もう船底に忍び込んで現在を忘却しようかなと思いきや、
  ボクの竿にもヒラメ到来。
  
  「大地さん、お客は俺たちだけだし、二人とも一枚ずつヒラメを釣ったし、
  海がこんなですから、帰りましょうか?」と気弱に誘うも、
  根性の役者、大地康雄は「なんで?」

  ついにここで敗北を認め、
  船底に潜り込みました。
  ものすごい揺れの中、漁具を枕に寝転がっているこの体たらく。
  重油臭い船底で目をつぶるも吐き気との闘いは続く。
  
  『いったい俺は、しけの海で何をしているのだろう?』
  『これは何のパフォーマンスなのだろう?』
  『船がひっくり返ったら、ここから出るのは不可能だろうな』

  悶々としつつ半ば失神状態で爆睡。
  ふと目が覚めれば、外房の午前釣り限界タイムの11時半まであと30分だ。
  なんだか悔しくなってきて、表情だけを笑顔に戻し、
  「さあ、あと30分頑張りましょう!」と甲板に再登場。

  ボクが寝ている間、大地さんはボクの竿をも使い、
  二刀流で頑張っていたのだが、
  当たりはまったく途絶えたままだったらしい。
  この荒天の海で一度も当たりがないのに三時間仁王立ちって、
  その精神力の強靭さはいったいどこで得たのですか、大地さん?

  しかし、ボクにも何か予感が訪れていた。
  具合が悪いながらも、ヒラメがまた来る!
  という絶対的な予感。

  本当に来てしまった。
  ガツガツとイワシをかじるヒラメ独特の当たり。
  習性として、最初の三十秒ほどは警戒して甘噛みなので、
  リールのスプールをはずして指だけで糸を出してやる。
  ヒラメに負荷を感じさせないで、本気でかじってくるのを待つ。
  数十秒後、グーンと引き込む強い力を感じ竿を合わせる。
  「乗った!」

  船頭さんのタモ網の中に入るヒラメを見ながら、
  大地さんが「三時間も寝ていて、起きてきていきなり釣るのか?」と、
  刑事を演じている時のような視線で突っ込んでくる。
  
  まずい。まずいよなあ。
  このままだと・・・まずい。

  しかしここで大地さんにも当たり。
  等量にチャンスが来て、二人ともヒラメ二枚、マトウダイ一枚の
  多くはないが、決して少なくもない釣果を得たのであった。
  ありがたい。

  ただ、二人ともぐったりしてしまった。
  本当は今後いっしょに作品を世に出しましょう
  という打ち合わせも兼ねた釣行だったのだが、
  民宿のご飯を食べた後、二人とも打ち上げられた丸太のようになり、
  船の揺れを体に残しつつ、布団の精と化したのであった。

  大地さんとは一泊二日を過ごしたことになったが、
  素敵な人である。
  身も心も強靭、それでいていつも人を笑わせる。
  ユーモアと、そこはかとない思慮がある。
  ボクが車を運転している時、
  「立ったまま死んだラクダ」の話をしてくれた。


  


 1月21日(木曜日)

 はんぺんブラザースはんちゃんと
 アルルカン洋菓子店MITSU君の尽力により、
 とうとうライブシーンがYouTubeにアップロードされ始めました。

 まずは、先月の「青い部屋」ライブよりコントシーンから。
 YouTubeに直接アクセス、
「アルルカン洋菓子店」を検索していただいても見られますし、
 アルルカン洋菓子店の公式サイトの「INFORMATION」欄なら、
 ダイレクトに鑑賞できます。
 
 ライブには残念ながら行けなかったという方、
 行ったけれどももう一度見たいという方、
 ぜひ初動画をお楽しみください。

 なお、動画については今後順次アイテムを増やして行こうと思っています。
 よろしくおつきあいのほどを!
 



 1月20日(水曜日)

 昨日の教訓。
 今日も引き続き咽が調子がおかしいので、
 ピアニシモから始めてみた。
 すると徐々に声にのびが出てきて、
 後半はなんとかいつも通りの響きになった。

 体調が良かったからこそ踏んでしまったトラップ。
 気持ちや筋肉に声帯がついていかなかったのかもしれない。
 
 なにごともピアニシモから始める、というのは
 実は奥義かもしれない。
 原稿も、今日は大作を仕上げてやろうなどと力が入っている時は
 質も量も結果的におぼつかないことが多い。

 5、6枚でいいやと思った時の方が
 えてして進んだりするものだ。(量を言っても仕方がないが)

 山登りの時もそう。
 雲取山のように登り口が緩いと、ぜいぜい言いながらも
 気付けば一日で実質1500メートルを登っている、ということがある。
 谷川岳も一般登山道ならそう苦労はしない。(しますが)
 でもいきなり、谷川岳の一の倉沢から登れと言われれば
 だれもが尻込みしてしまうだろう。

 男女の仲もほら、
 いきなりそんな・・・
 というより、ピアニシモからの方がいいじゃないですか。

 そういえば、
 NYで虚無感に陥っていた頃、
 作家専門の雑誌(作家が読む雑誌)に
 「スランプからどう脱出するか」という特集の時があり、
 
 はまったら、作品をひねり出そうとするな。
 文字で遊んでいるだけでいい、というのがあった。

 そんなの甘いと言われるかもしれないが、
 すごく納得した。
 逆に言えば、スランプを手玉にとって遊べるようになった時、
 その人はプロとして歩み始めたと言えるかもしれない。

 ピアニシモ。
 半分以下の力で気楽に始めてみる。
 いいかも。



 1月19日(火曜日)

 昨日あれだけ盛り上り、
 今日も昼前に1時間ほど歌い、
 歌の神様が自分についてくれたのではないかと、
 相変わらず楽天的な眼差しで、
 とうとう一歩踏み入ったぞ歓喜にひたりつつ週一のヴォイストレーニングの時間を迎え、
 課題曲を歌おうとしたところ・・・

 あれっ、なんだろう、変だぞ。

 急にイガイガ虫のようなものが咽に悪さをしだし、
 出だしの音符すらまともに歌えない。
 オペラ座の怪人で魔法をかけられカエル声になってしまった婦人のように、
 ただ咳き込むだけで貴重な時間が過ぎていった。

 ショック、大きいっす。
 いったい何が起きたのか?
 これがもし本番のステージで起きていたらと思うと・・・。
 
 しかし、つくづく・・・。
 アトリエに戻ってくると、普通に声が出る。
 なんだよ。
 どういうことだよ。

 ああ、今日は元気出ない。

 とも言ってられないので前を向くがしかし・・・。


 

 1月18日(月曜日)

 夕方4時から6時までの2時間は、
 ほぼ毎日発声や歌にあてている。
 午前中から書き始めた小説や原稿など、
 集中力が切れてきて
 同じ言い回しを繰り返し使ったりするのがこの時間帯だ。
 ちょうどいい。

 人間、なにごとも10年はやってみるものですね。
 叫ぶ詩人の会の頃は、
 バンドの練習はあっても、
 個人練習というのは特にやったことがなかった。
 酒と煙草で咽をカキカキに荒していたことを除けば。

 今は煙草を吸っていないし、
 酒も理由があって距離を置いている。
 (好きなのよ、好きなのよ。正月ちょっと再会しましたが、
 次に会った時はもう・・・)

 そういう状態で、なんとかのひとつ覚えみたいに取り組んでいると、
 やはり変化が訪れる。
 今日は、ずっと苦手だった部分が一気に解決してしまった。
 
 そういうことだったのか!
 と、目からウロコならぬ、
 腹からモロコ!(クエとも言います。でかい魚です)

 まだ今はミツ君がいてくれて、
 アルルカン洋菓子店をやれているからいいようなものの、
 一時原稿仕事だけになって、
 多摩川の川原で一人で発声練習やってた時は、
 暴走族の子分みたいな少年たちにロケット花火を水平打ちされたりして、
 本当、情けなかったっす。

 そんな日々を経てきても課題は山ほどあり、
 どうしてイメージ通りに歌えないのだろうと
 毎度のライブで苦いものを抱えていたのに、

 そうか、そういうことだったのか!
 
 体がこれに気付くまでに、なんという時間を要したのだろう。
 でも、 遅過ぎるということはないね。
 若い時代の瞬発力を過ぎてしまえば、
 表現の道は人生と同じ長さだ。

 グレコだったか、ミルバだったかが、こんなことを言っていたよ。
 「歌を志す者は、生涯学生なのです」


 

 1月17日(日曜日)

 別になにひとつ成功したわけではないんだけれど、
 この世には充分に楽しませてもらったという思いがあって、
 いや、俺、まだまだしてもらってないよ、じゃなくて、
 じゃあ、今度は立場を変えて、俺にできることはなにかな?
 と考えると・・・
 (普通こういうのは二十歳になる前に一通り悩み抜くものだが、
 その年齢の頃からずーっと、こういうぬかるみにいるわけです)

 なにか一発やって、お祭りのように騒いで、
 なにもできない自分に対する溜飲をさげる、
 というのは対自核的には意味を持つようで、
 しかし実際は本当に「溜飲」でしかなく、
 それで夢見がよくなるかというと、
 やってきた本人が首をひねっているのだから
 本質とはかけ離れている。

 きっとその都度その都度、
 できることを自然にやり、
 生活と思考の一部にしていくことなんだと思う。

 たとえばそれは一発でウン十万の募金を集めようという
 気合いを前面に押し出した行為ではなく、
 ライブの度に数千円の募金でいいし、
 お菓子の売上の一部でもいいし、
 呼吸のように、あるいは冬場のお湯割り焼酎のように、
 それが長く帯のように続いていくことこそ
 自分にとっても、対象にとっても意味があることなのかな、
 という気もする。

 今年はたくさんのライブをやる予定です。
 その都度、できることをすこしずつ進めて行こうと思います。




 1月16日(土曜日)

 神戸の震災から明日で15年。

 ハイチはあんなことになっていて、
 世界各国から支援の医療団が入りつつある。
 日本も20人ほど入るようだけれど、
 政府はまず調査団を送って、なとど悠長なことを言っている。
 こんなに腰が重いのはなぜか。
 中国などはとっくにレスキュー隊を送っている模様。

 しかし、自分としてはなにをすべきか。
 というのが国よりもなによりも目下の問題で、
 お金、ということになるのであろうが、
 中越地震の時の義援金ライブツアーを思い出すと、
 本当にお金は集まらないし、
 それはもう大変なことで、
 人間関係はぎくしゃくしてくるし、
 それならいっそ募金箱に自分でお金を入れにいった方が早いでしょ、
 ということになる。
 (そのお金がどう使われるか、というのはまた別の問題としてあり)

 アルルカン洋菓子店としては、
 ここで皆さんにお知恵を拝借したい。
 このサイトでもよし、
 アルルカンの公式サイトでもよし、
 twitterでarlequinXを探してもらってもよし、
 こんな方法どうだろう、となにか思いついたら送ってもらいたいです。

 お待ちしています。



 


 1月15日(金曜日) 11日目

 GYPSYQUEENというバンドのメンバーと一時を過ごす。
 この春100回目のアジアツアーで、
 中国、ベトナム、カンボジアを回られるそうだ。

 かつて地球の上を歩き続けた人間としては
 ぜひぜひお会いしたいと願っていた皆さんで、
 今日はリーダーのAKIさんとヴォーカルのしのんさんのお話を聞けた。

 やっぱり会えて良かった。
 話を伺っているうちに、
 なぜか熟れたライチの甘い、ねっとりとした芳香や、
 スターフルーツの酸っぱさ、
 そしてドリアンの溶けるような舌触りなどがよみがえり、

 また、歩き出そう!
 
 という気持ちがむくむくと頭をもたげてきた。
 人は、だれとどういう付き合いをするかによって、
 その先の行動の空気というものが変わってきますね。

 GYPSYQUEENとはきっとジョイントライブをすることになるでしょう。
 その時をお楽しみに。

 それと・・・
 今日はウェブ同人誌「e-Literature」で連載する小説の第一回分ができあがった。
 やはりボクが書くのだからそのテーマです。
 こちらもお楽しみに。

 それはそうと・・・
 情報を断ってこもっているため、
 ハイチの現況は文字でしか読んでいなかった。
 今日ひさしぶりにテレビを見て、唖然とした。
 どうして俺は、
 文字からの想像力を画像ほどにも持てなかったのだろう。


 

 


 1月14日(木曜日) 10日目

 ついったあ、ではなく本物のtwitterを始めました。
 もし良かったら、ログインしてfollowしてみてください。
 追跡すべき人物は、arlequinXです。

 芥川賞、該当作なし。
 あらゆる意味で、現況を語っています。
 書く方も、選ぶ方も、本を取り巻く環境も。

 でも、書くんだけれどね。



 1月13日(水曜日) 9日目

 先週の読売新聞の記事。
 『絶叫をやめたドリアン』。

 都内版だったので、
 北海道とか名古屋とか神戸には、
 読めないなあ、残念だなあ・・・という人がいらっしゃるかと思います。
 
 そんなみなさんに良いニュース。

 読売新聞トップページ
 上の方のブルーの横方向の帯の中の真ん中くらいにある「地域」をクリック→
 日本地図が表示されますので、「23区」を選択→
  「連載・企画」の中の「ツナガルオンガク」→
  〈6〉で記事に到達します。

 と、教えていただきました。

 もっと簡単な方法は
 読売新聞とアルルカン洋菓子店で検索をかける方法だそうです。
 今ならGoogleで上から3番目にくるそうです。

 ぜひそれで覗いてみて下さい。

 教えて下さった方、ありがとう。



 

 1月12日(火曜日) 8日目

 来月からスタートするウェブ同人誌「e-LIterature」
 
 200万部の大ヒットを放った「Good Luck」(ポプラ社)の翻訳者、
 田内志文さんと
 あらためて説明の必要もない国民的歌人、俵万智さん。

 加えて、初版5千部、アルルカンな俺の計3人でスタートします。

 サイトデザインは炎の天才ギタリスト、Jake!

 
というわけで今日は俵万智さんを除く男3人で寄り集まり、
 いろいろと企みの発表会などをしたのだが、
 なにかを企むというのは、精神衛生上非常に良い、
 ということを実感したのであった。

 ミーティング場は、ひさびさに「花梨」。
 しかも開店前に強引に入場。
 で、軽く焼きピーマンを食べたよ。
 断酒中とあって半年ぶりくらいに訪れたのだが、
 トイレに入ったら、
 E,YAZAWAのロゴの隣りに、アルルカンのフライヤーをいまだ貼ってくれていた。

 ありがたいことです。

 みんな、
 ユニクロ以外はみんな息詰まっているこの閉塞社会に穴を開けるために、
 企むべきことを企もう!

 


 1月11日(月曜日) 7日目

 打ち合わせの後、
 夜の環状7号線を歩く。
 大田区の北千束から、世田谷区の若林まで。
 
 一時間ちょっとだったから、5キロぐらいだろうか。
 でも、これが思いのほか楽しかった。
 
 並木に青い蛍光灯を縦に取り付けている目黒区大岡山近辺。
 インドでやたら見る賑やかし方だ。
 しかし、大岡山の午後9時はだれもおらず。
 どこか、ウズベキスタンあたりに迷いこんでしまったような
 不思議な感覚になる。

 商店街がお金をかけているな、と思わせるのは
 柿の木坂から碑文谷のあたり。
 つつじが丘商店街にたった二つしかない
 青く光るリース状のネオンがザクザク並んでいる。

 若い人も多い。
 北千束から大岡山まではすれ違う人もまばらだったのに、
 世田谷が近付いて来ると人の数がどっと増えた。

 やっぱり、どこか外国を歩いている気分。
 こういう意味のない彷徨、
 ずっとやっていなかったからだろうか。

 世田谷線に乗って下高井戸まで抜けた。
 途中、火事があったようで、
 松原のあたり、消防車が大集結していた。
 非常線も張られていたし。

 リアルなのか、
 リアルではないのか、
 よくわからない東京の冬の景色ではあったが、
 いつも通りの電車で事務所に戻るより、
 生きている感じがしたのはたしかであった。


 

 1月10日(日曜日) 6日目

 くじら。
 そんなに食いたければ、
 瀬戸内海とかで養殖したらいいんではないかな。

 なに?
 毎日オキアミ5トンを食べるって?
 だからそれもプラント養殖してさ。

 そんなバカな。お前は生態を知らんのか。
 と言うのは簡単だけれど、
 今チェーン店で経営しているトラフグ屋のフグたちは
 みんな養殖。
 しかも、山のなかの施設だから、
 海を一度も見たことがないフグたちだ。

 土建的な公共事業はこの先もうどうにもならないし、
 かといって、日本人労働者の2割は建設業関連だし、
 このどん詰まりを打破するためには
 転回した発想が必要なのかも。

 水産建設業。
 電気も潮力発電に切り換える。
 黒潮から電気をいただく。
 そうすると原発もいらないよ。

 養殖でクジラに名前をつけてしまったら、
 もうだれも殺したくなくなるかもしれない。
 それならそれでいいんではないかな。




 1月9日(土曜日) 5日目
 
 7日に読売新聞(朝刊)の都内版で、
 昨年末の「青い部屋」のライブのことから始まる
 「ドリアンはなぜ絶叫をやめたのか」という記事が、
 かなりの大きなスペースで掲載されました。

 写真は俺だけだし、
 ミツ君のことがあまり書かれていないので、
 コンビとしてはちょっとバランスを欠いていますが、
 しかし・・・なによりもこんなふうに
 「アルルカン洋菓子店」を取り上げて下さったことがありがたい。

 どんな形であれ、
 好意的な記事というのは読めばすぐわかるもので、
 まさか読売の皆さんが、
 アルルカンの今年の門出をこうも盛大にやって下さるとは思っていなかったこともあり、
 感動、大きいです。

 大感謝。

 ちなみに本日の朝日新聞(夕刊)では、
 「俺、変態です」と告白しています。

 そうしたら、回答者の森岡先生が
 「私はもっと変態です」(涙!)

 新聞という公器で、
 変態自慢合戦をしてもどうかと思うのだが、

 まあ、みんな変態だよねっ!(明るい顔で言ってるのよ)


 


 1月8日(金曜日) 4日目

 プラハで生まれ、
 人の手をいろいろと経て
 俺のところにもどってきた猫くん。

 耳と足先と尻尾が白で、
 あとは真っ黒。
 でも、その黒い体表に
 全部で21個のダヴィデの星が輝いている。

 ユダヤ人街で手に入れたことはたしか。
 しかし、そうしたことはすべて超越しているような気もする。
 この猫が思わぬところで戻ってきてくれて、
 この十二年の時の流れを一気に飛び越えた気分。

 あの日から先のずっと未来にいるのだけれど、
 あの日とそのままつながっている。

 そして、アルルカンになっていた。




 1月7日(木曜日) 断酒3日目

 12年前、プラハで購入した猫の絵。
 ある方に差し上げたのだが、
 もろもろの事情があり、もどってきた。
 猫はだまって俺を見つめている。


 

 1月6日(水曜日) 断酒2日目
 
 執筆のみ。


 

 1月5日(火曜日) 断酒1日目

 京王線に乗っていると、
 車内で大声でしゃべっているおばちゃんたちの会話が聞こえてきた。

 「さだまさしのコンサート行ったんだけどさ、
  歌よりおしゃべりの方が多いのよ」
 「ああ、あの人、そうなんだってね」
 「あ、さだまさしもすごいけどね、
 歌よりおしゃべりの方が多いって点では武田鉄矢よ」
 「そうなの?」
 「歌わないもん。しゃべってばっかで。腹たってくるよ、しまいには」
 「そうよね。歌を訊きにいってんのにね」
 「本当、しゃべってばっかよ、武田鉄矢」
 「でも、意外って点じゃ、和田アキ子よ」
 「どうしてよ」
 「なんかね。お客がインテリっぽい人が多いのよ」
 「へー、不思議」

 と、おばちゃんたちは延々大声でライブ体験をうれしそうに話すのだった。
 よくこれだけ大声で話せるものだと、
 おばちゃんたちの方がよほど不思議な存在であった。


 

 1月4日(月曜日)

 京都。
 詩人の会の頃のマネージャーや
 定食&ライブのまっちゃんに会う。
 飲んじまっただよ、と話す俺に
 「よし、今日でしめにしよう」と
 優しいお二人。
 
 結局、昼から先斗町の鉄板焼き屋で焼酎をやり、
 まっちゃんのお店でワインをやる。

 今日は本物の舞妓さんをあちらこちらで見掛けたこともあり、
 なぜ芸妓さんは日本中の酒場街から消えてしまったのか、
 これだけ京都に即席舞妓さん志願のお嬢さんたちが集まってくるのに、
 という話になった。

 即席舞妓というのは、
 舞妓さんの恰好をさせてもらって、
 すこし京都の街を歩いて、
 プロのカメラマンに写真を撮ってもらう、というもの。
 3万円から5万円ぐらいかかるのかな。
 でも、どこも大繁盛。

 それなら、つつじが丘や調布など、
 京王線沿線にも芸妓がいてもいいではないか、と思ったのだ。
 調布は古い飲屋街があるし、
 深大寺のあたりには芸妓さんが歩いて様になる景色はいくらでもある。

 実際に営業となれば
 渡り歩かなければいけない世界が色々とあるのだろうが、
 「美少女図鑑」がこれだけ盛り上がる中、
 美しい芸妓の復活は町おこしのために最高の方法ではないだろうか。

 観光立国なんて言いながら、
 年々観光客が減っている我が国のためにも。

 というわけで、
 「調布芸妓」という言葉でなにができるかを色々と考えた我々、
 妄想は山野を駆け回り、何人かスカウトしたい女性の顔も浮かんだのだが、
 ひょっとしてこれはまず、物語を書いた方が早いのかな。

 まっちゃんのお店で、今年はライブをやるよ!

 断酒も明日から復活。再スタート!

 

 2010年1月3日(日曜日)

 西宮の門戸厄神さんにお参り。
 参道各所でほかほかと上がっている酒饅頭。
 いか焼きの匂い。
 焼きそばやオデンでお屠蘇をやっているおっちゃんおばちゃん。
 ああ、あそこに座っていっしょに飲めたらどんなにいいだろう。
 我慢、我慢。

 アメフト日本一決定戦のライスボウル。
 関大と鹿島の息詰まる決戦を見ながら、
 (野球で言えば投手戦のようなびりびり来る緊張感)
 我慢、我慢、我慢・・・でも、正月もかよ?

 俺、崩れてしまいました。
 約4ヶ月続いた断酒がここでアウト!

 はあー、7冊書くまで飲まないなんて言って、
 飲んじまっただよ。
 この根性なしと自分を諌める言葉とともに、
 乾いた大地に水がしみ込むような大自然の摂理、快感。
 (別に大自然まで出さなくても)

 すべて仕切り直しっす。
 明日、京都だしな。
 グレグレなんで、明日も先斗町で一杯やるかも。


 


 2010年1月2日(土曜日)

 『水神』という時代小説を読み終えた。
 昨年末からだったので、
 一月ほどかかってゆっくりと字を追っていったのだが、
 いわゆる侍が主人公ではない時代小説というものが目新しく、
 またそのことでかえって日本人の本質を突いているように思え、
 違和感なく寄り添うことができた。

 刀を腰にさげることなく、
 忍耐と調和のなかで生きてきた日本人、
 というのは、もっともっと書かれて良いと思う。
 「斬る」なんて物騒な言葉を使わなくても、
 ボクらの祖先を書くことは可能だし、
 人間を書くならその地平もずいぶんと豊かに広がっていると思う。

 北斎ならずとも、
 浮世絵師や農村歌舞伎の世界もおもしろそう。
 もちろん和菓子職人もね。
  

 


 2010年1月1日(金曜日)

 皆さん、あけましておめでとうございます。
 それぞれの場所で、それぞれの状況があり、
 それぞれの新しい一年が明けたのだと思います。

 今年一年のボクら、皆さんの旅が
 快晴と順風に恵まれますように。

 たとえ嵐や長雨の日があっても、
 そのなかで美しきものを創造できますように。

 あるいは美しくなくとも、
 味わい深い時間を共有できますように。

 作家、明川哲也
 歌う道化ユニット、アルルカン洋菓子店

 どんな風が吹こうと、
 丘の上で笑って呼吸をしていたいと思います。

 さあ、2010年のスタートです!


 
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